1995年11月の地平線通信



■11月の地平線通信193号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

 10月は、モンゴルにいた。1年ぶり、小生にとっては記念すべき20回目の滞在となる。今回も、ウランバートルから400キロ離れたアルハンガイという地方の草原に行き、遊牧民のゲルで馬に乗せてもらったり、おいしいアイラグ(馬乳酒)を御馳走になったりした。自慢をひとつ言えば、滞在期間中、初めて通訳の助けを借りずに取材し通した。それもかなり入り組んだ内容の取材だ。無論、耳で聞いて覚えただけのモンゴル語で、まだ完璧ではない。友人のウランバートルの記者が同行してくれたので、わかりにくいところは彼が補ってくれた。けれども遊牧民のゲルで自由に話ができるというのは何と嬉しいことであろうか。パリのカフェではない、サンクトペテルブルグの美術館でもない、草原の遊牧民との会話なのだ。

 ウランバートルは、一時より品物に溢れ、一見活気づいていた。日本のスーパー・ストアが営業し、「ハナマサ」なるしゃぶしゃぶレストランが人気で、2か所のディスコ・バーは、午前4時まで人々で混み合っていた。1987年に私が初めてモンゴルを訪ねたときに着工し、その後外形だけは仕上がったものの、社会主義の崩壊で長く宙ぶらりんとなっていた注目の「チンギス・ハーン・ホテル」がようやく一部仮営業をはじめた。試しに99ドルのシングル・ルームに一泊してみたが、まだ石鹸もトイレット・ペーパーもはいっていなかった。

 車が増えたのも驚くほどで、モンゴル語にはなかった「渋滞」という言葉が将来は必要になるであろう、と予感された。多くの車が遠く「エミラーツ」という地から運ばれてくる、と友人たちは説明した。はて、エミラーツとはどこ?と聞いても、誰もうまく説明できない。調べてみて「アラブ首長国連邦」のことをさす、とわかった。おいおい、あんな所からはるばる運んでくるんか。18000キロといったか、半端な距離ではないのだが、中古車を安く入手できるのだから、モンゴル人には何でもないのだそうだ。

 市場経済後の新しい商売として草原をつなぐ街道筋には2年ほど前から、「ゲル食堂」なるものが現れ、運転手たちに食事を売っている。遊牧民のゲルをそのまま食堂として使うのだが、夕食をとろうと、その一つに立ち寄って驚いた。闇の中から女性たちがばらばらと飛んできて「うちのがうまいよ」「きれいで安いよ、それにすぐ近くのゲルだよ」と客の争奪戦を演じたのだ。聞いてみるとここだけで12軒もの「ゲル食堂」があるのだった。24時間営業、種類は少なく、やや高いのだが、清潔で味はおいしかった。

 遊牧民のゲルのいくつかでは日本製の太陽電池を備えてテレビを見るようになった。草原の小学校では、2台の中古コンピューターが最近購入され、英語には不慣れだが、抜群の数学の能力を持つ若い女性教師が、それと取り組んでいた。「情報」こそ、草原の暮らしで必要としていることなのだ。50年後、モンゴル遊牧民の暮らしは、筑波市程度にはなっているだろう。だが、そのさらに先はどうか。そして、その時我が日本はどのような形で存在しているのか。モンゴルへ行くたびに、自分の中でそういう思いが深まってゆくのがわかる。

 地平線会議の仲間であるならば、その地を訪ねたとき「草原の子供たちの目はキラキラしていた」「私たちがなくした何かがモンゴルにはあった」なんていう言い方だけはやめよう。モンゴルはまさしく発展の道を夢見て進んでおり、そこには希望と意欲がある一方で、堕落、腐敗、無気力といった負のエネルギーも蓄積されつつある。喜びも哀しみも幾星霜、わがモンゴル。

 そんなわけで、来年7月の『地平線会議祭り』は、地球体験とは何かを、もう一度みんなで考える場にできないかな、と思っている。一歩切り込もう。(江本嘉伸)



●大沢茂男さん表彰さる

◆文化の日に先立つ11月1日に、大沢茂男さんが常陸宮様から「社会貢献者」表彰を受けました。大沢さんはご存じのとおり、毎年元日にチョモランマの5000mの湖で初泳ぎをすることで有名です。来年で17回目のヒマラヤ泳ぎになりますが、その間毎年エベレスト街道にリンゴやサクラを植えつづけ、今ではみごとな並木がでリンゴの実がたわわになっています。さらに「大沢奨学金」を出し、シェルパ族の子ども達に就学の機会を与えたり、日本に来ているネパール人の相談相手になっています。今やかの地ではヒラリー卿よりも高く評価されているそうです。

◆先日、伊那谷の大沢農園にお邪魔してきましたが、リンゴの収穫のまっ最中でした。その合間をぬって130kgの背負子を背負ってトレーニングに励んでいました。「かかってきなさい」との言葉に私も挑戦してみましたが、100kgを越える荷はとても背負えません。「ハハーッ、負けました。弟子にして下さい」と言って帰ってきました。今年70歳というのにすごい。[三輪]



地平線ポスト192…川竹正さん…北見市

◆地平線会議のみなさん、お元気でしょうか? 先日久しぶりに地平線通信を読んで、私が行方不明になっているのを知り、あわててこの手紙を書いています。

◆今年7月に、札幌市から北見市に転居しました。久しぶりの田舎(失礼!!)、地方なので、北見市にいる間は、徹底的にアウトドアを楽しむ予定でしたが…。地平線通信のROM(リード・オンリー・メンバー)としては恥ずかしいことなのですが、最近仕事が忙しくて、土日まで仕事をしています。たまの休みには、キャンプと釣り(ヤマメ・イワナ・オショロコマ他)で、ごまかしています。山に行きたい。

◆通信費送ります。見捨てないで。



地平線ポスト192…岡本康子さん…武蔵野市…95/10/21

◆前略 はじめてお便りします。いつも通信を送っていただきまして有難うございます。何の連絡もせず申し訳ございませんでした。WANTEDされた者でございます。通信の方はいつも楽しく拝見させていただいております。報告会のほうにはなかなか予定も合わず残念ながら、まったく…です。知ってる人もおりませんので、何となく足が遠のいておりますが、また参加させていただけたら、と思ってます。

◆地平線通信を読んでいると、わくわくしてきて自分も一緒に旅してる気になり、またどこかへとびだしたくなります。私は子ども達を相手にしたお絵かき&工作教室を手伝っています。子ども達の自由でのびのびした感性は無限の可能性を感じます。でも、ずい分学校や家でのストレスをここではき出し、あばれてる子もいます。親が迎えにくると手のひらをかえして良い子になってる子もいて可哀想です。

◆私たちは、ここの教室を“子どもの居酒屋”と呼び、あばれる子達を悪魔と言ってしまいますが、そういう社会にしたのは私たち大人なんですよね…。そんなことから私の先生は子ども達の平和ネットワークをつくろうとしてます。小学校などでゲームを通し、地球のこと、平和のこと、ひとりひとりがひとりひとりを思う心…、そこからはじまる「へいわ」をやってます。まだまだこれからですが、がんばっていきたいと思ってます。

◆地平線の皆さまもどうぞお体に気をつけてがんばってください。来年の「地平線祭り」できたら参加したいなーと思ってます!!! いつもいつもありがとうございます。それではまたいつかお会いできる日を楽しみにしております。



地平線ポスト192…高田葵さん…江東区…95.10.21

◆何はともあれ通信費遅くなりすみません。2000円と手元の切手を少し同封します。また、通信の方もよろしくお願い申しあげます。

◆さて、私も地形図でうろうろするWARKの会の事務局をやってます。毎月の通信の面倒は例え50部(私の場合)でも頭が痛いものですが、その10倍ではさぞかしとお察しする次第です。

◆私の場合会員から切手代を預かり封筒にはって、印刷したのを入れて投函しています。印刷代は近くの公民館のリソグラフを使っていますので、コピー代が一人分で10〜15円です。50人位ですのでOLのおこずかいでまかなえますのでタダにしてます。しかし皆さんけっこう気をつかって例会時におつけものやおやつをいっぱい持ってきてくれたり、こっそり切手や手作りのバッグを下さったりと…。そんな感じです。探検家のムードとはえらい違うでしょ。殆どがおばさんの会員ですが、三浦半島の山の中に源流を求めてモーレツなヤブこぎをしたり、箱根の外輪山を一周したり1/25000に波線がありさえすれば突っ込んでいくエネルギーは…、さすがオバタリアン! かもしれません。日頃のストレスを全く別のストレスで消してしまおうとすると、こういう形の活動になってしまったのです。

◆高山なら遭難必至の内容ですがその辺は適当に遊びで終われるようにしてますが。やっているうちに何となく探検しているような気分になって気持ちがいいのです。そんな訳で時々地平線会議で講師のお話を聞いて桁はずれにすごい世界をのぞいているのです。

◆さて、山好きの私でも絶対に参加したくない長谷川杯、すごかったんですね。冷たい雨にあたってのヒザの痛みは我がことのようにわかります。3回も斜面を転がる、おまけに夜中! いい年をしてよく頑張ったものと半ばあきれていたら、なんと70位。競えばこそ出来る訳ですが、すばらしい記録です。中年の星です。来年もぜひ参加して下さい。さて1200人の内訳ですが、やっぱし中高年が主流だったのでしょうか。だとしたら43歳で体力が頭打ちとはいってはおれない、ムムッ。では、お元気で。



地平線ポスト192…長田乾さん…横浜市…95/9/21

◆はじめまして。私は24歳の会社員です。青人社の「探検倶楽部Vol.1」の記事を見てペンをとりました。「地平線会議」の存在は熊沢正子さんの本によって知り、その活動について以前から興味がありました。私は自転車でちょっと遠くまで行く程度のツーリングをしています。放浪や冒険のノンフィクションが好きで、その種の本はよく読みますが、そんな熱い人たちの生の声を聞いて自分のはげみにしたいので、ぜひ報告会に参加してみたいのでよろしくお願いします。



■今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介/イラストのなかにある手書き文字)
11/24
FRIDAY
6:30〜9:00 P.M.
アジア会館(03-3402-6111)
\500
世界と通信しながら横断した北極海
「北極は、環境教育をするためにはとてもいい場所なんです」と話すのは、この夏、国際北極プロジェクトの一員として、犬ゾリとカヌーソリで北極海横断を果たした高野孝子さん(32)。
日米英露の5人の隊員から成るこのチームは、衛星通信とインターネットを活用し、あらかじめコンタクトしていた世界各地の学校や青少年団体500団体と通信しながら行動したことが大きな特色でした。
チームの日比の行動を同時的に共有し、地球の環境情報から汚染された北極の姿を知る、こうした体験は、未来を担う子供達が地球全体の環境を考えるようになる大きなきっかけとなるでしょう。
今月は環境教育家としても活躍している冒険家の高野さんに、北極の旅を語っていただきます。


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