★地平線通信548号(2024年12月18日発行)より転載(筆者:市岡康子)
■「地平線会議」とのお付き合いは初めてでした。江本さんとは現役の制作者時代、チベットや黄河源流の取材に、同僚とともに参加されていて見知っていましたし、わたしの飼い犬のイェロー・ラブ「クラ」を預かってもらったこともあります。ちなみに当代の黒ラブも、クラで取り交わされる貝の首飾り「バギ」と呼んでいます。
◆今回は丸山純さんのお計らいで、50年以上前に制作放送したトロブリアンドの2作品を公開上映する機会を得て感激しました。民放のテレビ番組は一回勝負で、その瞬間だけで視聴してもらわなければならない宿命を負っています。ですから制作者はその一瞬のために全力を挙げて中身の濃い作品にすべく努力しますし、見てもらうための番宣(当時は主に新聞のテレビ欄)に注力しました。放送直前には、新宿駅西口の広場に立って「みなさーん、明日の夜9時日本テレビを見てくださーい」と叫びたい衝動にかられたほどです。実行はしませんでしたが。
◆今回ご参加の方の中には放送でご覧になった方、初めての方といろいろでしょうが、同じ島で取材した番組を並べてみるのは稀有な経験かもしれません。そこでトークでは話していない2作品の違いをアプローチ、撮影方法、音楽の3点から明かします。
◆1. 題材へのアプローチ:主人公は『クラ』では男性、『女の島』では女性です。クラの撮影中「男たちが2か月以上も村を留守にして、バギの獲得に夢中になれるのは、その間村を守っている女性の力に負っているのでは?」と思いました。またこの島が母系制で有名なので、実生活にどんな形で現れるのかに興味を持ちました。
◆2. 撮影方法:『クラ』ではシナケタ村に定着し、彼らの行動の一部始終を追跡しました。これは「すばらしい世界旅行」人間シリーズの王道で、私はできるだけこの方法で取材したいと思っていました。しかしこの手法は、そこに厚みのある素材があり、それを追っていれば番組が成立する場合に限られます。クラ船団の出航まで40日待っているときは、「このまま待ちぼうけで、この企画はこけるのではないか?」と焦燥感にかられたものです。『女の島』では一か所に定着して発展する主題ではないので、島の内陸部の多くの村を走り回って、これはという情景にぶつかるとそこから追ってゆく方法をとりました。シナケタ村では村人と知り合っていましたが、ここでは毎日が新しい出会いで疲れましたし、クラのように初めから成り行きが見えていないので、どのように番組をまとめるかも難題でした。
◆3. 音楽:お気づきの方もいるでしょうが、音楽が対照的です。『クラ』には黒沢明監督の映画音楽も担当された佐藤勝さんの作曲で、オリジナル音楽がついています。これが海外では「ニューギニアの話に西洋音楽がついている」と不評で、「音楽ナシで作ってみたら?」などと言われ、コンクールで正賞を逸した一因と思われます。『女の島』では娘たちがモエキで歌う地元の歌にエコーをかけて使いました。土着の歌はどれもご詠歌のようで20秒くらいしか続かないのですが、これはちょっと派手でしたね。
◆わたしは若いころから海が好きで、困難続きだったクラの制作をあきらめなかったのも、海に魅了されたこともありそうです。しかし、40代にインドネシアのスマトラ島でオランウータンの番組を作ったとき、森に惹かれるようになりました。パプアニューギニアの深奥部の森の住人カルリ族の「ギサロ」の儀礼は、たぶん世界のどこにもない苛烈だが心にしみるものです。いつか、機会があればご覧にいれたいです。[市岡康子]