政宗が掘らせた東名(とうな)運河のこと。ひき続き賀曽利隆さんから

台風15号の上陸で会社や学校では「早期帰宅命令」が出される中、東北男、賀曽利隆さんから東松島がらみで「運河考」が届いた。「東日本巨大地震」の、あまり書かれていない一面をとらえる貴重な文章と思う。文中「日本で一番低い山」として日和山が登場するが、「かっては」とある通り、その後大阪の天保山(標高4.5メートル)などが名乗りを上げた。つまり日和山は「元祖日本で一番低い山」なのである。

 

東名運河

江本さん、東松島の東名運河が気になって仕方ないので、すこし調べてみました。簡単にいうと、伊達政宗の執念といえるようなものです。この東名運河(野蒜運河)は鳴瀬川の河口近くからは北上運河(全長12キロ)で石巻の北上川に通じています。

さらに塩釜港からは貞山堀(全長36キロ)で、七北田川河口の蒲生を経由し、阿武隈川河口の荒浜に通じています。この貞山(政宗のこと)堀は政宗が掘らせた運河ということになっています。政宗は石巻から荒浜までの内陸運河網を完成させ、年貢米の安全輸送をねらったようです。

東名運河と北上運河の工事が着工されたのは1878年(明治11年)。その4年後には完成しています。それと同時に鳴瀬川河口に、日本初の近代的築港の野蒜港(今でもその跡が見られます)を造ったのですが、土砂の堆積が激しく失敗に終っています。昭和初期には仙石線が完成し、東名運河は無用の長物になってしまったようです。

それにしても、何とも皮肉なことに、これら運河に関わるところは今回の大津波で大変な被害を受けました。

北上川河口(今では旧北上川になっていますが)の石巻、東名運河の野蒜、東名、貞山堀の荒浜…と。貞山堀は七北田川河口の蒲生を経由しますが、そこにはかつては「日本で一番低い山」といわれた標高6メートルの日和山がありました。それが大津波でえぐられ、今では山どころか大きな窪地になっています。鳥の楽園として知られた蒲生干潟も地形が変わってしまいました…。(賀曽利隆)

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