2025年12月の地平線報告会レポート


●地平線通信561より
先月の報告会から

シリアの故郷

小松由佳

2026年12月27日 榎町地域センター

■2025年の最後の報告者は、ドキュメンタリー写真家の小松由佳さん。2024年12月、夫のラドワンさんと長男と共にアサド政権崩壊直後のシリアに入り、独裁政権から解放されたばかりの同国の様子を伝えてくれた、1月に続いての報告になる。この間、由佳さんは第23回開高健ノンフィクション賞を受賞、11月下旬に『シリアの家族』を上梓した。

◆当初、『シリアの家族』は終わりの見えない動乱の下、異郷で生活を再建しながら故郷への帰還を夢見るシリア難民の物語になるはずだった。だが、2024年12月8日、半世紀余りに及んだアサド政権の終焉によって、書き始めたときにはまったく想定しなかった展開に。自身が「13年にわたるシリア難民取材の集大成です」と話すように、今回の報告は、前半はシリア難民を見つめた13年間について、そして後半は『シリアの家族』という作品が完成するまでの裏話がゲストを交えて語られる、盛だくさんな報告会になった。

一家との出会い、2011年の内戦開始から終焉まで

◆まずは内戦前の話から。由佳さんが初めてシリアを訪れたのは2008年。土地に生きる人々の暮らしを知りたいと取材を進めるなかで出会ったのが、古くから交易地として栄えたオアシス都市パルミラで4世代70人が同居するアブドゥルラティーフ一家だった。3世代前までベドウィン(遊牧民)だった一家にとって、砂漠は“雌ラクダの乳と乾燥ナツメヤシがあれば、2か月でも旅できる、すべてがある”土地。砂漠に生きる力や知恵を持つ彼らはラクダの放牧のほか、果樹園の管理、レンガ造り、屠畜など、季節ごとに仕事を変え、スンナ派の教えのもと、強い絆で結ばれ、穏やかに生きていたという。大の男が豆のディップを顔につけ合い、ふざける写真を見せながら「シリアンノクタ(シリア製冗談)といわれるように、シリアでは冗談が社会の潤滑油になっています。ユーモアのセンスがない男性はもてません」と、由佳さん。

◆だが、アラブの春が飛び火し、シリアでも民主化運動が始まると、政府は武力弾圧を始め、政治的発言をする者の取り締まりを強化していった。2011年、政府軍に徴兵されたラドワンさんが、市民を弾圧したくないと思い悩んでいたころ、民主化運動に参加した兄のサーメルが反逆罪で逮捕されてしまう。「このままシリアにいて市民の虐殺に加担するよりも、生きていればいつか会えるから」。母親にそういわれたラドワンさんは政府軍を脱走し、ヨルダンへと逃れた。身近な人が逮捕され、難民になっていく姿を目の当たりにした由佳さんは、このとき難民を取材する決意をしたという。

◆2013年の結婚後、来日したラドワンさんは日本の生活になかなか慣れず、経済的に不安定な生活やシリアに入国できない状況が続くなか、由佳さんは彼らの避難先へと赴き、ご本人曰く「子連れパニック取材」をほぼ毎年、敢行した。そうせざるを得なかった面もあったものの、シリアの血を引く子どもたちに難民を通じて自分のルーツに出会ってほしいという思いからの、子連れ取材だった。

◆「(子連れ取材では)ゆっくり話を聞くことができず、決定的な写真を撮り逃すこともありました。子どもが難民キャンプ内で行方不明になり、難民のお母さんに叱られたこともあります。でも、誰もが子どもをケアしてくれる現地の方が子どもは育てやすかったし、取材相手と家族のように付き合うことができました」。

◆アブドゥルラティーフ一家もまた、2016年にトルコ南部オスマニエ県に逃れ、5つの家族がそばに暮らし、放牧で生計を立てていた。だが、威厳に満ちた家長だったガーゼムは、トルコに来て以降、寡黙になっていた。「半世紀以上かけて築いたものを失ったショックは大きく、ガーゼムは屋上でひとり焚火をしながら、かつて砂漠でラクダを放牧した日々を思い出していたようです」。

◆2021年、ガーゼムは難民のままトルコで亡くなった。彼らが難民になる以前に暮らした故郷は今、どうなっているか。点と点をつながなければ、難民取材にならないのではないか。ガーゼムの死を機にその思いを強くした由佳さんは、2022年、親族訪問ビザを得て11年ぶりにシリアに入国した。

◆2022年は2月にロシアがウクライナ侵攻を始めた年でもある。アサド政権はロシアとイランの後ろ盾の下、欧米の経済制裁や国連の非難を無視して化学兵器を使用するなど非人道的行為を繰り返していたが、在シリアロシア軍がウクライナへ流れ出したこの時期は、シリア入りのチャンスだったという。こうした国際情勢に加え、そのころ、微妙な空気が漂っていた夫婦関係を考え、親族訪問ビザを申請するなら結婚している今だという家族情勢も、シリア入りを後押しした。

◆かつて一家が暮らした家はどうなっているか。住民はどんな生活をしているか。危険を承知でパルミラ入りした由佳さんは、秘密警察による監視の下、知らない親族の家で軟禁状態に置かれた。「元々徹底していた情報統制は、内戦後エスカレートしていました。一筋縄ではいかない取材を通じて、アサド政権下の人々がどんな状況に追い込まれているかを実感しました」。秘密警察同行の下、アブドゥルラティーフ家の撮影に許された時間は15分。「鉄製品や台所の設備機器、トイレの便器など、換金できるものはほぼ略奪されていました。かつて女性たちがおしゃべりし、子どもたちが駆け回り、音が溢れていた場所で、残骸品が砂漠の砂にまみれているのを見たときは、絶望的な気持ちになりました」。

◆自由に出歩くことも、撮影することもままならず、写真はすべてチェックされ、空爆の痕跡を伝えるものは消去を命じられる。精神的に負い込まれた取材を終えて戻ったトルコで起きたのが、第2夫人騒動だった。「内戦が続き、経済的に困窮するなか、国内に留まる人々のあいだで、自分の娘を国外にいるシリア人に嫁がせることが流行っていたんです。空港に迎えにきた夫に到着5分後、この話をされたときは、シリアで見た光景が吹き飛び、頭が真っ白になりました」。まさかのタイミングで起きた第2夫人騒動。だが、由佳さんは彼らの文化を貶めたり否定するのではなく、リアルな体験として描くことに努め、書くことで心の痛みを乗り越えたと話す。

◆そして迎えた2024年12月8日。シリア難民を取材する予定で向かったロンドンに到着直後、アサド政権崩壊を知ると、予定を変更してレバノンでラドワンさんと待ち合わせ、陸路でシリアに入国。フリーランスの自分がどのように大手メディアと異なる取材ができるかを考え、解放直後のシリアを、夫=難民の視点で取材した。

◆直前に見つかった囚人名簿でサーメルが亡くなったことはわかっていたが、現地では、人間虐殺の場といわれ、囚人の75%が帰れなかったサイドナヤ刑務所や、アサド政権下で行方不明となった身内の消息を知ろうと、10万人近い人の写真が貼られているマルジェ広場などに足を運んだ。

◆13年ぶりに祖国に立ち、歓喜していたラドワンさんは、祖国の悲惨さを知るにつれ、安全な日本に逃れていた自身に後ろめたさを感じているようだった。「目の前の廃墟を見て、自分が何を失ったか、ようやく理解したと夫はいいました。『家や町は再生できるけれど、兄や父は戻らない。人々が故郷に戻らない限り、かつての日常は戻らない』」。廃墟の先にあるパルミラを見つめる夫を撮影しながら、彼はシリアに戻るだろうと、由佳さんはそう思ったという。

『シリアの家族』ができるまで(その1)

■後半は、受賞後、出版までの4か月間、作品をよりよくするために考えたこと、ギリギリまで磨き上げていくプロセスなどが、編集者の田中伊織さん、そして地平線会議代表世話人の江本嘉伸さんを交えて語られた。

◆賞の選考委員や諸先輩の助言などから、由佳さんは優れたノンフィクションについて次のように考えていると話す。①ノンフィクションはおもしろくなければならない。②その人にしか書けないものでなければならない。③内面の揺れ、動きこそが作品を決定づけるもので、作者の内面が出ていない作品はおもしろくない。と同時に、④作品には主観と客観のバランスも求められる。「『どれだけ自分の内面をさらけ出せるか。そして作品を書くことで作者自身、変化できるか。それが優れたノンフィクションだ』という江本さんのことばや、『どんなに主観的なテーマでも、そこに客観的な視点を反映させなければいけない』という岡村隆さんのメッセージなど、1冊の本を仕上げるまで、フィールドに立つ諸先輩から多くの助言をいただきました」。

◆また、作品の中でどう描くか悩み続けたエピソードとして、①2022年のパルミラ単独取材、②第2夫人騒動、そして③サイドナヤ刑務所を挙げた。「秘密警察による監視、親族による軟禁は、人間の負の面に目が行きがちな出来事です。ただ、どんなに厳しい状況にあっても、私は写真家として人間の中に光を探したいし、人間の尊厳や良心を信じることが紛争地での写真家の役割ではないかと思い、彼らを多面的に描くことを意識しました」。ともすれば私憤で筆を走らせそうな第2夫人騒動については、よりよい未来のための彼らの選択として、その文化をありのままに書くことに努め、人間の狂気を感じたサイドナヤ刑務所でも、負の感情をそのまま描くのは自分のスタイルではないからと、別の面に目を向けようとしたという。

◆写真、文章、そのいずれにおいても、多様な解釈の可能性を残したいという由佳さんは、写真のような文章を書きたいと続けた。「私にとってよい写真とは、見る人がいろいろなとらえ方ができる余白のある、個々の中に問いを生む写真です。今回の本でも、読者がそれぞれにシリアや登場人物につながってもらえればと思います」。

◆アサド政権が崩壊した今、難民は故郷のシリアに戻りつつある。これからの人生はシリアの再生に捧げたい。そう決意し、報告会の約1週間前に帰国したラドワンさんは、大家族の再生、そしてホテル「トモダチ」計画の実践に向けて動き出している。「市街地の8割が空爆を受け、今は宿が1軒もないパルミラに、夫は最初のホテル『トモダチ』をつくろうとしています。私の父から数百万円借金して、空爆を逃れた建物を入手・改装し、来春のオープンを目指しています」。

◆夫婦が一緒にいなくて寂しくないのか。友人知人の問いに、由佳さんは「そういう段階は乗り越えたというか、夫婦関係が大変だったので鍛えられたというか(笑)。個人の幸福よりも、一生帰れないと思っていた故郷に夫が帰還して、大家族を再生しようとしていることに大きな意義を感じています」と、答えたという。「それは写真家としてシリアを見てきたからだと思います。今後も2人の子どもを育て、別居婚の夫を何となく見守りながら、シリアの人々を見つめていきたいです」。

『シリアの家族』ができるまで(その2)

◆最後、田中さん、江本さんとの鼎談では、2017年の開高健ノンフィクション賞の最終候補に残った前作『人間の土地へ』の評価や、『シリアの家族』を上梓するまでの編集者とのやりとりから、原稿にかける由佳さんの姿勢を伝える話となった。

◆田中さんは、石川直樹さん、角幡雄介さん、宮城公博さん、本多有香さん、そして由佳さんと、地平線会議でお馴染みの人たちの作品の書籍化を手がけてきた編集者。前作の開高賞最終選考時、由佳さんは江本さん宅で掃除をしながら、田中さんの電話を待っていたという。「300万円はでかいから、賞を取ってほしかった」。当時の由佳さんの経済状況をよく知る江本さんのそのことばに、「(受賞できなかったのは)残念でしたけど、『シリアの家族』を書き上げた今、(前作は)まだ賞には値しない作品だったと思います」と由佳さん。

◆また、「あのとき受賞しなかったことで、一回りも二回りも大きな作品になったと思います」と話した田中さんは、「小松さんは、校正が出るたびに赤をびっしり入れるんです。そしてそのたびに原稿がよくなる。文章にかける情熱は本当にすごいです」と、担当編集者ならではのエピソードを披露。

◆難民という重めのテーマから読者が引かないように、どんな構成にすればよいか。冒頭の30ページでいかに引き付けられるかが勝負。作品は長ければよいわけではなく、エッセンスを凝縮し、長くても300ページ以内で収めたほうがよい……。1冊の本ができるまでのこうした具体的な話も、書くこと、撮ることに関わる人が多い地平線会議の参加者には、示唆に富む内容だったのではないかと思う。

◆質問タイムでは、多くの人がそれぞれ興味深い問いを投げかけたが、中でも個人的にグッときたのは最後のやりとりだった。過去の通信にUber Eatsで糊口を凌いだと書いたこともあるように、由佳さんは経済的にかなり綱渡りな日々を送ってきた。だが、生活の不安はないのか、もしあるならどう解消するのかという問いに「不安にならないですね」と即答したのだ。「そこがいけないのだと思うけれど、かつてのヒマラヤ登山経験から、命を落とさなければ何度でもやり直せるという思いが根本にあるんです。今、経済的に苦労していても、頑張り続ければいずれ安定するかもしれないと、楽観しています」。

◆渦中では頭が真っ白になるような苛烈な体験も、最終的にそのすべてを表現の糧とし、自身の変化・成長へとつないでゆく。今回、レポートを仰せつかり、大西夏奈子さんや貴家蓉子さんがまとめた過去の報告会レポート、ご本人が通信で連載した「石ころ」(2021年9月~2022年6月)などを読み返して、改めて感じたのはそのことだった。たおやかな外見からは計り知れない強さを内に秘め、どんなときでも現場に立ち続け、自分の信じた道を邁進する。その延長線上で生まれた作品を、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。[塚田恭子


報告会当日、三五康司さんの靴を間違えて履いて帰られた方、お知らせください。セダークレストの27.5cm とのことです

報告者のひとこと

報告会の裏でサーメル、サラームの行方不明事件も

■今回の報告会では、11月に刊行となった開高建ノンフィクション賞受賞作品、『シリアの家族』の制作の裏側を語るということで、取材現場での経験やエピソードを、どのようにノンフィクション作品に落とし込んでいったのかをお話しました。

◆私はこれまで、地平線の皆様ももちろんのこと、登山や取材活動を通し、独自のフィールドを求め、そこに立ち続けてきた多くの挑戦者、冒険者、旅人、行動者の皆様に出会ってきました。そしてこうした方々から、生きた体験からくるかけがえのない学びをいただいてきました。

◆なかでも、本という作品を作り上げるうえで血肉になった哲学や言葉をご紹介させていただきました。地平線会議代表世話人であり、元読売新聞記者である江本嘉伸さんからは、“優れたノンフィクションとはどういうものであるか”を教えていただきました。 江本さんによればそれは、「どれだけ自分の内面をさらけ出すことができるかどうか」 、「さらにその作品を描くことで、作者が変化を経験する作品であるかどうか」だといいます。

◆また2025年7月に亡くなられた岡村隆さんからは、強烈な主観を模索しつつも、客観を常に意識し、多角的な視点から対象を描くことの大切さを教えていただきました。お二人をはじめ、これまで現場の第一線に立ち続けてきた皆様から薫陶を受けたことが、ノンフィクションを書くための大きな力になったことを実感しました。

◆またお話の後半では、江本さんと、担当編集者である田中伊織さん(集英社インターナショナル)にもご登壇いただき、鼎談させていただきました。実は、10年以上前に田中さんと私を繋いでくださったのが江本さんだったというご縁もあり、感慨深い三人の語らいとなりました。

◆本は、書き手一人の想いだけでは世に出すことができません。書き手の想いを汲み取りつつも、より多くの読者に届くよう磨き上げてくださるのが編集者です。執筆の初期段階から伴走してくださった田中さんの存在の大きさについても、改めて噛み締めることができた時間にもなりました。

◆報告会はこれまでの活動を振り返るような大変実りある時間でしたが、実はその裏で事件も。報告会の前に、私とは別行動で八王子の自宅から会場に向かっていた二人の子供(9歳のサーメルと7歳のサラーム)と連絡が取れず、行方不明のまま、報告会が始まってしまいました。

◆電話もメールも繋がらず、おそらく二人は八王子に帰るだろうと予想していましたが、なんと早稲田駅から最寄りの交番を探し、「迷子になりました」と警察に訴えた模様。さらに「僕のお母さんの名前は小松由佳です。お母さんがどこにいるか調べてください」と警察に頼んだとのことでした。結局、息子の携帯に電話番号が入っていた秋田の両親(子供たちにとっては祖父母)のところへ警察が電話し、私が地平線報告会の発表中だと父が突き止め、警察から榎町地域センターに、「関係者の子供が迷子だ。交番に保護している」と連絡が入ったのでした。私は報告の最中だったため、地平線のスタッフがタクシーで交番までお迎えに行っていただいたとのこと。大変ご迷惑をおかけしてしまいました。

◆その後、子供たちと連絡が取れなかったのは、私の携帯電話番号を長男が着信拒否にしていたこと(うるさいお母さんからガミガミ言われないため)、会場までの行き方を送っていたメールを、そもそも見ていなかった(!!)ということがわかり、携帯の使い方についても子供と再度話し合うことになりました……。こうして報告会の最中、子供たちが交番に保護されるというハラハラの一幕もありましたが、無事に一日を終えることができました。皆様、どうもありがとうございました。

◆私がテーマとするシリアは今、アサド政権崩壊から一年を迎え、国民の融和を掲げながら一日も早い復興を目指しています。破綻した経済や崩壊したインフラなど、シリアには課題が山積みですが、時間をかけて再生へと向かおうとする人々の姿があります。そうした、この時代を生きる人間の姿を、私はこれからも現場に立ちながら見つめていきます。皆様、いつもどうもありがとうございます![小松由佳

イラスト-1

 イラスト 長野亮之介


今回もすごかった小松さんの報告会

■年末の小松由佳さんの報告会で心底驚き、心を打たれた瞬間があった。報告会終盤の質疑応答の場面だ。参加者から「コロナ禍でお子さん二人を抱えて、口座残高も底をつき生活も苦しくなる中、不安にならなかったのですか?」という主旨の質問を受けた際の小松さんの受け答えだ。小松さんは間髪置かずに「ならないですね」とハッキリと言い切った。独特の澄み渡る声で発せられたその一言の中に、微塵のブレも迷いもまったく感じられなかったため、目から鱗が落ちるような衝撃を受けた。小松さん曰く「かつてヒマラヤ登山をしていて死ななければいいかなという思いが根本にある。経済的に苦労していても頑張り続けていればいずれ安定するかもしれないという楽観さがある」と。どう見ても大変な状況の中で、心の底からそう思い苦しい状況を乗り越えたその強さに驚いたのだ。潔いまでに何か突き抜けたものを感じた余韻が今も残っている。

◆もう一つ驚いたのが小松さんのご著書『シリアの家族』における田中伊織さんという編集者の存在の大きさだ。私は編集者の仕事を、本の構成をサポートし締め切りを管理、著者と出版社を繋ぐ存在という程度にしか考えていなかった。だが実際はまったく違っていた。小松さんが情熱をかけて書き切った文章を、それに応える形で何日もかけて休みがなくなるまでに全力で直しを入れる田中さん。そしてそのやり取りを何度も何度も重ねるお二人。締め切りを過ぎても尚より良いものを追求する姿。本当に良いものは粘りに粘った行為の中からしか生まれてこないのだ。そして著者一人だけで生み出すことはできないのだ。伴走者が必要なのだ。ここまで情熱をかけた作品は、作者だけでなく編集者にとっても我が子の命のような存在なのではないのだろうか。コロナ禍の中、育児や家事、生活に追われながらも文章を粘り強く書き続け、そして受賞された後さえも作品の表現を磨き直し『シリアの家族』を最後まで書き切った小松由佳さん、そして田中伊織さん、改めて開高健賞受賞おめでとうございます!

◆新北京での二次会終了直後に小松さんのお子さんたちからおにごっこに誘われた。活発でやんちゃな男兄弟と思っていたら、おじさーん(失礼だ!)と言って私の手をやさしく引っ張って誘ってくれた小さな手のサラーム君、いたずらっ子の愛嬌あるサーメル君。二人ともよい子に育ってますよ、小松さん。[塚本昌晃 今回も福井から参加]

小松さんの息子さんたちとの再会

■小松由佳さんの報告会に参加することができました。書籍を上梓されるまでの編集者との共働の道のりなど、普段はなかなかうかがえない内容で、お話を聞けてとても良かったです。小松さんが紹介されていた「優れたノンフィクションとは…」との江本さんの言葉にうなずきました。作品には作家自らのすべてが出てしまうものですが、小松さんの著書には、ご自身の人生まるごとでぶつかり、さらけ出し、乗り越えて変わる作家の姿が描かれており、読み手が応援したくなる切実さがあります。

◆わたしは以前、お呼ばれで伺った友人宅で小松さんにお会いし、小松さんが大人とお話されている時間に、お子さんおふたりと一緒に絵を描いたり、転げ回って遊んだり、とても楽しかった思い出があります。報告会では、そのときよりも少し成長したお子さんにも再会できて、とても嬉しかったです![西口陽子 画家]


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