2008年11月の地平線通信

行った!見た!聞いた!歩いた!食べた!
==ちへいせん・あしびなー感想集==

比嘉パーランクーは圧巻でした!

■父方の祖父が糸満市出身という私にとって、沖縄は、毎年必ず通っている大好きな場所です。心待ちにしていた「ちへいせん・あしびなー」、特に比嘉パーランクーは圧巻でした! 大人たちの力強い舞いと、子どもたちの忠実な踊り。撮影係をしつつ、大人の姿を見て子どもが育っていくんだなあ…と、今回のテーマにもなっていた“継承”という言葉が、自然と浮かびました。

◆そして「浜比嘉たんけん隊」の案内役をしてくれた大学生の1人、新垣(しんがき)くんとは、お互いのおじいの出生地や屋号から遠い親戚同士らしいことが発覚! 1泊2日の旅でこんな出会いもあるとはミラクルです。そして沖縄にも、地平線会議にも、私は自分らしさを探しに通い続けていたのかもと思いました。最初は感覚を信じてやりながら、だんだん見えてくるものってあるんですね。比嘉パーランクーもそうやって継承されてきたのかもしれません。まだまだ沖縄通いはやめられなさそうです!(埼玉 新垣亜美

浜比嘉は未来への希望で世界につながっています

■江本さんをはじめとする地平線の皆様、晴美さんなど浜比嘉の方々、すばらしい会を企画、実行して下さって本当にありがとう!! 住み慣れた東京を離れて、12年間東北地方の仙台でくらしました。東北の村や町から学びに来た大学生と共に、地方の問題を考えつづけてきた私は、平田さんの「自分の地元が中心だ」とのことばに泣きました。最近訪れたヨーロッパの離島や山村でも全く同じ問題に直面していることを知りました。オークションで、私の「タクラマカン砂漠の砂」を買ってくださった小学校長が、夢を長い時間かかって実現した話を子供たちにしてやります、といわれました。世界のあちこちに平田さんや校長先生がいます。そう、浜比嘉は未来への希望で世界につながっています。(神奈川 向後紀代美

★追記:食事の時にあたたかい汁物を出してくれた心配り、ほんとうに嬉しかったです。

自分の背中をそっと押してくれたものすごく大きな出会い

■誰も歩かない波の音が響く路地、低い家、静かなテン場、体育館の隅に乱雑に置かれた備品たち、知らないはずなのに何だか懐かしく感じ、心に染みました。プロたちの集団なのに手作り感が出ていて、すごい人の集まりなのに素朴さがあって、いつものメンバーなのにどこか空気感が違って、とっても心地よかったです。

◆今回沖縄に行って、見て、感じて、この時間が私にとって、ものすごく大きな出会いになりました。守りに入りかけていた自分の背中をそっと優しく押してくれました。ありがとうの気持ちでいっぱいです。ほんとうによかった。またあそこに帰ります。見たいものがある、感じたいことがある、沖縄には人が欲している何かがあるのかもしれません。(神奈川 鈴木博子

沖縄の人の音楽のDNA━━どうみても地平線側完敗ですな

■久々に名残惜しいサイクリングでした。どうにか手にした2泊3日での沖縄入りも、金曜からでは思うような便もつかまらず、とにかく沖縄について宿を押さえるのが精一杯。いまは宮仕えですからなあ。そして土曜日、60kmルートで浜比嘉島へ。そこで待っていたのは。

《地平線モノ語り vs  沖国大の報告 ◎ うっちゃり》
◆報告会発表者の行動は浜比嘉のみなさんを驚かせただろう。沖縄国際大の報告までは優勢かと思われたが、土俵際で出た照屋さんの声量で一転。

《一枚の写真から vs 肝高の阿麻和利 ◎ 突き倒し》
◆立会い一気の突きになすすべなし。問答無用の圧勝。

《地平線オークション vs 比嘉パーランクー ◎ 寄り切り》
◆喧嘩四つに双方水入りかと思われたが、最後はシンプルながら自力に勝ったパーランクーが押し切った。

◆どうみても地平線側完敗ですな。だけど沖縄の方々の演技に接していると、音楽に対するDNAがまるで違いますね。音楽のセンスがまるでなく、アナウンサーと歌手は輩出できない宿命も背負う茨城県人たる私には、まったくの別人種だとしか思えない。こんな会議なら世界中どこで開こうとも参加するぞ!

◆帰り、うどんをネタに、後ろ髪を懸命に引くみんなの誘惑を辛うじて振り払って空港に着いたのは50分前。どうしてもうどんを食わせたかったのか、飛行機に乗り遅れさせたかったのか、それはさておき、輪行、チェックイン、着替えと済ませてゲートに向かったら、すでに搭乗中。いやあ危なかった。

◆あしびなー浜比嘉、万歳。200kmも走れなかったけれど、大満足の埜口より。

PS;八重山へはバイクを運べないと嘆いていた賀曽利さんへ 自転車なら空港着フライト50分前でも飛行機自由自在ですよ。下りましょうよ、自転車に。(千葉 埜口保男

夢にまで見た海宝さんのおうどんに涙し、子豚の丸焼きに涙し、高校生のかっこよさに涙した

■もう2週間も経つのですね。私にとって19年ぶりの沖縄は、海と空と空気は変わらず美しく、でも、モノレール??? びっくりでした。那覇の友人のお宅へ行って、大阪とおんなじやぁと思い、浜比嘉島の外間さんの山羊を見て、沖縄やぁと思ったのです。小学校から浜地区へ抜けて、海沿いを比嘉地区に戻った一人歩きは、前日の探検隊に匹敵する、楽しい探検でした。そしてもちろん地平線の勇士たちのお話は、やっぱりじっくり聞きたかった。東京の報告会に出たことのない大阪もんの愚痴でもあります。夢にまで見た海宝さんのおうどんに涙し、子豚の丸焼きに涙し、高校生のかっこよさに涙した遊上でした。(大阪 遊上陽子

カソリ氏に撃沈された夜

■10月26日閉会式のあと、浜で外間さんたちや島の人たちの準備してくれた山羊汁や沖縄の料理をいただく。饂飩の達人・海宝さんの手打ち饂飩も美味しくて、お腹一杯になる。民宿へ戻ってから、お別れの打ち上げ(明日帰る人もいるので)。ここで不覚にも私は体力の達人・賀曽利氏と一緒に飲んでしまい、あえなく撃沈されてしまう。その節は廻りにいらっしゃった皆様にご迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした。倒れた私を寝室まで運んでくださったお三方様にも、重ね重ねお礼申し上げます。(京都 加藤秀

那覇から歩いて浜比嘉島へ

■旅の移動は「人力」を謳う僕としては、浜比嘉島は那覇から徒歩で行くのだ、というこだわりがあった。24日朝に沖縄県庁から歩き始めて野宿して、25日昼に比嘉区公民館に到達。その疲れが出て25日のプログラムは完全にお客さん状態で観た。その夜も歩いた達成感から山辺さんがオークションで落札した泡盛「主」で泥酔し、26日のガチマヤー交流会は二日酔いでヤギ汁を回避、という体たらくであった(ホントはヤギ汁は好き)。27日以降はキャンプ組の(主に余った食材の)後片付け要員として島に滞在し、ほかにも海水浴して、緒方さんと坪井さんと大将さんが釣った魚を食べて、美(ちゅ)ら海ファームで与那国馬に乗せてもらって、と29日朝まで浜比嘉島を満喫できた。浜比嘉島へ再訪の際は、今回は金欠で試乗を見送ったサバニに乗って海も旅したいなあ。浜比嘉島のみなさん、サバニ試乗で協力してくださった沖縄カヤックセンターのみなさん、今後もお世話になります。(東京 藤本亘

浜比嘉島の人々に地平線会議はどのように映ったのかな?

■何のお手伝いもしないまま、最初から最後まで参加させていただきました。ありがとうございました。またスタッフの方々、お疲れ様でした。お陰様でとても楽しい時間を過ごさせていただきました。地平線会議側のイベントは日頃見聞きしている内容なのですが、沖縄側のイベントは新鮮であり、感動が多くあり、強く印象に残りました。その中でも、平田さんの講演、「肝高の阿麻和利」公演には特に感動を覚えました。ぜひ本物の公演も見てみたくなりました。また、逆に浜比嘉島の人々に地平線会議はどのように映ったのか本音を聞いてみたいです。おまけですが、久し振りのキャンプも楽しかったです。良い機会を与えていただき、どうもありがとうございました。(東京 橋口優)  

平田さんのさとうきび畑のお話に映画「深呼吸の必要」を思い出して

■地平線会議のことは主人から聞いていましたが、参加したのは今回が初めて! それがこの大イベントなんてとてもラッキーな私でした♪フツーではない!? 旅の達人たちの話を聞いて感動したり、感心したり…。この人たちって一体何者〜?の世界でした。平田さんのさとうきび畑のお話は昔観た映画「深呼吸の必要」を思い出しなつかしかった〜! まさかこんなところでつながるなんて不思議でした。何年かぶりでテント寝も出来、朝には捕れたての魚(お刺身)もごちそうになり楽しい浜比嘉 Stay でした。(東京 橋口千佳子

夜更かしで、帰路はひどい二日酔いで胃も腸も最悪

■冷やかしで参加した私に、隣の方があなたの地平線は何ですかと。うーん? 難しいことわからん。人生最後に地平線が見えるのかしらん? 返事できないので、見えるのかどうかを楽しみにして過ごすのもいいかなと思いました。催しは、思っていたよりずっと楽しいひと時でした。話をされた方々や踊る青年たちから熱波をもらったし、交流会はおいしかった。沖縄をほんの少〜し感じたと思います。それで暴飲暴食、夜更かしで、帰路はひどい二日酔いで胃も腸も最悪。まだまだ修行が足りません。(石川 満仁崎幸世

地平線するとは何ぞや的テーマで賀曽利隆さんと語り明かした浜辺

■「恐竜の糞化石、おー貴重なお宝!」と感動、「ニカラグア札の「0」の数? 1980年代のアルゼンチンペソも「0」が数え切れないほど付いていたな〜」と思い出し、懐かしくなって帰ってから南米の資料ガサゴソ探した。見つからなかった。

◆「ライギョダマシ食べたの?」って永島さんに聞いたらいろいろのやり方で食べたとのこと。刺身はどんな味、食感だったんだろう?食べたいなー。前の席に坐って片時も糸つむぎの手を休めない広瀬さんを見ていたら「か〜さんは麻糸つむぐ一日つ〜む〜ぐ」、何故か南国浜比嘉で「ふるさとの冬は寒〜い」。やがて来るこがらしの冬、豪雪に埋もれる白山麓白峰村を思い出してしまった。

◆「地平線するとは何ぞや」的テーマで私、連れ、賀曽利隆氏の3人真夜中3時頃まで月の浜辺で泡盛呑みながら議論。「おのれが目指す地平線にたどり着くこと=結果・満足を手にいれることはそれが地平線の彼方にあるものである限りどこまで行ってもあり得ないこと、おのれの定めた方向の地平線に向けて歩き続け努力するプロセスが地平線すること」なのかな〜。こう思ったところで酔眼朦朧の私、「もう駄目、考えられない」でお開きにした。

◆お世話くださった方々に謝謝。11月中旬、香港マクレホーストレール100kmをテクテク「ナンバ」歩きしてきます。(石川 白山神駈おじ児 西嶋錬太郎

勝連城跡にのぼり、『阿麻和利』を思う

■浜比嘉の民宿を後にして帰るとき沖縄市まで5時間ほどかかって歩いた。少しでも多く沖縄の空気を味わいたかったからだ。途中勝連城跡にのぼった。上には他にだれもいなかった。周囲の広々とした風景と静寂にひたりながら公民館で中高生が演じた肝高の阿麻和利の舞台を思いだした。力強い舞踊の感動がふたたびわいてきた。「あしびなー」ではほんとうにいいものに出会ったものだ。(和歌山 小森茂之

与那国馬のラッキーとライライ、琉球犬のゴンとその子どもに会えた

■鷹匠松原さんの話を一度聞きに行ったきりなのに、あの日、なぜか「ちへいせん・あしびなー」の場に居た私でした。浜比嘉島という希有な質を持った場所に集った人々は、聞きしに勝る強者ばかり。ほぉーっと感嘆しているうちに、あっという間の三日間が過ぎていきました。人との出会いもすごかったけれど、与那国馬のラッキーとライライ、琉球犬のゴンとその子どもに会えたことが嬉しかった。そして琉球の帆船サバニに乗れたこと! 命を賭けて境界を超えてゆく魂に触れた気がしました。(河田留奈

「海宝ロード亭ほにゃらかうどん」浜比嘉島にて開業!

■「海宝さん、うどん、やってくれる?」という、江本さんの一声から浜比嘉へ行くことに。喜んで引き受けたものの、さて、どのようにしたら良いかと思案。仕込みに2日、浜比嘉には宅急便で2日かかる。私が出かけるのは24日。23日には「うどん」を送り出さなければならない。地平線報告会の翌日に食べていただくので、仕込みを始めて5日目の「うどん」になる。風味が損なわれないかと気がかりだったが、送り先の民宿での保存状態が大変良かったので、当日は安心して「うどん屋」を開業! 島の方から、「初めて食べました!」「もう、4回目ですが、いいでしょうか〜?」という声をかけていただいたり…。地平線スタッフ6人に手伝っていただき、約250食程で閉店。私が趣味で打っている「うどん」を食べていただけて感謝。とにかく、楽しかった。勿論、浜比嘉での地平線会議では心地良い刺激を受けた。特に平田大一さんの話、「阿麻和利」の踊りには、ひきつけられ、感動のあまり、思わず、涙が…。ワクワクする出会いもあり、行けて良かったと心から思う。そうそう、那覇からずっと鷹匠・松原さんとご一緒したのも大きなことでした。(東京 海宝道義

この季節に美味しいぜんざいを提供してくれたおばちゃん、ありがとう

■地平線会議のメンバーとして浜比嘉島のハーリー祭に参加させて頂き、今回の「ちへいせんあしびなー」にも参加させて頂きました! ハーリー祭の時と同様に、今回も島の方々に暖かく迎えて頂きながら様々なイベントを楽しむ事が出来ました。ありがとうございました! 皆さんと今回の集まりに参加することが出来た事は貴重な思い出になりました。特に平田さんの講演の中で子供達による「肝高の阿麻和利」が見れた事は貴重な体験でした! 生き生きと演じている子供達の姿、それを支える平田さんの姿に感動しました! それから、10月末という季節に美味しいぜんざいを提供してくれたおばちゃん、ありがとう! 美味しかった!(群馬 竹内祥泰

満天の星の下、仲間と砂浜で焚き火を囲んだひと時

■浜比嘉島での地平線は本当に素敵な報告会でした。地平線モノ語りをはじめ、第一線で活躍される旅人の様々な視点が贅沢にも一挙に伝わってきました。地平線には本当に多様な旅人がいることに改めて驚きました。ちへいせん・あしびなーは旅人や島の人々の多様な価値観をそのまま受け入れる大きな器であり、だからこそいろんな人たちが集い語らい、心地よく楽しい時間を過ごすことが出来たのだと実感しています。地平線に集い、多様な旅人と交流する中で、自分のアイデンティティを見出していけたらと思います。

◆そしてキャンプ地でのこと。満天の星の下、仲間と砂浜で焚き火を囲んだひと時は、都会での時間と対極的で、自分の体と宇宙がダイレクトに繋がって一体になるような感覚でした。月の無い星の光の夜に、大潮の砂浜を歩くと、潮の引いた砂浜に潜んでいた夜光虫たちが、足跡に沿って輝いていました。大きな星空と砂浜の光る私たちの足跡、なんて贅沢。足跡が光っていることを教えてくれた丸山(寛)の大将さん、そして一緒に歩いた永島(祥子)さん、素敵な時間を共有できて本当に良かったです。また島の人々や子ども達に一緒に飲み物を売った皆さん、忙しかったけど本当に楽しかったです。最後に今回のちへいせん・あしびなーを運営して下さった皆さん、素晴らしい機会を与えて下さり本当にありがとうございました。(東京 旅し続けたい工業デザイナー 山本豊人

嫁入り前にもかかわらずシルミチューで安産祈願

■思えば、私にとっては7才(確か)の時の家族旅行以来、約20ウン年ぶりの沖縄本島。しかも今回は初の浜比嘉。気持ちが高ぶらないワケがない。行きに立ち寄った写真展で気持ちを高め、海中道路を爽快な気分で走り、いざ会場へ。報告会では、「恐竜のう○こ」や「シェパードの毛皮」と言った言葉が熱気ムンムンの沖縄で飛び交うのは大変奇妙な感じがしたものでした。翌日の交流会では、これまた初めてのヤギ汁を食べ、“頭つき”の豚を食べ、ドラゴンフルーツを食べ…(食べてばっかり!)サバニを眺めたりと初めてづくしを堪能し、安産の神様というシルミチューのお参りでは嫁入り前にもかかわらず安産祈願。そりゃもう濃厚な2日間です。中でもとりわけ感動したのは、肝高っ子達の踊り!! 数々観てきたプロの舞台にはない新鮮な感動がありました。かなり心を揺さぶられました。ワケのわからん涙が出ました。あまりに感動したので、沖縄へ舞台を見に行っちゃおうと思ってます。(東京 和田真貴子

平田先生の伝えたいことは、「勇気」と「根気」と「正義」と「本気」ではないか

■久し振りに感動に近いものを感じ、心地よく、組踊「肝高の阿麻和利」を見せていただきました。「地平線会議 in 浜比嘉島」の案内に、「私たちは次世代に何を繋いでいくのか?」という問いかけがありました。平田大一さんの話と、踊る子供たちに、あっけなくこの設問の答を出してもらいました。その答は、私たちが次の世代を担う子供たちに、真っ直ぐ向かい合い、「伝えたいことがある」と表現することだったのです。踊っている子供たち自身が最も感動していることが伝わってきます。平田先生の伝えたいことは、「勇気」と「根気」と「正義」と「本気」であることだったのではないか、と私は思いました。沖縄ならではのものを沖縄で見せていただき感謝します。江本さんありがとう。(東京 三輪倫子

何よりその地で体感できたパーランクーや肝高の阿麻和利などの文化

■沖縄で地平線会議! と耳にしてから絶対に参加するぞ…と心に決めて、沖縄での地平線会議…ってどんなだろう…とずっと思いを馳せていました。ゆったり漂う空気や時間の流れ……そこに居るだけで満足な感じさえあったのですが、参加したらこそ得られた充足感もいっぱいでした。何よりその地で体感できたパーランクーや肝高の阿麻和利などの文化。臨場感いっぱいで感動でした。

◆帰阪する日に訪ねることができたシルミチュー霊場。その一角に漂う空気の重厚さをその場を離れた時に感じ、思わず深呼吸したのを思い出します。オークションでの戦利品。海宝さんのあの(健康用)品。大活用中です! 何かと盛り沢山だった地平線あしびなー。参加することが出来て本当によかったです。ありがとうございました。(大阪 村松直美

那覇から会場の浜比嘉島まで自転車にて参戦

■今回の地平線あしびな会。2日目からしか参加できない事と、参加の「すごい」皆さん方に少しでもあやかろうと、那覇から会場の浜比嘉島まで自転車にて参戦を決行しました。那覇空港〜モノレール首里駅を出たのが午後1時。丘だらけの市街地から国道329号線に出て、青い海が見え始めると余計に漕ぐ力が湧いたのは海なし県育ちから!? 海中道路と浜比嘉大橋の絶景をやや楽しみつつ午後4時、皆さんおられるシルミチュー公園に到着。ガチマヤー交流会ラスト1時間を皆さんと楽しむ事ができました。名札も貰え、三味線の皆さんに持参のウクレレで沖縄民謡弾かせて貰い疲れが抜けました。海宝道義うどんに善哉かき氷、子豚丸焼きは空腹に目茶苦茶染みましたがヤギ汁だけは高血圧にはアウトという事で断念。夜はテントの野宿組の皆さんとも賑やかに夕飯会。とにかく地平線の皆さんとこの南の島でご一緒したかったのです。翌日は山田高司さんの講演をしっかり見届け、コザのゲストハウスまで自転車で帰りました。(埼玉 池谷昭男

ウナギも見ました。デカいです

■江本さん こんばんは。地平線あしびなー 楽しかったです。ありがとうございました。期間中とにもかくにも晴れて良かったなーという気持ちです。今朝も、のぼるさんとはるみさんとそういう話をしました。「快晴」がほとんどすべて…みたいな。松原さんとタコ試食、松澤さんと洞窟入り、坪井さんと釣り……楽しかった。今は地平線あしびなーの期間とは違う時間の中に居る感じがします。ゴンが、ボクを少し認めてくれました。最近雨続きで、一昨日夜中は暴風雨でした。昨夜は、区長さんからいろいろ貴重なお話し伺えました。

◆ほかまさんの牧場で、昨日、山羊が1日に4匹産まれました。1日に4匹というのは初めてと。産まれるところから立ち上がるまで見ることができました。鎌田さんの牧場でも島山羊1頭産まれました。与那国馬に乗せていただき馬と海に入れました。ウナギも見ました。デカいです。今日は牧場に居て、夜は12年に一度の比嘉の祭事のビデオを区長さんに見せていただきました。来年の11月が13年目、地平線のみなさんは、ぜひに行かねばっ!

◆今は外間さん宅焚き火囲んで、泡盛やら。のぼるさんはコーヒーいれてます。はるみさんもボクも「江本さんへメール書かねば」と、ようやく……。(11月10日夜 まだ浜比嘉島にいる緒方敏明 千葉

自分の根っこを思った旅

■「肝高の阿麻和利」を見て、自分の根っこのことを思った。  沖縄の海を見て、瀬戸内海のことを思った。  沖縄の文化に触れて、鎖ではない自分の根っこのことを考え、感じる旅となった。(愛媛 松林真理子

『本物に感動する心』を地平線会議沖縄の地で学んだ

■日本中、いや世界中の大自然を相手にする方々から、とても興味深いお話が聴けた事や沖縄のすばらしき伝統芸能などに触れることができ、貴重な体験をさせてもらうことが、自分の財産となりました。借りものや、にせものがあふれる現在、一番求められている能力とは「感性」ではないでしょうか。「本物に感動する心」というものを今回の地平線会議沖縄の地で改めて学んだように思います。ありがとうございました。(高知 武内直美

地平線に集まってくる人に会いたくて、参加を決意

■今回、地平線会初参加で地平線に集まってくる人に会いたくて、参加を決意。参加をして本当によかったです。ドラゴンラン(注:山田高司さんをリーダーに続けている四万十川の源流から太平洋までの川下り。筆者は名カヌーイスト)の参加者の江本さん、アッパー(広瀬敏通)、原(健次)さん、ぴろり(鈴木博子)。そして、日本中から、集まった地平線メンバー。それから、浜比嘉の人たち、みんな心が広くて、温かくて、やさしくて、楽しくて、そこにいるだけで、たくさん人のパワーをもらい、おれもやるぞー! と、心の中で叫んでました!

◆地平線会議の内容は、どれもこれも、新鮮で、奥が深く、興味の尽きない話ばかりで、もっとたくさんの人に知ってもらったら、すごいことになると思いました。このような、貴重な体験をさせていただいた江本さんをはじめ、スタッフの皆様、地平線会議の皆様、浜比嘉の皆様に本当に感謝します。ありがとうございました。(高知 宮崎聖

島のお母さんたちが大好きになりました!!

■ずっと楽しみにしていた「ちへいせん・あしびなー」は、想像以上に楽しかった!! というのが、正直な感想です。色々な方たちのお話や催しものも、もちろん楽しかったのですが、その中でも一番印象的で、今でもよく思い出すのが、島のお母さんたちの素敵さです。公民館のキッチンで色々なご馳走を作ってくれている時に聞いた沖縄の食べ物についての事や作り方など。押しかけていった私たちに、いつでも大きく優しい笑顔で接してくれて、島のお母さんたちの懐の大きさをどーんと感じてしまいました。どの国へ行っても、「母」は凄いなーっ、偉いなーっと感じていますが、世界に勝るとも劣らぬ浜比嘉の素敵なお母さんたちが大好きになりました! ありがとーっ、お母さん!! (東京 中山郁子

海宝さんのうどんがくれた笑顔!

■浜比嘉探検を終えてガチマヤー会場で海宝さんのベーコンスープを味わっていると、子供たちが「うどんはまだですか?」と聞いて来た。そこで「鮭の薫製も美味しいよ!」と彼らの相手をしていた。うどんが出来上がったので薬味のネギを足してみんなに渡していると、次々に笑顔でお礼を言われる。自分が作った訳でもないのに、とても嬉しくなって夢中になってしまった。一番得な役回りをさせていただいたようだ。海宝さんへ、とても美味しかったです。みんな笑顔でした。その笑顔に接する事が出来て幸せでした。ありがとうございました。(大阪 岸本佳則

不満が溜まる会議

■地平線会議に初参加しての感想ですが、「不満が溜まる会議だった」と思いました。 ですから私の不満を書き綴ります。

◆まず、面白い話が時間切れで中途半端に終わるため不満が溜まります。特に鷹匠さんと島の農家さんの話をもっと聞きたかったです。それから講演者の方々の行動力溢れる話を聞くと、最近の自分に対して不満が溜まります。これはすっごく不満溜まりました(笑)。気づかせてくれてありがとうございます。

◆今回の出席は「宮本常一氏の話」に釣られ同行したのですが、皆さん話したいことが一杯なようで故人の話をあまり聞けなかったことがちょっぴり不満です。しかし、皆さんお元気の様子に見えましたので機会があればお聞きしたいと思います。

◆余談ですが、同郷の方で浜比嘉島に移住して馬を飼って暮らしている方がいると聞きました。今回会ってみたかったのですが連絡がつきませんでした。再び浜比嘉島へ行く旅費を貯めなければならないこと、これもまた不満です。(愛媛 福田達也/埼玉出身

こども達の撮った写真をみせてもらって

■まず、ちへいせん・あしびなーのスタッフの方々、浜比嘉島の方々、参加させていただきましてありがとうございました。いろんな経験をしてきた皆さんの熱い思いを感じたり、その個々の力が集まって1つのイベントを作りあげていくパワーをひしひしと感じることができ、皆さんと一緒の時間を共有できたことがすごくうれしく、一人では決して体験できなかった貴重な体験になりました。

◆人のつながりの素晴らしさだけではなく、地元の方とお話しができたり、こども達の撮った写真をみせてもらうことで浜比嘉島という島の素晴らしさもさらに感じることができたと思います。まだまだ自分の知らないいろんな場所や人に出会いたいという思いになりました。ありがとうございました。(神奈川 加藤絵美

『地平線会議の移動教室』だけではない部分も大切に

■知らない土地のお祭りに行ってそれを見物しただけではその島のことは何もわからない、と思います。私は与勝が大好きですが通えば通うほど素敵な発見があります。祭りの賑やかさがない素顔の浜比嘉島も味わえた人は幸せ。大きなホテルが建つかもしれないけど、大きなホテルが建ってない今の浜比嘉島と知り合えた人も幸せ。県外から来た皆さんは慌ただしくて楽しくてあっという間だったと思いますが、みんなが『地平線会議の移動教室』だけではない部分もずっと大切に覚えていられたらいいなと思います。私には浜比嘉島で地平線会議が開かれたのは奇跡のように感じます。また是非とも心地よい思い出と共に与勝を訪れてください。そのとき島の人に「あ〜あのときのねぇ〜」と言われたら大成功です。まだまだちへいせん・あしびなーの記憶の旅は続いていくんでしょうね。(沖縄うるま市 高尾佳世

ちへいせん・あしびなーに導かれて

■神々のおわす島、浜比嘉島はその日、我々、島外からの人間を迎えるためにシルミチューやらアマミチューなどの神々も島んちゅうも忙しく浮かれていたようでした。沖縄本島とは海中道路で陸続きの島ですが、一歩、島に入ったとたん10月の終わりとも思えぬ日差しと柔らかな微風に擦れる葉音が心地よく大きな何ものかに包み込まれるような穏やかな気持ちにさせてくれました。

◆ちへいせん・あしびなー会場の比嘉公民館はのっけからヒートアップ。島の子供たちの幕開けの踊り『かぎやでふう節』を見るうちになんだかストンと異空間に落ちてしまったようです。そこには恐竜のうんこ化石やら異国の一千万札、南極に住むという雷魚だましに鷹匠の犬毛皮、白鯨の歯など、おどろおどろしいものたちが目まぐるしく、たち現れるのでした。

◆かつてここは胆高の阿麻和利と呼ばれた按司が勝連城を根城に首里王朝に挑んだお膝元。阿麻和利の時代、勝連は東南アジアの国々との中継貿易で大いなる繁栄を築いたとか。島の人々は志高く、勇ましく荒波を超えてシャム、マラッカ、ジャワ、安南へ向かったという。その頃のポルトガル人は琉球人をゴーレスと呼びその国の名はレケアといったという。

◆『その皮膚は白く、衣服は頭布のない法衣のようで、常にトルコ式の刀に似たそれより幾分細身の長剣と、長さニ掌ほどの短刀を帯びている。彼らは勇敢にしてマラッカにおいておそれうやまわれていた。また、かれらは誠実を尚び、偽言をゆるさない』(赤嶺守著 琉球王国より)。

◆何だか神々や神話の世界の住人達のようだ。そのころこの島の人々はレンバタ島の漁師のように、勇魚に身体を預けるように挑んでいたのだろうか。

◆そんな遠い神々の時代の空気を漂わせたこの島に導いてくれた地平線の皆様に感謝。(神奈川 斎藤孝昭・斎藤恵子)  

マイカップやマイ箸の持参

■気がつくと、始まりの音楽が聞こえてきました。久しぶりの報告会が沖縄です。時間を押しながらの盛りだくさんの報告会の後、大学生の浜比嘉島の紹介がありました。そして、2つの全く違う舞台が披露されました。「肝高の阿麻和利」と「比嘉パーランクー」どちらもここに来なければ、見ることがなかったと思うのでうれしい企画でした。1日目最後は恒例のオークション。やはりいいものが出ましたね。2日目はガチマヤー交流会。なかなか口にできない沖縄の味を楽しめました。2日間を通して行われたのがエコ。マイカップやマイ箸の持参。あと、なかなか学ぶことのない残飯の処理のし方を教えて頂けたのがうれしかったです。(滋賀 稲見亜矢子

あしびなーの雰囲気に身も心も浸りきった4日間

■23日朝、那覇からバスで「ちへいせん・あしびなー」の会場を目指して出発した。そこでは、前々日の23日からイベントに向けての準備が始められていた。長野さん久島さんはじめ、数人の人たちが忙しげに動いていた。その仲間にはいり、夜は皆と食事、その後スタッフの役割分担などの打ち合わせ終了後、宿への深夜の道を歩いた。暗い。ところどころにある電柱の灯りが頼り。あしびなーはあっという間に過ぎた。

◆原さんの排泄物のはなし。マッコウ鯨の歯。高校生の踊り、地元の人たちのバーランクー。サバニの上から眺めた鏡のような海。公園の小さい人たちの踊りの列。外間さんの家の子猫と子犬…。受付の端のほうに坐り、浜比嘉のたたずまい、風を…、光を1分1秒楽しんだ。あしびなーは別の世界であった。家に帰ってもその余韻はおさまらず、ふだんの暮らしに戻れたのは1週間も経ってからだった。特に何かをしたわけではない。とにかくあしびなーの雰囲気に身も心も浸りきった4日間でありました。ありがとう。(東京 森井祐介

強烈な印象だった最初の沖縄体験

■九州人ながら50近くになって初めて沖縄を訪れることができました。自分にとって近くて遠い存在だったのかも知れません。おいしいご馳走だと分かっているのでなかなか最後まで箸をのばさない。そんな土地だったと思います。地平線会議のイベントには2、3年に一度しか参加できませんが、大変中身の濃い二日間でした。最初の沖縄体験が強烈な印象だったので今後沖縄にはまりそうです。「肝高の阿麻和利」は絶対見に行きたいですし、浜比嘉島も再訪したいと思っています。(熊本 川本正道

さまざまな「音」が耳に残った報告会でした

■子供たちの掛け声・唄、カキ氷を削る音、パーランクーの太鼓、ヤギが食らう葉っぱの音、夜の虫の鳴き声、サバニのオールが水をかく音、そして夜中まで続くゆんたく…。私的No.1サウンドは、ガチマヤー交流会で聞いた三線&唄です。晴れた暖かな屋外で、片手にはおいしい食事と酒。島の人もそうでない人も一緒にくつろいで音楽に耳を傾ける。これ以上の贅沢な時間はありません。

◆あるインタビュー記事の中で、平田大一さんが「沖縄の人の生き方そのものが文化だ」と言っていたのを後で読みましたが、あの昼下がりのシルミチュー公園にそれがギュッと詰まっていました。沖縄の人だけでなく、あの場に居合わせた全ての人の生き様=文化がまぜこぜになった、文化ちゃんぷるー公園。辛かったり、甘かったり、酸っぱかったり、中にはものごーく濃い味もあってちっともまとまらないんだけど、そんな独特の味が出せるようになったらいいなと思ったのでした。(大分 菊地由美子

あまわり様に刺激され、首里城目指して歩き出したが…

■ちへいせんあしびなーの無事終了、おめでとうございます。そしてぼく以外の皆さま、おつかれさまでした。焚き火の火を絶やさぬよう心がけた数日間、おかげさまで焚き火上手な男になり、野宿スキルも向上いたしました。潮風と煙に磨き上げられた男ぶりで今後はヒモとして苦労を忘れて生きていこうと妄想しております。

◆本番中は扱いも知らぬままカメラ担当を拝命し、まじめにまじめにやろうと心がけたにもかかわらずあまわり様のお姿に心奪われ、何度かズームしてしまいました。女の子たちも当然、ステキでした。後日談になりますが、あのあとぼくと緒方さん藤本さんは、あまわり様の御意志を全うすべく島から首里城まで歩き通す計画を立てたものの、買い食い買い飲みの連続で中城城にて力尽き、バスで那覇市に入ったあげく城にも寄らず市場でのんだくれてしまいました。ぐだぐだです。やっぱり丸ブタ班はさいごまでしくじりつづけてしまいました。江本さん、ごめんなさい。おわり。(東京 「たいしょー」こと丸山寛

島の人の、誇りのような、かたい熱いもの

■浜比嘉島のみなさん、民宿のお父さんお母さん、外間昇さん晴美さん、とてもお世話になり、どうもありがとうございました! それから、大変な準備を長い間、裏側で続けていたあしびな〜スタッフのみなさん一人一人に心からありがとうございましたを言いたいです。あれから2週間、今も心に残って私を奮い立たせるのは、島の人の、誇りのような、かたい熱いもの。あしびな〜プログラム中の舞台の上でも、島の大地の上でも、会う人会う人から感じた強いものです。島でたくさん笑って幸せな気持ちを得て、飛行機が東京に着陸した瞬間はめちゃくちゃ嬉しかったです。私のフィールドに帰ってきた! やったー、頑張ろう、と!!! 温かく誇り高いみなさんに出会えたおかげで島が大好きになり、自分のふるさともさらにスーパー大好きになりました。太鼓バリバリたたきたくなりました。島に、いつか恩返しできたらいいな〜と思っています!(東京 大西夏奈子


実際の地平線通信では、見出しの両脇に二重のパーレンが入っていますが、他のページと統一するためs、省きました。
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