2026年5月の地平線報告会レポート


●地平線通信566より
先月の報告会から

森という智恵

今井友樹

2026年5月29日 榎町地域センター

■今年9月4日〜6日に北海道西興部村で開催予定の「拡大報告会」のテーマが「森」であることにちなみ、ドキュメンタリー映画監督の今井友樹さんが山上徹二郎氏と共同監督を務め、5年以上の歳月をかけて完成させた新作ドキュメンタリー映画『森に聴く』を題材に、日本の森の現状や取材時の体験が語られた。

◆今井さんの2020年公開の土佐和紙の原料となる楮(こうぞ)をめぐる山里の人々の暮らしを記録したドキュメンタリー『明日をへぐる』でプロデューサーの山上さんと出会い、高知の森を歩いたときに森の映画をつくりたいと声をかけられた。昭和29年生まれの山上さんは40年間映画のプロデューサーの仕事をしてきたが、本作が初めての長編映画監督への挑戦でもあることから、息子ほどの世代である今井さんという年の差コンビでの共同製作となった。

◆周囲からは共同監督特有の衝突を心配されたが、互いに尊敬と気遣いを持って臨んだことで、極めて円滑に進行したという。実はこの作品は2年前に一度客観的なトーンで完成していたが、両監督共に仕上がりに納得がいかず、撮影素材を活かして一から完全に作り直された経緯を持つ。

◆完成版では、山上さんのバイオグラフィーが強く反映され、彼自身がナレーションを担当している。その大きな動機となったのが、山上さんの故郷である熊本県人吉市の豪雨災害(球磨川氾濫)であった。実家が床上浸水するほどの被害を受けた山上さんは、この大水害の背景に上流域の「人工林」が抱える深刻な問題があると考え、宮崎・熊本県境の「市房山(いちふさやま)」をはじめとする山の世界へ取材の歩みを進めることとなった。

◆映画は、日本列島の4つの気候帯(亜寒帯、冷温帯、暖温帯、亜熱帯)に分け、それぞれにおいて人の手が入っていない「天然林」と、そこで地道な調査を続ける研究者たちを頼りに取材を敢行した。今井さんは撮影を中心に担当したが、山に囲まれた岐阜県東白川村で育ちながらも、これまで「所有物」としてのイメージが強かった山林の深部へ足を踏み入れた経験はなく、当初は樹齢数百年の巨木を前にどうカメラを回すべきか途方に暮れたという。しかし、北海道・雄阿寒岳の溶岩が積み重なるアイヌが守ってきた原生林(エゾマツ・アカマツの森)に佇むうち、「人間以外の植物や様々な存在の気配」を察知するようになる。この「気配を捉える」感覚が拓かれたことで、謙虚に、かつ自然にカメラを回せるようになったという。

◆冷温帯のフィールドとして訪れた東北大学の演習林では、森林生態学の清和研二名誉教授の案内のもと、人工林と天然林の境界、そしてそれらが交じる「混交林」の可能性が示された。清和教授は20年間にわたり、同じ条件下にある3つの杉の植林地(「20年間全く間伐をしていない地区」「3本に1本の弱間伐を3回繰り返した地区」「3本に2本の強度間伐(70%間伐)を3回繰り返した地区」)の比較調査を行ってきた。間伐のない杉林の地面は、日が当たらず、杉の葉が分解されないまま残って地肌が露出している。しかし、弱間伐、強度間伐と進むにつれて林内は劇的に明るくなり、下草が生い茂る。特に強度間伐のエリアでは、地面を踏むとふかふかとした感触があり、杉だけでなく広葉樹もまっすぐ高く伸びていた。清和教授の研究により、強度間伐を行った森は地中にミミズなどの生物が多く、山が水を蓄える「水源涵養機能」が極めて高いことが実証されている。

◆また、映画には金沢大学の菌類学者・都野展子教授も登場する。都野教授との取材では、一見目に見えない地中の「菌類(キノコ)」が樹木の生存と分布にどれほど深く関わっているかが明かされた。地球上に植物が誕生した5億年前、陸上にはまだ植物を分解する菌類が存在しなかったため、当時の植物は腐らずにそのまま化石(石炭など)になった。しかし約3億年前に菌類が誕生したことで、植物の分解と有機物の循環が始まり、人間を含む多様な生命が生きられる環境が整った。

◆樹木と菌類の共生には大きく分けて2つのタイプがある。一つは、根の細胞の内部に入り込んで共生する「内生菌根菌(アーバスキュラー菌根菌)」で、これは杉、ヒノキ、サクラ、カエデ、クスノキなどと相性が良い。もう一つは、根の周囲を包み込んで菌糸の鞘(さや)を形成する「外生菌根菌」で、ブナ、マツ、ナラなどがこれに該当する。外生菌根菌は、外からの病原菌の侵入を防ぐバリアのような役割も果たしており、ブナの巨木の足元でその子供(実生)が育つ際、親木が菌類を介して子供を助けているのではないかという説が紹介された。現在の単一な人工林の土壌には特定の菌類しか存在しないが、人間が手を入れずとも樹木と菌類が自律的に共存し合うメカニズムを解明することこそが、荒廃した人工林を豊かな森へと再生する鍵になると清和教授は語る。

◆亜熱帯のフィールドでは、西表島のマングローブ林を30年以上調査している馬場茂行教授を訪ねた。馬場教授は、西表島に自生するスダジイ(オキナワジイ)のような「北方系」の樹木と、マングローブのような「南方系」の樹木を対比させ、植物のダイナミックな移動の歴史を解説した。北方系のドングリは海水に浸かると発芽能力を失うため、約50万〜100万年前に大陸や本州との島が完全に切り離されて以降は、自力で海を渡ることができない。つまり、現在島にあるスダジイは、かつて陸続きだった時代に渡ってきた祖先の子孫である。これに対し、南方系のマングローブは「海流散布型」の種子を持つ。マングローブの種子は、真水の中では沈んで根付くが、塩水(海水)の中では完全に浮くようにできており、海流に乗って遠方まで移動できる。100万年単位の時間軸の中で、地球の温暖化や寒冷化に伴い、花粉を媒介する虫とともにマングローブが日本列島を北上・南下してきた壮大な営みが語られた。

◆清和教授が強く批判するのは、昭和25(1950)年頃から昭和40年代にかけて国策として全国一斉に推進された「拡大造林」である。かつて日本の奥山には世界有数の天然林と広葉樹の巨木群が残されていたが、戦後のわずか20〜30年の間に、年間8,000万立方メートル(直径80センチメートル、高さ30メートルの巨木換算で年間約2,000万本)もの木が切り尽くされた。その跡地に手っ取り早く経済的価値を生むとして植えられたのが、単一の針葉樹(杉・ヒノキ)だった。その結果、本州の山の3分の2以上が人工林へと置き換わった。しかしその後、安い外国産材の流入や山林の過疎化によって間伐などの管理が放棄され、現在、日本全国に水源涵養機能の低い危険なハゲ山同然の針葉樹林が広がり、人吉市のような大水害を誘発する要因となっている。

◆こうした現代の歪みを直視する一方で、今井さんは取材中、圧倒的な歴史の堆積に触れる決定的な体験をしている。阿蘇山周辺の取材時、9万年前の大噴火による火砕流で埋まった杉の「埋れ木」が、河川工事の際に地中から発見された。発掘当時は「焼き芋のような甘く焦げた匂い」がしたというその大木の一部が展示・保管されている博物館の収蔵庫を訪ねた際、今井さんはそこから時を越えて漂う明確な「杉の匂い」を嗅いだ。9万年という気が遠くなるような時間軸と、現代にも共通する杉の具体的な匂いが身体の中で結びついた瞬間、人間の寿命を遥かに超えた森の世界と対峙する実感が湧き、この映画が作れるという確信に至ったという。

◆盆栽が趣味の山上さんから譲り受けた松の盆栽を「栄養を与えすぎて枯らしかける」という失敗エピソードも象徴的だ。インターネットやYouTubeで調べ、松の本質が「痩せた土地だからこそ育つ」点にあると気づく。ここでも、人間側の「良かれと思って施すコントロール(肥料)」が自然(松)を殺しかけるという実体験を通じ、拡大造林に通ずる「人間のエゴと自然のメカニズムの不一致」を身体的に学び直している。

◆私は報告会の前にその日から青梅シネマネコでアンコール上映されていた『森に聴く』を鑑賞してきた。6月25日まで上映している。また、都内の田端チェプキでも7月からの上映が決まっているそうである。76分に詰め込まれた内容は深くて、私は一回観ただけでは理解できなかったが、報告会を聞いてもう一回観てみたくなっている。

◆後半の1時間は今井さんが手がけている仕事について話された。なんと今、12本のドキュメンタリー映像の仕事に関わっていると言う。一部紹介すると、来週にも取材で行く湯布院を舞台にした『湯布院——“ふるさと”のつくりかた』(仮)、『子どもの眼差し——紙芝居100年』(仮)、『生きる姿勢——オーダーメイドの車椅子』(大西暢雄さんとの共同取材)、6月から撮影開始する自身初の人を主人公にした『人間 堅山勲』(仮)など取材対象が高齢なために待ったなしの同時進行で、さらにどの作品も重厚な内容で興味深い。民族文化映像研究所で修行した今井友樹さん。「野にありて耳・目をすます」という姫田忠義さんの精神を間違いなく継承している。[高世泉


報告者のひとこと

「森の体現者」を描きたい

■2018年9月28日「オキのサキと飛べ!!」、2023年6月30日「幻の蛇を追って」、そして今回の「森という知恵」で、三度お話しする機会をいただいた。森は、人間の“存在の小ささ”を感じられる空間だ。森に立ち入ったものなら誰でも感じるであろう、“気配”や“畏れ”といった感覚もそう。たぶんDNAレベルで備わっていて、森は長い時間をかけて人類を律してきたのだと思う。

◆一方、地平線報告会が行われる前に、不妊治療の最先端を学ぶ学会に参加してきた。オスのマウスの尻尾からXY染色体の女性を司るX染色体だけを取り出してiPS細胞を作り、そこから卵子と精子を作り出し、さらに受精に成功したという話を聞いた。人間に応用するには倫理問題のクリアが必要とのことだが、森の中にいると不思議とこういう感覚は「自然界ならさもありなん」と受け止められるのだ。

◆しかし、こと“人間が”となると、とてもとてもと畏れ多くなる。思えば、『鳥の道を越えて』で追いかけた鳥の道は、「死んだ人があの世へ行く道筋だったのでは」という“畏れ”でした。ツチノコも「いるかもしれない」という“気配”の話でした。こういう感覚は、戦後しばらくまでは世代を越えて確かに伝えられていた感覚でした。

◆つまり森は、人間以外の存在について語ることのできる「伝承を作り出す場所」になっていたと思います。しかし、今では縁が漂っているにすぎない。そんな世界に僕らは森を見ようとせず生きている。森の世界はあまりに遠く、近づけば近づくほどに遠のくような世界です。でも本当にそれで良いのだろうか————。

◆僕はこのあたりを、明治時代に活躍した修験者・林実利を、森の体現者として描けないかと考えています。かつての修験者は生活の身近にいたし、誰でも修験の世界に触れる世界はあったはず。いま80代、90代の人たちは子供のころに「修験者に病気を治してもらった」、「夜泣きを治してもらった」という体験をしています。ある人は火事のとき「修験者が火の中に入っていき、屋根の上に上がって祈ると火が消えた」という伝承を覚えていました。先日話を聞いた古老は、寝小便を治してもらうためにある有名な行者さんを訪ね祈祷してもらったことを覚えていました。行者が祈祷をあげている間、頭を下げて正座していました。行者が「エイ!」と気合いをいれた瞬間、辺りがピカッと一瞬光ったといいます。彼はそれが不思議でならなかったと言いました。また「今思うと、あれはカメラにつけるフラッシュを焚いていたのでは?」と、科学的にも解釈しようとしていました。

◆『夜明け前』では、明治大正期に活躍した西洋医学の精神医学者・呉秀三を取り上げました。彼が活躍した時代、西洋医学が戦ったのは世間に蔓延する科学的根拠のない迷信でした。その迷信を流布していた代表格が修験者の活躍であったという論法です。修験側というより里に住む我々社会が、じりじりとその世界から離れているからこそ森の世界が遠くなっていき、気配や恐れは迷信になっていく。森から離れていった僕たちの物語を語りたい。そのあたりを報告会でうまくいうことができればよかったのになと、帰り道に反省しながら考えていました。もしかすると、修験そのものに目を向けたらこの映画は上手くいかないかもしれない。あくまで生活者の目線で森の世界を描くことができれば。そしたら雲を掴むような森の世界へ、いけるのか? うーん。僕は、まだまだ修行が足りないようです。[今井友樹

イラスト-1

 イラスト 長野亮之介


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