2003年12月の地平線報告会レポート



●地平線通信290より

先月の報告会から(報告会レポート・292)
この素晴らしき世界
惠谷治
2003.12.26(金) 新宿榎町地域センター

◆北朝鮮は、核を持っているのか――。恵谷治氏の報告は、前宣伝通り北朝鮮の核兵器問題を中心に語られた。12月はじめまでロシアで行なった今回の取材の結論は‥?

◆氏はロシア在住の7人の専門家と接触を図った。幸運にも七件すべて、アポが取れた。そして7人全員が北の核の存在を否定した。世界の旧共産圏から学生・研究者を受け容れていたドゥブナ国際研究所の副所長は「北の学生は教育水準が低く話にならなかった」と言うし、クルチャトフ核研究所の関係者も北の技術の低さ、経済的困窮をあげつらった。しかし、北の脅威を低く見積もらせて日本の核武装を防ぐための政治的発言ではないか‥。「世界の話題は『日本はいつ核武装するのか』ということだ。日本国内の核に対する強い反発の空気は、全く世界に伝わっていない」

◆そんな氏が北の核武装を疑問視したきっかけは、エリツィン時代にエネルギー相を務めたミハイロフ氏と会った時だった。

◆気分屋と言われる、口の重い元大臣から本音を引き出すべく、氏は遠回りに話を始めた。話題がKEDO(朝鮮半島エネルギー開発機構)に及ぶと、突然元大臣が饒舌になった。「KEDOにロシアを入れないのはけしからん」。そうか、それを訴えたくて会見を許したのか……。一気に質問した。「北の核についてどう思われますか」「そんなもん、あるわけない」明快すぎる。政治的意図のある発言ではないのか…。が、次の言葉が鍵となった。「しかしダーティーボムの可能性は充分にあるから、北の脅威に変わりはない」

◆北朝鮮の脅威を低く見積もらせるための発言ではない。純粋に北の核保有の可能性を論じているのだ!ダーティーボムとは放射性物質をまき散らし目標一帯を汚染する、いわば核爆発しない核兵器である。原爆の惨禍はないが、放射能汚染された土地は復旧困難、しかも製造ははるかに容易である。

◆インタビューした7人のうち3人がダーティーボムの可能性を指摘した。「彼らの話に政治的意図はない。北は核を持っていないのだ。それをあたかも保有しているかの如く見せかけ、外交カードに使うのが北の計略だ。『北は核を2発持っている』と自分はさんざん言ってきたが、北の計略にまんまとはまっていたのだ」持論と一転して「北に核はない」の結論。重大な見解が地平線報告会で明らかにされたことになる。

◆後半は、「政治的秘境」を追い続けてきた恵谷さんのダイナミックな半生が語られた。行動早稲田大学で探検部に入部し、三原山の火口探検やナイル源流の探索に行ったが、より危険の中に身を置くことを求めた。予測できる危険にきちんと対処できる人間になりたかったという。報道者としてエリトリア解放戦線のゲリラに飛び込んだ。スパイではないかとの疑いを晴らすのに3ヶ月かかった。ようやくゲリラ組織に入り込む。ゲリラは恵谷青年が行軍についていける体力を持っているか値踏みする。恵谷青年はゲリラが本当に自分を守ってくれるか観察する。そして初めての出撃。ついに人間を認められたことが嬉しかった。

◆「砂漠からサバンナへ・独立の火を追って」とのタイトルで第2回地平線報告会で話をしたその直後に、ソ連がアフガンに侵攻。1980年代にはアフガンに何度か潜入した。バックアップはない。自分しか頼れるものはない。やることはいつも同じ、自分を認めさせる事だ。

◆世界中で多く使われているのはソ連製の武器だ。ソ連製は構造がシンプルで扱いやすい。そのソ連邦には 3回(連邦崩壊後も3回)入った。警察組織の目が光っている当時のソ連で、。唯一ソ連軍の武器を撮影できるチャンスである革命記念日の軍事パレードで、警察に目を付けられながら、命懸けでシャッターを切った。チェルノブイリ原発事故の際には、放射能測定器を手に現地へ飛んだ。報道関係者は近づくことが禁じられていたため観光客として空港に降り立ったが、空港に降りたって早々、測定器は強い放射能の存在を告げた。逮捕の危険を冒して植物や土のサンプルを採取した。

◆グラスノスチとともに氏の10年かかって収集してきた情報は誰でも知り得るものとなってしまった。氏はすぐさま対象を北朝鮮に切り替えた。広大なソ連に較べれば小さい。頭に叩き込むべき地理も人名も少ない。北朝鮮を専門とする人々は北の情報が少ないと言うが、旧ソ連と比べれば、情報は遙かに入手しやすい、と氏は言う。

◆どんな場所に行くにも、行く前はひたすら情報を集める。「マニアックに」集める。そして文字を覚える。文字を覚えて単語の音が読めるようになれば、発音、語彙、文法はついてくる、という。あるときアフガンのゲリラに同行していて、兵士が書類を読んでいるのに気づいた。それを覗き込み、地名と数字が書かれていることを知った。各地の兵員数が書かれていたのだ。彼らは字を読めないと思っているから気にしないが、字が読めれば、こうした貴重な情報も入る。

◆ホットニュースの「フセイン拘束」について質問され、氏はこの一件を「米軍の情報分析の勝利だ」と見る。一人の人間がある瞬間に決定的な情報をもたらしたのではなく、少しずつ情報が集まり、ついに候補が絞られたので作戦を敢行したと見る。米軍の情報分析がそれほど優れているなら、どうしてビン・ラディンは捕まらないのか、との問いには地形の差を指摘した。ビン・ラディンは山に逃げ込んだ。フセインは里にいた。

◆私が恵谷さんの報告をリポートするのは2度目だが、詳細な情報をもとに機密に迫る報告会はサスペンス小説さながらの緊張感にあふれる。小説と決定的に違うのは、これが恵谷治という実在の人間が身を危険にさらして集めてきた事実だという点だ。報告会後、榎町地域センターを出てシガーに火を付けた恵谷さんに銘柄を訊くと、「ピースだ」と言ってshort peaceのブルーのパッケージを見せてくれた。静かに煙草をくゆらす姿は、やはり「veteran」そのものであった。[松尾直樹]


to Home to Hokokukai
Jump to Home
Top of this Section