2009年4月の地平線報告会レポート


●地平線通信354より
先月の報告会から

14+1の三度の挑戦

本多有香

2009年4月24日 新宿区スポーツセンター

■記念すべき360回目(ぐるっと一まわり!)の報告者は、本多有香さん。今年2月、カナダのホワイトホース〜アラスカのフェアバンクス間を走破する世界最長の犬ゾリレース「ユーコンクエスト」(従来、もうひとつの長距離レース「アイディタロット(アンカレッジからノームまで1800キロ)」が世界最長の犬ゾリレースと言われていたのだが、近年GPSの発達により実はユーコンクエストの方が距離が長いことが判明したそう)に出場したマッシャー(犬ゾリつかい)だ。東京〜那覇間とほぼ同じ1600キロを、10〜17日間かけて犬と人の力だけで旅する…限りなくシンプルで、最高にロマンにあふれたレース。地平線通信に載る近況報告を楽しみにしていた方も多いはず。

◆アラスカでの永住権を持たない有香さんは、ツーリストビザをとり、アラスカと日本を半年ごとに行き来する生活を2002年から続けている。日本では資金稼ぎのアルバイトに奔走する毎日。花火師、カニ売り、ひげ剃り売りなど変わったアルバイトも多数経験しており(有香さんの面白アルバイト歴は通信346号に)、今は塾講師がメインだ。なんと有香さん、日本にいる半年間で、レース関連の費用200万円を稼ぐ。

◆かかる費用は、犬のエサ代が半年間で40万円。ユーコンクエストのエントリー代が15万円。1つ1ドルのブーティー(犬用のくつ下)代がざっと10万円。寒冷地用のリチウム電池が5〜6万円。ほか獣医検診代、注射代、ガソリン代など。ちなみにユーコンクエストの優勝賞金は3万5000ドル、優勝しても元はとれない。

◆実は有香さん、4年前の報告では一生懸命話した結果、なんと20分で全てを話しきってしまった。そこで「今回は時間稼ぎのために大量に用意した」というスライドが始まる。アイスフィッシング、ウサギ罠猟、大きなリンクス(山猫)の解体(肉は白身でおいしい)、飛行機から写した真っ白いアラスカの大地…。有香さんの世界が、じわじわと会場に広がっていく。

◆足が長くて好奇心旺盛な子犬たちの写真を見ながら、犬の解説。犬ゾリで主に使われるアラスカンハスキーにも色々と種類があり、有香さんが特に好きなのはオーロラハスキーと呼ばれる犬種だ。鼻が長めで目が青く、ちょっと短毛なのが特徴。レースに強い犬は血筋が重要なので、品種改良が進んでいる。

◆次々と装備が紹介される。ほとんどのマッシャーが手づくりしているというソリは、トネリコ材という野球のバットと同じ丈夫な素材で、各部は衝撃を和らげるためにフレキシブルに動く。スポンサーのカリマーに特別に作ってもらったというスレッドバッグ(そりを覆うバッグ)は、全長165センチと中で眠れるくらい大きい。気になるソリの中身でユーコンクエストで携帯が義務付けられているのは、寒冷地用の寝袋、エサや枝を切るための手斧(全長56センチ以上)、スノーシュー、レースオフィシャルからもらうデトブック(獣医用の本?)。有香さんは今回のレースでスレッドバッグが破れて手斧を落としてしまい、スペアを受け取ったため減点となってしまった。ほか、クッカー、おたま、エサ入れ(実は100均で買った鉢受け)とソリは荷物でいっぱいだ。チェックポイントが少ないため、ソリに乗せるエサも多く重い。荷物は最低限に削る。犬の薬は用意するが、自分の分はまあいいや、と持たない。

◆フリース素材で着せやすい構造のドッグコート(犬用コート)も、スポンサーのカリマーと一緒に型紙から作った。メス犬の乳首、オス犬の大事な所が凍傷になりやすいので、有香さんはビーバーの毛を縫い付けたり、風よけをつけてみたり、犬を寒さから守るために工夫している。エックスバックというハーネスは、背中がバッテンになっていてソリを引く力がでる。レース中はハーネス擦れをさけるためにも、同じものを使い続ける。「遠足には履きなれた運動靴で、みたいな感じで」。

◆犬の運搬に使うのはドッグトレーラー。写真で紹介されたのは1匹ごとに部屋がある2輪のトレーラーで、車で引くタイプ。犬たちは車でどこかに連れて行ってもらうのが大好きで、よろこんで乗りたがる。降りるときも飛び降りてしまうので、1匹ごとに抱きかかえる。犬の体重は20キロから50キロもあるので、ちょっとした大仕事だ。

◆トウヒの森を走るトレーニング風景を見ながら、犬ゾリの説明。基本的に14頭でひく。最初の1、2頭がリーダー犬で、マッシャーが出す右・左・ストップ・ゆっくり・早くなどという指示を理解し、コマンドとしてチームを導く。しかし先頭を走るのは犬にとっても負担が大きい。子犬の頃から適性を見て、できる子を訓練していく。次の2頭がスイングドッグ。マッシャーのコマンドを聞き、リーダーを助けて走る。そこから後ろの犬たちをチームドッグと呼ぶ。さらにソリに一番近い犬をウィルドッグと言い、力が強く、ソリの音を気にしないで走れる犬を選ぶ。ソリのコントロールに最も関わるポジションなので、たとえば狭い道では自分だけでなくソリのことも考えて走ってもらう必要がある。ウィルドッグがレースのポイントになると聞き、大切なのはリーダーだけじゃなかったんだなあと感心。「犬も人間と一緒。小1の子どもと同じで騒ぐんだけど、クラスをまとめる先生みたいな感じです」

◆チェックポイントには、フードドロップと言って犬や自分の食べものや電池、着替えなどを先送りしておく。犬のエサはチャムサーモン、キングサーモン、ビーバーの内臓(脂肪分が多い)、ドライフードなど。凍った状態で用意しておき、雪を溶かして作ったお湯であたためて与える。チェックポイントに着くまでも、基本的に2時間に1回程度はエサをあげるという。

◆「あ、装備がまだありました!」と取り出されたのは、練習用の皮のグローブ、ソリと犬を繋ぐバンジーというゴム、そしてアラスカのネイティブに作ってもらったという有香さんのコート。フードの顔周りには、白と黒の2種類の毛が使われている。外側は風を通さない白いオオカミの毛、内側は水に強いウォルヴェリン(クズリ)の黒い毛。6万円くらいしたという。中はダウンだと水分を吸って寒くて使えないため、人工の綿。汗をかいて止まることを繰り返すという面でも、レースは過酷だ。いよいよユーコンクエスト本番。

◆マイナス30度と、寒い中スタート。あれ、スタート地点ではためくユーコンクエストの旗、後ろを振り返る犬の姿に見覚えが? そう、有香さんの報告会の案内が載った通信のタイトルだ。さすが長野画伯。29チーム中女性は6チーム。最初のチェックポイント「ブラバン」の街まで160キロ、13位。チェックポイントでは、マッシャーも、ハンドラーも、チェッカーも、みんな疲れて机につっぷして眠っている。異様な光景。チェックポイントでは、犬にコートを着せてわらの上で寝かせる。マッサージをすることもある。

◆有香さんは6時間走り6時間休むペースで進む。冬、高緯度のカナダ・アラスカの日照時間は1日わずか5〜6時間。ほとんどが暗闇の中でライトをつけての走行となる(あとで聞いたのだが、お祭りなどで売っている光るリングを犬の首輪につけたそう)。ラスという板に反射板がついた目印を頼りにコースをとる。しかし経験ある犬は道を覚えており、前のチームのにおいを辿っても進めるという。

◆有香さんに犬を貸してくれたビル・コッターも、同じコースを300マイルだけ走るレースに出場していた。ビルのソリを追う有香さん。実は、急きょタイレンという犬をリーダーに育てるため、レース中にトレーニングしているのだ。有香さんが今回最も危惧していたのはリーダー犬不足。様々な事情によりオリーブオイルという1頭しかリーダー犬を借りられなかった。しかもそのオリーブオイルが怪我のため不調で、何とかごまかしながらレースを進めていたのだ。

◆今年はあたたかかったため、川がオーバーフローして危険な箇所もあった。クエストという言葉通り、冒険の旅だ。そして標高差1000メートルの「恐怖のイーグルサミット」。山越えが4つもあるアップダウンの激しいコースのユーコンクエストだが、レースも700マイルを過ぎ、犬も人も疲労困憊のときのイーグルサミットは最も辛い。写真では2人のマッシャーが助け合いながら進んでいる。今年は3チームがリタイアした。ここで有香さん、なんと自分が先頭になり、犬たちをひっぱって歩いたという。しかし、やはりきちんとしたリーダー犬なしではレースを続けることができず、イーグルサミットを越えた所でリタイアを決定。ユーコンクエスト3回目の挑戦は、走行距離1382キロ、ゴールのフェアバンクスを目前にして幕を閉じた。

◆時間がいっぱいになり、この日は、過去2回の挑戦についての話は聞けなかったが、マッシングとは何か、という現場でなければ知り得ない貴重な話を存分に披露してくれた。たとえば、レース中は凍傷を防ぐため、6時間走行している間に水を2リットルも飲むという。お湯の入った魔法瓶は手づくりのマットで包んでも口が凍ってしまうため、ドリルで穴をあけてストローを挿す(ストローは湯気で凍らない)。

◆250枚ものスライドが終了し、続いて3月に放送されたTV番組の一部が上映された。質問コーナーではテンポよく次々と手が挙がったが、1つだけご紹介。「レース中、トイレはどうするの?」という質問に、有香さんは生き生きと答えた。「犬を止めるのは何だから、ソリにのったままします。後ろに人がいないか確認して、まっすぐな所でハンドルを握ってこんなかんじで…(と実演)。コートでおしりが隠れるから大丈夫ですよ」飾らない、面白い、不思議なキャラクター(報告会の最中、私の視界には有香さんが報告会の前に飲んだビールの空き缶がしっかり入っていたし、二次会終了後、江本さん宅にて31時=朝7時=まで飲み続けた!)。

◆テレビ番組で映った有香さんの部屋に、54歳で亡くなられたというお父様の写真が飾られていた。若くして人生の短さを知ったことが、有香さんの原動力になっているという。実は私もこのレポートを書いている最中、父が事故で急逝するという思いもがけない事態に遭遇した。まだ信じられないし、寂しさと、今後の予定をいくつか変更しなければならない悔しさとで複雑な心境だ。本当に当たり前のことだけれど、過ぎてしまった時間は戻らないし、今はただこれまで以上に今とこれからを大切に生きていきたいと思う。(新垣亜美


報告者のひとこと

画伯の書いた犬達の絵を握りしめ、5月26日にカナダへ出国します

■「成功したユカには興味がない、6月から移住を考えているなら尚更このタイミングで報告すべきだ!」と江本さんに国際電話で何度か口説かれ、うっかり出ることになったのですが、その後の重圧は結構あって…。

◆なにしろ江本さんってば、「何の心配もしていないから。」と言った後に「今年は地平線30周年で尚且つ今回は記念すべき360回目なんだ。」なんて言い出すんです。言葉には出さなくても、続きは「わかってるんだろうな?」ってことなのです。

◆前回(注:2005年7月報告会)の『20分で終わった恐怖』が蘇り、「時間を稼ぐぞ」てな気持ちで写真を多くしてギアをいっぱい持ってきて台本を作って...必死でした。報告前に関係者から写真が多すぎると危ぶまれていましたがまだまだ油断できないとさえ思っていました。

◆自分自身の話しをするのが苦手なので、終始「犬ぞりとは」という内容になってしまい、レースでの出来事は話さずじまいでしたが、なかなか知られていない犬ぞりについて、かなりの情報をたくさんの人に伝えることができた気がして、今では色々持ってきてよかったと嬉しく思っています。

◆自分が育てて訓練して作ったチーム(犬達)と大自然を走り、キャンプして進む旅の楽しさは、私にとって本当にかけがえの無いもので、簡単ではありませんがその分喜びも大きいものです。私はやっぱりずっとこれをやり続けたいと思っています。

◆最後に、酒の力が必要だった私に麦酒を提供してくださった江本さんの優しさと寛容さに心酔しつつ、画伯の書いた犬達の絵を握りしめ、5月26日にカナダへ出国します。私の拙い話を聞いて下さってありがとうございました。飲むときは是非誘ってください。(本多有香


to Home to Hokokukai
Jump to Home
Top of this Section