★地平線通信540号(2024年4月17日発行)より転載[筆者:飯野昭司]
極端に雪の少ない冬だったが、3月に入ってから慌てたように雪が降り、春分の日の気温は3度。翌日の雪予報を気にしながら東京へ向かった。地平線キネマ倶楽部の上映作品は今井友樹監督の『おらが村のツチノコ騒動記』。未公開の最新作を試写会という名目で上映するのは異例だが、昨年6月の報告会で今井さんが話したときの反応がよほどよかったのだろう。
わたしがツチノコと出会ったのは50年前。もちろん本物にではなく、当時少年マガジンに連載されていた『幻の怪蛇バチヘビ』という漫画の中で。作者は『釣りキチ三平』で知られる秋田県出身の矢口高雄さん。秋田では“ツチノコ”を“バチヘビ”と呼ぶそうだ。この漫画をきっかけに(諸説あります)、日本中で空前のツチノコブームが起こったが、あれはいったい何だったのだろう? 別の方が書くと思うので映画の内容は割愛するが、出演者のほとんどがツチノコの存在を信じていることが伝わってきて、上映後はすがすがしい気持ちに包まれた。
今井さんは民族文化映像研究所(民映研)の姫田忠義所長に師事した最後の方だと聞いている。前作の『明日をへぐる』はたしかに民映研の流れを感じたが、『…ツチノコ…』は『鳥の道を越えて』と同じく今井さんにとって身近なテーマを撮ったせいか、民俗学的な側面に加えてプライベートフィルムのような雰囲気も濃く、これまでの民映研作品とは異なる新しさを感じた。
民映研の映画に接したのは、山形市にある東北芸術工科大学で1998年に開催された公開講座「映像民族学への招待」が最初だろうか。全6回の講座では『越後奥三面』をはじめ代表作13本が上映され、最初と最後の回では姫田所長が講演した。全回出席したかは覚えていないが、この講座で民映研の映画に魅せられた。
それから早や20数年。いつかやりたいと思っていた民映研の自主上映会を昨年5月から始めた。山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)の作品を中心とした自主上映会は1999年から続けているが、民映研の上映会は準備から映写までを一人で行うごく小規模な会。会場はわが家から車で10分ほどの隣町にある公共施設で、スクリーンは小さいもののプロジェクターと音響設備が完備された80席のミニミニホール。椅子の用意は不要なので、受付も含めてワンオペでこなせるのがありがたい。
3回目となる1月の上映会では、近くまで来たからと立ち寄ってくれた民映研の小原信之さんに解説をしていただいた。上映作品は『うつわ 食器の文化』と『奥会津の木地師』。小原さんによると『奥会津…』は『うつわ…』の撮影から生まれたスピンオフで、民映研の原点ともいえる大切な作品だそうだ。次回以降の上映会は未定だが、4月下旬からポレポレ東中野でロードショー公開されるデジタルリマスター版の『越後奥三面』も上映したいと考えている。
地平線キネマ倶楽部で上映された『ガザ 素顔の日常』は、地元でも自主上映会が行われ鶴岡まちなかキネマでは劇場公開された。コロナ禍中にオンライン開催されたYIDFF2021のインターナショナル・コンペティションでは、イスラエル出身のアヴィ・モグラビ監督の『最初の54年間―軍事占領の簡易マニュアル』(審査員特別賞)が印象に残った。タイトルは1967年にイスラエルがガザとヨルダン川西岸を軍事占領してからの年月に由来し、その経緯を軍事占領のマニュアルに見立てて、元イスラエル兵の証言やアーカイブ映像を駆使して構成されている。今年1月に酒田と鶴岡でこの映画を上映したが、イスラエルがなぜパレスチナへの攻撃を止めないのかがわかると同時に、タイトルに「最初の」と付けた意味が今になると予言のように思えてぞっとした。
『おらが村のツチノコ騒動記』を観ている間、脳内で「ツチノコ…♪」のフレーズがループ再生を始めた。そのときは思い出せなかったが、山形県出身の歌手・朝倉さやさんの「伝説生物」という歌だ。伝説生物といえば、朝日連峰の山中にある大鳥池には「タキタロウ」という巨大魚が棲んでいる(らしい)。今から50年ほど前に『釣りキチ三平』で「O池の滝太郎」として紹介されてから一躍全国区になった。1982年には旧朝日村(現在は鶴岡市)が大規模な調査を行い、2014年には大鳥集落の住民と有志による調査も行われたが、その正体は今も謎に包まれたままだ。
6月下旬に公開予定の飯島将史監督の『プロミスト・ランド』は、山形市出身の小説家・飯嶋和一さん(個人的には新作を待望する唯一の小説家)が1983年に現代小説新人賞を受賞した同名作品の実写劇映画で、大鳥集落と月山麓の志津山中などでロケが行われた。その際に大鳥のマタギ衆(地元ではマタギと言わず「鉄砲撃ち(ぶち)」などと呼ぶ)を取材した映像が、『MATAGI―マタギ―』というドキュメンタリー映画になっている(U-NEXTで配信中)。
マタギといえば、関野吉晴さんも通っている新潟県の山熊田に移住した大滝ジュンコさんが『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた』というエッセイ集を出版した。山村の文化や暮らし、古代布の復活などを軽やかに綴っている傑作だ。山熊田と山を隔てた大鳥は直線距離で10km程度。かつては行き来もあり、熊谷達也さんの小説に、大鳥に住み着いた阿仁マタギが山熊田に嫁いだ娘のために重い婚礼箪笥を背負って雪山を超えていくシーンがあったと記憶している。
映画の話になると止まらず、つい長くなってしまいました。地平線キネマ倶楽部の上映会、これからも楽しみにしています![山形県酒田市 飯野昭司]
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