1998年9月の地平線通信



■9月の地平線通信・226号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

地平線通信226表紙鮎塾にて
「一日は長い、されど一年は短い」。限られた持ち時間の割に、一日を暇で持て余す心境を見事に言い当てた中高年の蓋し名言である。

●昔は、五十を過ぎると不良になった。五十を過ぎれば、残りの人生はオマケ、好き放題に生きてもよいと言われたものらしい。というわけで、私も中年といわれる歳になって、今年二つのことにデビューした。一つは、日本武道館という武士の魂を奉っているところで、合気道の演舞者に選ばれた。あの不死身の映画俳優スティーブン=セガールと同じ畳に立ったのである。あとひとつは、日本最大の急流の名所 ・玉麿川で鮎釣り四天王と渡り合ったことである(NHK『ドキュメント・にっぽん』で放映)。

●いずれも中年から始めたことであるが、自分で言うのも口幅ったいが、ことのほか進歩が早かった。体力的には若い頃には劣るが、その分、過去の時間、経験というものがモノを言うらしい。ルアーや毛鉤など疑似餌しか扱ったことのない若い人には、生きたオトリ鮎を使いこなすにはまだまだ社会経験が足りない。縄張り意識の強い鮎の生態を知り尽くしたオトリ鮎に、群れたがる日本社会のまるで自分を見るように、中年は悲哀を感じたりしながら、オトリ鮎を励まし激流に立ち向かう。

●やってみると鮎釣りと文章というのは共通する。初めは真似で、教わりたてはよく釣れる。だが、だんだん釣れなくなる。すると、自分なりに工夫を加えてみたくなる。これでまた釣れなくなり、まるでヘタクソになる。スランプだ。それでまた工夫を加えると結局、初めに習った原点に戻っている。すると、自分でその原点を見つけ出したほどの自信が生まれてくる。つまりは、文章の修行と同じである。

●また、合気道を始めて気づいたのも、取材の原点である。合気道は、相手の攻撃を受けて受けて守り、それで最後に相手の関節を一本決め、相手にグウーの音も出させない。しかし、決して相手を傷付けてはならない。取材でいうと、自らの足で裏付けを取りまくり、どこから責められてもボロを出さず、しかも取材相手を傷付けるどころか守らなければならない。この原則を合気道は教えてくれた。

●というわけで、今年に出版した二冊の本はこれまでの本とは違うはずだ。『東京チャイニーズ』(講談社、文庫本600円。8月15日発売)。裏歌舞伎町の流民たちという副題がついている。文庫本であるが書き下ろしである。帯には、不夜城・新宿に蠢く中国人たちの闇の掟――「稼ぐなら命は不要」――とある。

●あと一冊は、『中国13億人の性』(講談社、1800円。8月25日発売)。これも、中国版キンゼイ ・レポートという副題がついている。「夫婦生活」「中学生の恋」「人口爆発と一人っ子政策」など、約2万7000人を対象にした世界最大の性文明調査の報告。窓を開ければホコリも入る。中国家庭生活の内部を初めて明かす禁断のレポートである。

●「一日は短い、さらに一年は短い」。不良中年は楽しさ満喫なのである。[森田靖朗]



先月の報告会から・225
バイクキャラバン青の都へ
生田目(なまため)明美(31)
98.8.28 アジア会館

◆生田目明美さんはこれまで8回の海外ツーリングを経験している。今回は10人で、オートバイでは世界初のルート、中国のカシュガルからキルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタンのサマルカンドへとバイクを走らせた。生田目さんにとっては、93年にホータンからウルムチまでを走って以来二度目のシルクロードである。

◆世界初の試みだから、何がどうなってるのやらわからない。ましてや中国。それは出発地カシュガルで始まった。その日は金曜日。ところが目指す100km先の国境は「B級国境」ときて、土日が閉まるそうだ。何がなんでもその日のうちにイミグレから出国スタンプをもらわねばならない。そこで、ガイドのアルキン君(あえて実名)――「僕にまかせなさい」

◆生田目さんのバイクに二人乗りしたアルキン君はなぜか、腰に固定すべき手を時に上に時に下に動かし始めた。でも頼るのは彼しかいない、我慢しなければ。じっと我慢する生田目。だが数時間後、アルキン君は結局は何の力もないただのHガイドと判明した。後日談だが、ウズベキスタンでも地元旅行会社社長の自宅に招かれるや即興のダンスパーティーが始まり、生田目さんはネットリ・チークダンスを強いられた。私がやんなきゃ他の女の子が踊ることになると、またまた我慢である。

◆だが本人はいつも「命あってこそ旅ができる。殺されるくらいなら犯される方がまし」と思っている。その覚悟が逆に被害ゼロの結果になっている。

◆話は戻る。カシュガルのイミグレはのらりくらり。「今から行くのお?」。賄賂かなと、用意していたマルボロ1カートンを見せても効果無し。全員の出国スタンプをもらうと既に3時を過ぎている。生田目さんはもう二人と共に「国境に足突っ込んで開けておく!」と、先発隊として出発した。途中の軍の検問では「ま、茶でも一杯‥」。無視! 5時に閉まる国境を無理に開けさせ、ぎりぎり出国となった。

◆さて、3600メートルのトガルト峠を超えて中央アジアに入ると、そこは予想外のイスラム社会だった。女性でもミニスカートにへそ出しルック。立派なモスクはあっても、ほとんどの人が礼拝もラマダンもやらない。「日本人が自分たちを仏教徒というようなものです」。青の都サマルカンドでは、大手旅行会社の旗にゾロゾロ続く日本人観光客が幾団体もいた。

◆とはいえ、このツーリングの参加者はみな満足して帰国の途についたという。わずか2週間の旅に100万円もかかったが、特にキルギスタンとカザフスタンでは、そのおごり好きの国民性ゆえか、両替の必要もなかったそうだ。それになんてったってシルクロード。

◆このツアーを企画したのは生田目さんだ。旅行代理店ツアーの企画ならば簡単だが、自分で企画、多くの人を引率というのはこれは大変な労力を必要とする。ましてや前例のないツアー。

◆実は生田目さんは10年ほど前に喫茶店経営のために1000万円を借金しているが、その店は閉店した。今はあと500万円の借金返済のためもあり、4つの仕事をしている。不動産、CAD、クラブホステス、コンパニオン。一日16時間労働だ。その中で自らの旅費100万円をため、7月には、病弱のお父さんのために30万円の北海道療養旅行もプレゼントしている。簡単に書けば何てことないが、これは凄いパワーだ。

◆ということで次回から始まります。生田目明美のパワー人生。無期限連載! 乞うご期待![樫田秀樹]

追伸:報告会の後の二次会で、生田目さんは用意してきた11人分のお土産を、勝ち抜きじゃんけんでプレゼントしてくれた。改めてありがとうございました!



地平線ポストから

■地平線ポストでは地方からの情報も大募集します。「こんなすごい人がいる」「地平線のだれそれと会った」「こんなイベントやります」など大歓迎。

地平線ポスト宛先:
〒173-0023 東京都板橋区大山町33-6 三輪主彦方
E-mail :

●渡辺久樹さんから…川崎市発
◆地平線通信222号で紹介した「りんごの木を守る会」(北海道・砂川市。代表・吉野徹さん)の記事を読んで、何人もの地平線の仲間がりんごの木のオーナーになってくれました。ありがとうございます。この夏、我が家のりんごの木を見に行ってきました。初めて入ったリンゴ園。地面をミドリのカーペットのようにクローバーが覆い、とてもすがすがしい。「ここで昼寝すると最高なんだよね」と吉野さん。りんごはまだ青くすっぱいけど、ずっしり重く、秋に実が送られてくるのが楽しみです。

◆昨年に続き、今年も吉野さん宅にお世話になりました。昨年は北海道に来てから末っ子が肺炎になり、フラノの病院に2週間も入院する羽目になりましたが、今年は全員元気でした。子ども3人と18日間に渡って(かあちゃんは後で合流)居候し、うち三日間は大雪にキャンプに出かけ、長女「あすか」の10歳の誕生日に旭岳に登りました。

◆吉野さんは無農薬野菜の栽培や300羽を超す鶏の世話といった本業以外にも、「りんごの木を守る会」の事務局や精神障害者の施設「くるみ共同作業所」の運営などに積極的にたずさわり、明け方から夜更けまでエネルギッシュに動き回っています。一方、我ら居候連中(この家には他にもいろいろな人々が出入りする)は、主をよそに夜な夜な酒盛りという日々でした。北海道・砂川にはこれからも数年おきに通うことになりそうです。

◆さて、しばらくは、旅人がこの日本でどのように生きているかを訪ね歩く旅を続けていこうと思います。屋久島の野々山さん、高知の山田さん、熊本地平線会議のみなさん。いつ渡辺一家が来襲するかわかりませんので覚悟のほどを。

※「くるみ共同作業所」では職員を募っているそうです。真剣に新しい行き方を考えている人には考慮の価値があるのでは...。



●岸本佳則さんから…98.8.20…イギリス発
◆今年の夏はイギリスに来ています。ロンドン・ブライトン・マンチェスター・ウィンダミア・リバプールと1週間で走り回っています。今回は妻の理解を得て、サッカー中心のスケジュールです。昨年優勝のアーセナルの開幕戦を見た後、マンチェスターでカントナの引退試合を見てきました。リバプールでのスタジアムの博物館見学をし、その合間をぬって、湖水地方やビートルズゆかりの場所や英仏海峡の保養地へ行って来ました。

連載・地平線ミラクル
背骨の歌が聞こえてくるよ

◆時は94年9月4日、場所は丹沢の源次郎沢。会社の同僚と3人で出かけた沢登りの最中の出来事でした。源次郎F4はそれなりの大きさの滝ですが、私は素人の無知ゆえか、無謀にもザイルを付けずにその垂直な壁を登り始めました。

◆5メートルくらい登った地点から先はつかむところが全く無かったので、次の一手をじっと考えていました。ところがその時、右足が足場からスッと抜けていくのに気づきました。次の瞬間には他の手足も滑り出しました。信じたくはなかったのですが、それが転落事故の事始めです。

◆3階の床くらいの高さはありました。ところが不思議なもので、落下しながらも冷静にあれこれ考えていました。「あっ、やべっ、落ちてるよ!」。これが最初です。以後落下スピードが上がるとともに頭は冴えていきます。着地までの短い時間に以下のような経過を辿りました。

◆まず「そんなに高くないよな?」と思って下を見たら「マジ?高いぞ!」。一瞬岩をつかみかけて、しかしバランスをとるため逆に壁を押しました。「この高さで落ちたら死ぬか大ケガだ。救助隊が呼ばれてヘリも来る。でもカネがかかるからイヤだ。絶対に自分で歩いて帰るぞ!」と固く誓い、「赤ん坊が2階から落ちても死なないことがあるが、それは余分な力を入れてないからと聞いた。そうだ力を抜け!」。いよいよ、全身の力を抜き「さあ来い!」★★★。

◆んっ、固いぞ、何だこの衝撃は!? まさか…。ふつう滝壷は水ですが、私の落ちた場所だけがなぜか岩で、しかも背中の一点で全衝撃を受けました。呼吸停止。約1秒間足をバタバタさせ、神経は無事であることを確認。その直後に耐え切れない痛みが走る。しかしそれ以上に、「呼吸が止まって気絶したら救助隊を呼ばれてカネが飛ぶ。痛みで気絶しても同じだ。声を出せば呼吸は戻るはず。意識を切らすな。カネだ。声出せ、声!」。20秒数えたところで「ゥワワワァーッ!」。呼吸復活。周りにいた人達は、目の前のあまりの悲惨な事実に真っ青な顔で固まっていました。鈍くてイヤな音もしたそうです。後でわかったのですが、実は背骨が折れていました。偶然神経が切れなかっただけです。

◆その時そうとは知らず、喉が潰れそうな声で叫んでいたら、「救助隊を呼ぼうか」の一声。いかん、呼ばれたらヘリが来て文無しだ。手をついて無理矢理体を起こし「自分で歩いて帰ります!」と渾身の力を込めて叫びました。

◆そして気力を振り絞って立ち上がり、なんとか歩いて沢を降り始めました。耐えられない痛みに悲鳴をあげながら、でも人とすれ違うときはみっともないので声を忍び、見えなくなってからまた叫び、担ぎ込まれた病院では、急診が内科の先生しかいなかったので「また明日来てください」とのこと。

◆自分の部屋に戻り、痛みで全身が痙攣したままシャワーを浴び、次の朝は震える手で入院道具を準備し、なぜか髭まで剃ってその病院へ送ってもらいました。外来では痙攣したまま2時間半待たされ、今度は外科の先生による診断の結果「折れてます。4週間ベッド上安静。ギプスで固定。歩行禁止」。今では再び山に登ったり、ハーフマラソンを完走したりと元気に過ごしております。後遺症はありません。ちょっと惜しいことと言えば、あれ以来、生来の地震予知能力(大地震・大噴火の前に右足が攣る)が衰えたことくらいですね。[川名宏幸]

編集部注:これ以降、川名さんのあだ名は『背骨君』になりました



地平線のホームページが、
“ちょこっと”
リニューアルしました。

◆95年の秋にいち早くスタートした、「地平線会議のWebページ」(ホームページ)。当時としては画期的?だった構成やデザインも古臭くなり、増築に次ぐ増築で、まるでラワルピンディのラジャ・バザールのようにわけのわからん迷宮になってしまっていました。そこで、この8月の半ばに一気にデザインを一新。少しはイマ風の雰囲気になって見通しもよくなり、ナビゲーションしやすくなったかと思います。95年秋からの地平線通信の全文や地平線報告会のレポート、地平線関係のニュースなども読めますし、懐かしい地平線放送の録音も聞いていただけます。URLは「http://www.bekkoame.or.jp/~jun- mar/」。インターネットを使える方は、ぜひ見にきてください。

◆それから、北川文夫さんがサポートしてくれているミラーサイト(http://peach.ise.ous.ac.jp/~horizon/)では、全文検索もできるようになりました。ちょっと地平線関係の調べものをしたいときなど、便利に使えますので、どうぞ。


地平線データブック・DAS

“発刊2周年記念特価”で
お分けしています!

『地平線データブック・DAS』の発刊2周年を記念した、特別キャンペーンを実施中です。1988〜95年にかけての日本人の地球体験をはじめ、年報『地平線から』vol.1〜8の総合インデックスやこの時期の地平線会議の活動を収録した全632ページにおよぶ大冊が、なんと頒布価格1780円(+送料340円)に! 3000円じゃ手がちょっと出せないよなとあきらめていた人も、いまが絶好のチャンスです。「郵便振替:00120-1-730508/加入者名:地平線会議・プロダクトハウス」まで。毎月の地平線報告会でもお求めいだたけます。


地平線拡大はみだし情報

◆先月号のはみだし情報で、高知の山田高司さんが車ごと20メートル崖下に落下したことをお伝えしましたが、その後、数人の方から「山田さんは大丈夫か?」との問合わせの電話をいただきました。

◆本人いたって大丈夫です。中国での植林指導に一週間出かけるため、今月6日に上京したので一杯やりましたが、額の左側に6針の手術跡があるだけで、憎らしいほど健康です。落下時には、1秒が1分ほどに感じるスローモーション現象が現れたこと、助手席の人間がクッションになって助かったこと(その助手席の男性は肋骨2本の骨折)などあったそうです。

◆山田さんは、東京農業大学の探検部時代から20年間、世界中の川を下り、時には、ロンドンで寿司を握り、ペルーの日本大使館では野グソをし、アフリカでは5年も木を植え続けるなどユニークな活動をしてきた人です。その間に経験した出来事や、今回の落下事件のことを含め、来月号は「山田高司の地平線ミラクル3連発!」を掲載します。乞うご期待!(ちなみにこの件、本人の承諾とっていません‥。でも山田さん優しいから)[樫]


地平線新刊情報

1)江本嘉伸・遠藤正雄・戸高雅史『A-LINE−−地平線の旅人』求龍堂[本体1800円+税]※江本嘉伸さん(新聞記者・地平線会議代表世話人)、遠藤正雄さん(フォトジャーナリスト)、戸高雅史さん(登山家)による、フォト・エッセイ。企画はノヴリカ。
2)千葉工大隊『ナンガパルバット−Keeping tryst with Nanga Parbat−』成文堂[2500円(税込)]※第210回報告者坂井広志さんら千葉工大山岳部による95年のナンガパルバット北面ルート登頂の報告書。カラー写真満載。



今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介)

地平線通信226裏表紙 9/25
FRIDAY
6:30〜9:00 P.M.
アジア会館(03-3402-6111)
\500



風吹く頂(いただき)
●今年8月10日、棚橋靖さん(35)は、ヒマラヤのナンガパルバット山頂に立っていました。「ようやく心の風通しが良くなった」という感慨は、8125mに吹く風のせいばかりではありません。ガッシャブルム(92)、K2(94)、カンチェンジュンガ(95)、ダウラギリ(97)と敗退を続けたあとの8000m峰でした。

●山より冒険に憧れていた棚橋さんが、学習院大山岳部に入ったのは偶然。はじめてのヒマラヤだったチョー・オユー(90・登頂)のあとは、山はもういいと、アジアを1年半も放浪した程です。「それがヒマラヤに通いつめ、国内でも山岳ガイドで食べるようになるなんて思いもよらなかった」と棚橋さん。今後は南米の旅と山登りをしたいと夢を語ります。

●ひょうひょうとしてさわやかな山と旅の話を聞かせてくれることでしょう。


通信費(2000円)払い込みは郵便振替または報告会の受付でどうぞ
郵便振替 00100-5-115188/加入者名 地平線会議/料金70円


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