貞山堀-賀曽利隆さんの感慨

「東北のカソリ」を自称する賀曽利隆さんからの投稿です。

 

貞山堀

江本さん、今回の「いわき行」では、最後に閖上(ゆりあげ)まで足を延ばせて、ほんとうによかったですね。閖上は「鵜ノ子岬→尻屋崎」の東北・太平洋岸全域をまわってみても、超ド級で大津波にやられた被災地。小丘上の神社跡に立ち、被災地を一望したときは、体中の力が抜けるほど茫然・愕然としてしまいました。すでにきれいに瓦礫が撤去されているので、よけいに悲しさがつのるような風景が広がっていましたよね。

そんな閖上の貞山堀のいつに変らぬ悠々とした流れは強烈に目に残りました。太平洋の海岸線と平行して流れる貞山堀は日本最長の運河ですが、前にもふれたように北上川河口(現在は旧北上川河口)の石巻と阿武隈川河口の荒浜を結ぶもの。北上運河、東名運河と合わせて貞山運河とも呼ばれるそうです。

阿武隈川河口の荒浜は閖上同様、大津波の被害を激しく受けたところですが、閖上よりは立ち直りが速いというか、漁港は急ピッチで漁再開に向けて動いていました。閖上は港自体が大津波のみならず、大地震の影響を強く受けているので復興はより大変なことでしょう。閖上の漁港に1隻でも多くの漁船が戻り、以前のような賑わいを取り戻し、名物の朝市が再開されるのを願うばかりです。

ところで貞山堀ですが、なぜ「石巻ー荒浜」なのかがわかりましたよ。

北上川と阿武隈川という東北の二大河川を結びつける貞山堀ですが、北上川河口の石巻と阿武隈川河口の荒浜は伊達政宗の時代、仙台藩の二大港になっていたのですね。石巻、荒浜は仙台藩の米運搬の二大拠点だったという訳です。 それが今では荒浜の方はすっかり忘れられた存在になってしまったということでしょうか。この荒浜は亘理町の荒浜です。

それともうひとつの荒浜ですが、こちらは仙台市若林区の荒浜。今回の大震災初期に何度も、浜に200体ほどの遺体が流されていると報道されたところです。こちらの荒浜は貞山堀で集落が2分されていましたが、とくに貞山堀よりも海側の集落は壊滅的な被害を受けました。

その北、七北田(なきた)川河口一帯の蒲生も被害も甚大で、瓦礫撤去どころか、手つかずのまま残されているようなところもあります。 今回の仙台湾の湾岸を襲った大津波を「貞山堀」を通して見るのもひとつの新たな見方のような気がします。400年の歴史を越えて、「貞山堀」がまるで亡霊のようによみがえったような気さえします。(賀曽利隆)

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