2025年4月の地平線報告会レポート


●地平線通信553より
先月の報告会から

火と氷の国の庭づくり

安平ゆう

2025年4月26日 榎木町地域センター

■今回の報告者はこの春に九州大学を卒業した安平ゆうさん。昨年8月から12月までの4か月半、交換留学生としてアイスランド大学人類学部に在籍。庭づくりを通して人と自然との関わり方を探究した。私にとって未知の国に興味が沸く。アイスランド語(発音も文法も大変難しいらしい)で書かれた通信552号の題字(長野画伯がアイスランド語で「地平線のかなた」と書いた)を読んでみて欲しいとの会場のリクエストに応えてチャレンジするゆうさん。和やかなムードで報告会が始まった。

◆アイスランドは国土の北端が北緯66度に位置し、ぎりぎり北極圏には入らない。人口は40万人弱。内陸部には海嶺(プレートが生み出される場所)が広がり、国土の大部分を溶岩台地が占める。島の中央部にホットスポットが集中しているのが特徴。約2千万年前に海嶺からマグマの噴出によって島になったのが現在のアイスランドで、地質年代的には非常に若い。直近では2023年にレイキャネス半島で噴火が起こり、3800人余りが避難、グリーンデイヴィックという町が半壊した。留学中にも2度噴火があった。地球のダイナミックなメカニズムと隣り合わせの国だ。

◆アイスランドと聞くと氷河一色のイメージだが、意外と緑豊かな場所も多いそう。風景は夏の北海道にも似ている。沿岸部の村や首都レイキャビクではガーデニングが盛んに行われており、その文化は18世紀にデンマークから導入された。年間を通して日照時間の変化が大きく6月の21時間に対して、12月の冬至では3時間程しかないため、ガーデニングに関して「夏の間を沢山楽しんで、長い冬を耐え忍び、春を楽しみに待つ」と語る方が多いそうだ。

◆『なぜアイスランドへ?』。そこには新型コロナ禍にもたらされた、かけがえのない出逢いがあったからだという。佐賀県基山町出身、五人姉兄弟の四番目に育つ。旅行をする様な家庭でもなかったため、漠然と遠くへ行きたいという気持ちがあったそう。中高生時代に星野道夫の著作やアイスランドを舞台とした漫画『北北西に曇と往け』に魅了され、旅への憧れを一層強くしていく。2020年に大学入学。パンデミックと重なりすべてが真っ白に。部屋に籠って体を動かさず、誰にも会わず、誰とも喋らない生活の中で気持ちは鬱々と。そんなときに精神的支えになったのが山岳部の活動だった。

◆オンラインの新入生勧誘で見せられた美しい雪山の写真に一目惚れ。「これは入部するしかない」と、迷わず山岳部に入部。山に初めて入った日から生活が正しく回り始め、きちんと食べて寝る、身体をしっかり使って筋肉を育てるといった感覚を取り戻していく。山岳部の活動をきっかけに、江本さんの特別講義に出くわした。講義の最後の「よければこの住所にハガキを書いて」との呼びかけに応じて一枚のハガキを書いたことが人生を変えた。地平線会議との交流が始まった。対面での報告会を休止していたあのときに、通信にたびたび掲載されるゆうさんの報告を、毎回楽しみにしていたのは私だけではないだろう。

◆もう一つ欠かせないのが、庭に興味を持つきっかけとなった、お母様が営むカフェの庭師さんとの出逢いだ。それまで庭とは人が鑑賞するための場所との認識だったが、庭師さんは生き物同士のコミュニケーションの場所として捉えており、土壌の性質の違いによって変化する植生に着目して庭づくりをされているという。庭師さんの考えに触れ、ゆうさんは雄大な景色の自然から足元に広がる自然に視点を移すようになっていく。

◆同時期にフランスの造園家、ジル・クレマンを知る。フランスの宮殿庭園に代表されるような、人がデザインしたものに植物を当てはめていく管理された庭とは違い、藪化した植生に人が合わせ、変化していく「動いている庭」を作庭した方だ。環境問題が世界的に議論し始められ、庭がエコロジーを現す象徴的な場所として、既存の造園観を180度転換したことで有名だそう。こうした数々の出逢いを通して、人と自然との関わりを探究する上で庭がフィールドになると考えたゆうさんは、人類学の視点から「庭」に取り組み始める。

◆ここからはアイスランドの自然環境と庭づくりについて写真を紹介しながらの解説。アイスランドの心臓部と呼ばれるシングヴェトリル国立公園。プレートが生まれる場所で北米プレートとユーラシアプレートの境界。歪みによって生じた窪地は湿原のようだ。他方で活火山も多く存在する。

◆地割れ噴火でマグマが沸々と湧き上がる様。噴火が起きても現地の方は冷静で、淡々と受け入れるという。アイスランドの自然と共存して生きている証なのだろう。目前に迫る氷河が融けて流れ落ちる様。物凄い水量と勢いが伝わる。氷河の融解と高低差を利用した水力発電で電力の7割を、地熱発電が3割を担っている。電力を100%自然エネルギーで賄っており、サステナブルエナジー先進国でもある。

◆レイキャビクの街並み。国民の約7割が暮らす住宅密集地。高層建築は無く、木々も多い印象。冬の池。街には地熱を利用した温水暖房システムが張り巡らされていて、建物側部の水は冬でも凍らない。野鳥の集団。冬に個体数を限定して狩猟し、クリスマスに食す伝統文化がある。野鳥が道路を横断するときには車は止まって待つそう。海と黒い浜辺。黒い浜辺の正体は玄武岩質の溶岩。夕暮れ時かと思いきや、午後3時頃だそう。日照時間の短さがよくわかる。

◆入植時(870年頃)と現在の森林比率分布(地図資料)。入植時沿岸部にかなり広がっている森林は一度0.5%にまで減少し、現在は2%ほど。原因は羊の過放牧と伐採。人が働きかけなければ植生が育ちづらい地理であることが理解できる。レイキャビク市内の川と針葉樹の森。川岸には針葉樹林が広がっている。これらはカナダやアラスカから輸入され植林されたもの。積極的に植林をし、市民の憩いの場としての森や資源を作っている。在来種白樺の森。日本の白樺が高く伸びるのに対して、樹高は160cm前後。成長速度が遅く、年輪が密。枝ぶりも細々として弱々しい印象だ。

◆溶岩台地に生える苔。苔の種類は600種以上。花を咲かせる植物が400種ほどしかないことからも多様性が窺える。噴火によって植物は焼き尽くされ一掃されるが、長い時間をかけて次の植生を育むことを繰り返している。苔むした地割れ噴火跡と現在進行形の噴火による焦土の対比。噴火により地衣類は消失、強風にさらされ更に土地が浸食される。土地を保護するために、グラスを輸入し土壌を覆う対策を政府レベルで行っている。郊外セルフォスのサマーハウス。日本の別荘にあたる。夏の間サマーハウスでガーデニングを楽しむことが多い。ゆうさんは個人の庭に関心を持って活動していたそう。しかし留学当初はつてもなく、ガーデナーとの出会いにしばし時間を要したという。

◆市内で一番大きな園芸店。多くのガーデニングの種を扱っているが、アイスランド原生種は1種のみ。ほぼ輸入した植物でガーデニングを行っている。園芸協会での植物交換会の様子。様々な小さな鉢植えが所狭しと並んでいる。個人で増やした植物や種を持ち寄って無料で交換し、情報交換する場。ここで熱心なガーデナー達と出会っていく。

◆アイスランド植物園。屋外の岩場に這うように住まうアイスランド元来の植生を再現している。国内に1校しかない園芸学校。温水パイプが引かれ、外気温が氷点下でも温室では柑橘類、バナナやコーヒーの木が育っている。国内の食物は殆どを輸入に頼っており、温室栽培を産業にとの試みはあるが、農薬使用の問題点もあり模索が続いている。プラント化された水耕栽培の様子。園芸協会のシードバンクと種の採集・保存の勉強会。原生種の種を保存し輸出すると同時に、輸入した種を一定期間保存し全土へ放出する活動も行っている。

◆市民ガーデナー個人の庭。風の強い北側には80年前からの木があり、その麓には次の世代を見越して計画的に植樹された樹木が並ぶ。南側には木を配置せず、南中高度が低い日光を効率的に取り入れている。また家の白い壁に反射する日光と、地熱暖房システムを利用して、実験的に温帯地域の植物を育てている。恵まれない土壌と厳しい気候の中で最大限の工夫を凝らした庭だ。これだけの努力が実らないことも多く、アイスランドの庭づくりは真に忍耐なのだそう。

◆コンポスト。良質な土壌の生成は難しいため、馬糞の利用やコンポストでの土づくりは重要。これまで埋め立てしていた生ゴミを活用し、行政も取り組みを開始したそう。朗報だ。40年かけて植林された私有地の森と個人宅の温室。個人レベルでの植林も盛ん。原生種の植生は背が低いため防風の目的として植林はとても大事だという。個人宅でも温室を所有し、苗を育て直植えの後、芽吹きを見守る。何年もの時間をかけて試行錯誤しているという。

◆ブルフェスのサマーハウス。溶岩台地での植林を実践している方の存在に驚く。困難な地であるからこそ芽吹いたときが本当に嬉しい、だからやりがいを感じているという。厳しい自然があるからこそ輝くガーデニング文化だ。カモンブラックバード。本来は冬にヨーロッパに渡る野鳥だが、ガーデニングにより餌となる木の実が増え、近年はアイスランドで越冬する。地球温暖化の影響もあるだろうが、生態系の変化にも注視が必要であろう。

◆ここで質問コーナーとなった。Q.どのような生き物がいるのか? A.野生動物はキツネやウサギ、白鳥、雷鳥などを見た。野生の熊はいない。特に野鳥は貴重で、毎年チケット制で権利を獲得した人のみ狩猟が許される。 Q.人口の推移は? A.デンマークの支配下で元々は漁業による交易をしていた。民族意識の芽生えと共に独自に利益を得るようになり1944年独立。後にアメリカ軍の駐留によりインフラが整備され娯楽も入ってきて、人口も増えたと聞いている。 Q.心の余裕はどこから生まれるのか? A.ワークライフバランスが大切にされ、家族との時間に重きを置いている。故に外国人はコミュニティーに入りづらい側面がある。プライベートを大切にする背景としてはコミュニティーの密度の高さ、自分たちの祖先や源を強く意識しているからだと感じる。 Q.グローバルな経済について。なぜ豊かな国・人間社会のイメージがあるのか? A.EUには加盟していないが、EUの経済圏にあり、大きな収入源は漁業と電力とツーリズム。自然エネルギーを活かしてアルミニウムを生産輸出している。近年は外資系企業のデータバンクも誘致。金融立国を目指すも、2008年の通貨危機により、国の政策をツーリズムに転換した。アイスランドの人々には家族やコミュニティーの深さから得る言語や宗教感、受け継がれる文化やアイデンティティーといった、生きていくための芯があると感じる。それが幸福度に繋がっていると考える。 Q.植生復活のために輸入するのはなぜか? A.土壌を浸食から護ろうとするときに在来種は根付きが遅い。目的に合う植物を輸入して試す過程にある。

◆しばし、アイスランド一周の旅の風景を紹介。ランドマナラウカ山系。黄土、白、ピンクのカラフルな硫黄の山肌が特徴的。エフロード(オフロードの意)の脇を走る馬。アイスランドの外周を一周している道路をリングロード、リングロードから内陸に向かう道をエフロードと呼ぶ。周囲は牧草地。リングロードから見た地熱発電所。硫黄の匂いが立ち込めている。牧草地の羊。海風にのってきた塩を舐めるため道路に出てくることもしばしば。

◆ゆうさんは環境保護・保全活動にも関心を持つ。環境NPO団体ランドバーンドの保全活動に参加した様子。風力発電所の建設に対する抗議活動として予定地をハイキングし、自分たちの目で素晴らしさを確かめ、広める活動。アイスランドの人々にとって土地はとても大切なものとして語られる。都市化が進むまでの貧困な時代を支えてきたのは土地であり、歴史的な礎である。この団体は風力発電所の建設は単に自然破壊だけでなく、民族の誇りとアイデンティティに反する行為であると訴えている。自分たちで環境を守ろうと声をあげる姿勢に刺激と衝撃を受けたそう。また若者中心の環境保護団体UUのメンバーとしても活動する。

◆COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)レイキャビクの会議の様子。生物多様性と気候変動対策を同時に考えるローカルCOP。イベントを開催するにあたり会場予約、司会者や各専門家のパネリストの手配、食事の手配等、様々な準備が必要だが、コンセプトの説明から概要が形作られるまで要した時間はたった30分。スピーディーさと環境保全に対する意識の高さを感じた場面だったそう。イベント最後の目玉として廃棄食材を利用して野菜のみの食事を振舞う。スーパーに快く協力してもらい材料を調達し、100人単位の食事を完成させることができた。「政府の気候変動枠組対策」と描かれた棺。会場の外では、年長世代の団体が政府の環境対策を痛烈に批判している。アイスランドでのこのような活動は環境問題だけに限ったことではないという。

◆大学内でのガザ侵攻への抗議活動。授業中の先生はビラを配りに来た学生のために、講義の残り時間を開放されたそう。こうした活動に無縁だったゆうさんは、声をあげることを目の当たりにして、何もしないことが罪だと意識したという。市民の草の根運動が盛んになったのは歴史的背景もある。1975年、女性によるデモ(当時は休日と呼ばれた)の様子(The Guardian紙出典)。賃金や社会的地位の男女平等を訴えた抗議活動だ。この年を機に世界初の女性首相の誕生、積極的な女性の登用に繋がっていくことになったという。

◆プライドパレード(元はゲイの社会的の向上と認知を目的とした)の様子。レインボーフラッグを手に大勢の人が祝福ムードで大通りを練り歩く。2010年には同性婚が合法化。政治的にもLGBTQの権利を認めており、ジェンダーの多様性に関して先進国的存在である。黙して語らずを美徳としてきた日本人との違いに驚くことばかりだ。

◆移民政策については、90年代にEUの経済圏に入ってから、市民権の得やすさや社会保障制度の充実(大学の授業料は年間75000円)も相まって、東欧諸国からの移民が増えたそう。現地の人々との摩擦もあり、知人は「外国人はウェルカムだが、長く居住して国の恩恵を受けているにも関わらず、アイスランド語も話せない人は歓迎しない」と語ったという。

◆ここで嬉しい報告があった。2日前にアイスランド大学院に進学することが決まったという。拍手が沸き起こる。「人類学の分野では研究対象の母語の獲得が必須。アイスランド語勉強します」と決意表明した。庭づくりしかり、ゆったりとした時間軸の中で進んでいく暮らし、本来の人間生活はこうあるべきなのだと感じる。ゆうさんの心を象徴するかのようなオーロラの写真と共に、アイスランド時間という言葉はないけれど、自分のペースで生きていいと感じることができたと、結んだ。これから一段深くアイスランドにはまる彼女を見守りたいと思う。[長岡のり子


報告者のひとこと

一生に残る経験を、ありがとうございました

■昨年アイスランドで過ごした日々のこと、庭への関心、現地の園芸事情など、様々にお話させていただきました。どうしてアイスランドに惹かれるのか、自分でもわかり切れないところがあります。ただあの強風が吹きすさぶ荒涼とした環境で、人が植物を育て、根を張り生きていることに心惹かれて、もっと知りたい、という気持ちになります。

◆正直に申し上げて、私は地平線通信の一ファンでしかありません。思い出すのはやはり江本さんのオンライン講義を受け、ハガキを書いた2020年のことです。コロナ禍がなければ、ハガキを書いて始まった地平線との出会いも、年末の黒百合ヒュッテでの長岡一家、高世泉さんとの邂逅もなかったのだろうと思うと、不思議でなりません。

◆地平線会議に出会えたことで、さまざまな世界線を生きる有象無象の人たちの生きざまに触れることができました。それぞれに足並みをそろえることなく行動をし続け、このコミュニティーが続いてきたのだと改めて実感し、すごいことだなと感じることしきりです。

◆同時に、地平線会議のこれまでを自分なりに掘り下げるほど、ここは生半可な場所ではないのだと感じます。通信を通して迫ってくる行動者の信念や気迫に、何度背中を蹴り飛ばされてきたことか(比喩です)。そこから立ち上がり自分の道を切り開かんとしているところですが、どうなるかわかりません。

◆習得を宣言し(てしまっ)たアイスランド語も、教材が高くて悲鳴をあげていますし、舌が回らず苛立ちます。こんな弱音を吐いている暇があれば、単語の1つでも覚えるのが吉ですよね。しばらくは、書類と格闘しつつ勉学に励みます。改めて、一生に残る経験を、ありがとうございました。[安平ゆう

イラスト-1

 イラスト 長野亮之介


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