次回の上映会は1月16日(土)。市岡康子さんを迎えて『クラ――西太平洋の遠洋航海者たち』と『女の島 トロブリアンド』の二本立てです

撮らせていただいている、に過ぎない——笹谷遼平

★地平線通信542号(2024年6月12日発行)より転載(筆者:笹谷遼平)

■2024年6月1日「地平線キネマ倶楽部」にて拙作『馬ありて』を上映していただきました。場所は新宿区歴史博物館。何度経験しても上映会は緊張します。また、丸山純さんの司会と円滑なお話の運び、長野亮之介さんの素敵なポスターに救われたことはいうまでもありません。

撮影:花岡正明

◆お話のなかで私は「目に見えないものに触れたいと思い撮っている」と言ったように記憶しています。ああやってしまった。これが私の限界値だ。また口から出まかせを言ってしまったと猛省しています。

◆間違いではないのですが、むしろ撮るときに、そんなことを意識していたらいいものが撮れない気がします。「〜〜をこう切り取ろう」と意識の世界で撮影しているうちは、本当にまだまだです。なるべく身体が反射するように撮りたいもので、格好をつけてそんなことを言ってしまうなんて、改めて反省しきりです。そして編集は、いただいたもの、授かったものを自分を通してどう活かしていくか、そんなシンプルなことのはずでした。

◆気温がぐいぐい上がってくるこの季節に、特に思い出すのは、2021年7月、次女が生まれたときに妻が生死の淵を彷徨ったことです。出産時に胎盤がおりてこず、子宮が丸ごと外に出てくる子宮内反(ないはん)という万に一つの症状が発生し、外に出た子宮に血が溜まりボーリング球ほどの大きさになりました。普通なら出血多量で命を落としているはずでしたが、偶然当日は土曜日で大ベテランの医師に診療がなくすぐに来ていただたき、本当に偶然、奇跡的に手術が成功し(ここで失敗し、開腹、子宮全摘出となると余計に出血してしまうので助かる見込みはありませんでした)、そして、偶然にも輸血した5リットルの血液が妻の身体に早くになじみ、血圧を保つことができたのでした。

◆子が生まれた直後に「妻が亡くなる可能性が高い」と言われた数時間は、私にとっては10年ほどの長さと重さを持っていた気がします。なんというかそれほどにぼんやりとした認識しかまだできていません。ただ、奇跡とか運命ではなくて、人間にはコントロールできない偶然が重なったのだと思っています。結果として、それが私にとって心底、人生で一番ありがたいものだったと。

◆木に実がなり、それをもぎとって食べることは人間の意識ではない気がしています。大部分が自然の成り行きで、与えられたものをいただいているに過ぎない。

◆そのような事件があったからか、映画も同じで、取材に行くこと、撮影することは大変意識的な「自力」ですが、それも含めて撮らせていただいている、または撮らされている「他力」であるように認識しています。そうでありたいと願うばかりの自分は本当に、まだまだです。自戒も含めて記しました。馬ではなく牛歩ですが歩んでいきたいです。

◆拙作を観てくださった皆様、場を作ってくださった丸山さんに改めて感謝を申し上げます。貴重な機会でした。本当にありがとうございます。[笹谷遼平]

この記事を書いた人

地平線キネマ倶楽部事務局。デジタルエディター。北部パキスタン文化研究者

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