2004年10月の地平線通信



■10月の地平線通信・299号のフロント(1ページ目にある巻頭記事)

地平線通信表紙 10月7日は、不肖私の誕生日である。とくに祝う行事も組まれていなかったので、相棒の三輪主彦に電話して、山へ誘った。「誕生日とあっては‥」と、娘夫婦の引越しの手伝いを夕方にずらせて飛んできてくれたのは、さすが友である。

●いつものように高尾山を登った後、コースを大垂水(おおたるみ)峠の方角に変える。久々の快晴。すすきが揺れる、なだらかな山道をゆっくり走るのは、実に実に気持ちがいい。「お互い、こんなこと、随分長くやってるね」と、三輪。そう言えば、ほんとにそうだ。地平線会議誕生の翌年から三輪に誘われて山走りを始め、平地も含めほんとうにあちこちを走り回ってきた。温泉連続入湯、峠越えを含め行動力にかけては、世界一を誇る賀曽利隆を含め、われわれは、いつの頃からか「地平線の3バカ」と言われている。

●山岳耐久レースの鍛錬に通ういつもの陣馬・景信コースと違って、人は少ないが、それでも時折、ストックをついた登山者、というよりハイカーに出会う。多くが、いかにもリタイアしたおっさん風。男はひとり歩きが多い。やれやれ、こういうふうになりたくないな、と思わせられるよれよれルックの人もいて、そう感じた途端、自分に向けられた言葉であることに気づくのだった。お前も、同じなんだよ。わあー。

●いつも思うのだが、人間の「移動力」というものは、本人が自覚している以上に素晴らしい能力である。北アルプスの剣岳から遥か遠い槍ヶ岳の穂先が、縦走行動にうつった途端ぐんぐん近づいてくるように、20キロの山道を走る間に、遠かった鉄塔があっという間に間近に迫っている。いわゆる熟年になっても、この能力は発展可能のようだ。

●来年2005年に百周年を迎える日本山岳会に入って25年になるが、99年前平均年令26才の植物学の学徒など7人が発起人となって発足したこの有名な山岳会が1世紀かけて築き上げた成果は、平均年齢の高さだ。きょう、私がようやく平均に達した、と言えばわかるだろう。そう、64才だ。登山の世界では、ここまで高齢化が進んでいて、地平線会議では、「長老」とか「翁」と言われるようになってしまった私などまだ「中堅」なんである。

●地平線会議発足の頃、代表呼びかけ人になった6人、宮本千晴、向後元彦、森田靖郎、伊藤幸司、岡村隆、江本嘉伸の平均年令は34、5才ではなかったか、と思う。いまや世間でいえば隠居の年代に入ろうとしているが、なおフィールドで果敢に活動している。一方で、地平線誕生の頃は、少年少女、あるいは乳児だった人たちが、いまや毎月の地平線報告会の中核となりつつある。

●これから加わってくるであろう未来の旅人たちへの思いをこめて、11月7日に予定している大集会のテーマを「その先の地平線 地平線会議300か月記念フォーラム」とした。11月6日(土)には、懐かしいアジア会館で前夜祭も予定している。それを含めて「はじまりの6人」は全員出席する予定だ。企画は落合大祐以下若手が中心となって進めている。「その先の‥」のネームの発案は石川直樹であり、呼び物の巻頭芝居のシナリオは、大西夏奈子、鈴木博子ら新進が取り組んでいる。

●高尾山から帰宅して、12才になるがいよいよ女盛りのくるみと、交通事故から回復し、すっかり元気になった雪丸の恒例の“とび跳ね出迎えダンス”を受けていると、丸山純から電話が入った。「突然なんですが‥」なんと「地平線通信・復刻本」の束見本が出来てきたので、見せてくれる、という。束見本というのは、本が仕上がった場合の「かたちモデル」のことだ。本づくりの過程で、最も心躍る瞬間でもある。

●近くの喫茶店で手にした1100ページ、年報と同じ版型の束見本は思っていたより、遥かに薄く、持ちやすかった。特別に軽く、薄い紙を利用してくれたらしい。素晴らしい能力を地平線会議にすべて注ぎこんでしまっている丸山のセンスがこんな時発揮されていると思う。長くイラストを描き続けて来た長野亮之介画伯にとっても、この復刻は最高の贈り物にだろう。

●思わず増刷を!と思ったがこんな波乱万丈の、ある意味私的通信を社会にさらすのは、もったいない、と思いとどまる。皆さん、この本は、地平線会議のすべてが詰まった、大事な本です。よそでは売らないので、今から予定しておいてね。

●11月6、7日の詳しい内容をお知らせする『地平線通信300特別号』を10月25日頃発送する予定です。[江本嘉伸


地平線はみだし情報 10、11日の奥多摩一周72キロ山岳耐久レースで鈴木博子、11時間32分で女子2位、総合でも35位に。どろまみれのコースに、江本は42キロ地点でリタイア。



先月の報告会から(報告会レポート・302)
チヘイセン学のススメ
三輪主彦
2004.9.24(金) 新宿区榎町地域センター

●第1回目から、ちょうど四半世紀の記念すべき報告会。みんなの前に立つのはこの人しかいない、と云う訳で、1回目『アナトリア高原から』の報告者三輪主彦さんが本日の語り部だ。奇しくも今日(24日)が誕生日。還暦のお祝いが『みわ塾』の塾生一同から手渡され、華やかなスタートとなった。「25年前、まだ生まれてなかった人は?」に客席で挙がった手は5+1本。プラス1は、お孫さん涼月(すずか)ちゃんを抱いた、長女涼子さんの代返だった。

●節目の報告会、そして学の字を背負った重い?タイトル、受付けで渡された『地平線学 入門編』の16章・44ページもある印刷物。一体どんな話が始まるのか、と固唾を飲んで待っていると、「60歳の記念に60章書こうと思ったけど16章しか書けませんでした。17章以降は400回までに‥」と、人をケムリに巻くことにかけては地平線随一の、三輪さんらしい肩すかし。なんとなく会場の緊張感もほぐれたところで、いつものミワトークが始まった。

●まずは還暦を迎えての感想。かねてより「マイナスも進歩のうち」と捉え、「ミジメな老後」を心待ちにしていた三輪さんのこと。定年前に退職して収入がない、60歳の年金支給まで段々貯蓄が減ってゆく、という境遇は、「ない」を楽しむ格好のチャンスだったようだ。「若い時に旅をしないと、歳を取ってからの物語がない」 走り旅をしていた時、八雲の商人宿で旅商いの人から聞いたという言葉に続いて、話は一気に25年の歳月を飛び越えた。「1回目の時は35歳でした。安東くん、いま35歳? ボクにもそんな頃あったな〜」「地平線が始まった79年は、イランで革命、イラクではフセインが出てきた。ロシアはアフガンに侵攻した。今の騒ぎのターニングポイントが、その頃だったんじゃないか」そして、第1回報告会の裏話、ガリ版印刷で作っていた地平線通信の原点「はがき通信」の苦心談、25年前のトルコ留学と再訪のエピソードと続き、暦の解説から、巣鴨の人気干支みやげ「トルマリン入り赤パンツ」に話題はジャンプ。その現物が会場で披露された。「申は、病気が去る、なんですよ。こじ付けはこじ付けているうちに定着してくる」のだそうだ。

●ここでテーマは一転し、彼方にゲルの見えるモンゴルの草原の写真を背にして、地平線って何だの話になる。「地平線は遠いと思っていても、案外近いんですよ。あのゲルまで4kmから4.5kmです。でも、そこまで行くと、またその先に地平線があるんです」地平線とは目の高さなのだと云う。視点が高くなれば遠くまで見渡せるのは誰でも知っているけれど、その逆に「寝っ転がればすぐそこが地平線になる」のは、云われなければ気が付かない。

●休憩のあとの後半の部は、向後元彦さんに誘われて通っているというミャンマーの様子が、のどかな写真と共に紹介された。イラワジ河のデルタ地帯では新しい土地がどんどん生まれているが、それは上流域での伐採が進んで土砂が流れ出した結果だ。経済制裁のあおりで、マングローブも切られてヤンゴンへ送られ燃料にされる。そんな厳しい側面はあるものの、依然として人々はノンビリと穏やかに暮らしている。その愛すべきスローライフに三輪さんもすっかり惚れ込んだらしく、「民族衣装のロンジー(巻きスカート)は、すぐにほどけるので常に片手で押えていなければならないけど、その効率の悪さがぼくは好きです」と語る顔は、どことなく夢見心地だった。

●ミャンマーのスローライフあたりから話題は少し哲学色を帯び、「私たちは何処から来たのか。私たちは誰か。私たちは何処へ行くのか」という問いに続いて、突然、錯視・錯覚を誘うさまざまな絵がスクリーンに映し出された。今度は何が始まるの? そんな会場の軽い戸惑いをヨソに、「右と左はどっちが長いですか?」「マル印は左右に動いてる? それとも上下?」と画面は進む。そして最後にエッシャーの有名な騙し絵が現れた。登っているはずなのに、実は同じところをグルグル回るだけの不思議な階段。「これって江本さんの生活じゃないの?」という声が上がって、会場がドッと沸く。はは〜ん、三輪さん、これが云いたかったのかな。世界はこの絵そのままだ。その中で、ぼくたちは常識や思い込みに捕われ、そいつに尻を叩かれてセッセと階段を駆け上がってるだけなんだよ、と。それで「常識外し」の謎かけが色々出てきたんだな。

●「地平近くの満月は大きく見えるけど、五円玉の穴に嵌ってしまう。それほど小さいんですよ。でもぼくは、お盆のように見える方が本当ではないかと思うんです。そんな私的感覚や私的ローカル単位でものを見る。それが地平線的なのではないか。ここまで300回。そこからまた、別の地平を眺めながら行けばいいのではないかなぁ」記念の回とはいえ、いつもの「み話術」で終始リラックスモードの報告会は、そんな言葉で締め括られた。[ヒロベイ、こと久島弘



地平線ポストから
地平線ポストではみなさんからのお便りをお待ちしています。旅先でみたこと聞いたこと、最近感じたこと…、何でも結構です。Fax、E-mailでも受け付けています。
地平線ポスト宛先
〒173-0023 東京都板橋区大山町33-6 三輪主彦方
〒160-0007 東京都新宿区荒木町3-23-303 江本嘉伸方
E-mail :
Fax: 03-3359-7907(江本)

●シール・笑みこさんから…2004.10.5…奈良市発…笑みこ&スティーブ・シール旅を再開!!


◆江本さ〜ん、2日早いけど、お誕生日おめでとうございま〜すっ☆by笑みこ「WOW! Happy birthday〜!!」by Steve地平線報告会300回、江本さん走りつづける。継続が力となってみんなにパワーと幸せを与えるんですね。11月7日は何が何でも駆けつけます!

◆ところでこちらは現在、奈良の山奥で自給自足をめざした「田舎暮らし」をしています。自然の恩恵をたっぷりうけながら、自分たちが自然の一部であること、生かしてもらっていることを実感させられる毎日。『自転車世界一周』夢の途中では、思わぬ癌の告知をうけましたが、4年の闘病生活の末、いよいよ旅再開の報告ができる日がきました。余命半年の運命を与えられたものの、希望を持ちつづけることによって明るい未来がみえてくる。癌は、私の人生において悲劇ではなく、すばらしい奇跡の輝きを与えてくれたのでした。

◆ここまでこれたのも、見守ってくださったみなさんのおかげと心から感謝しています。予定は12月20日発。中断したパキスタンからインドへ3ヶ月。まだ無理はできないので3年かけ少しずつコマを進めていこうと思っています。たくさんの夢と希望をのせての再出発。これからもよろしくお願いいたします。(^_^)(^v^)


●古山里美さんから…2004.10.4…http://www.geocities.jp/mongaasatomi/


◆このごろ仕事で地平線会議に行けず、ごぶさたしています。節約主婦ライダーの古山です。すでに指摘があったとは思いますけれど、9月13日の号の通し番号が、前号と同じでした。今しがた気付きましたので、一応お知らせまで。(編集部より この問い合わせがあちこちからありました。手違いで正しくは「298号」でした)

P.S.今年の正月休みはリビアをバイクで走ろうと計画中。サラリーマンのダンナの休暇に合わせて短期で行くという条件が、けっこうキビシイですね。自分たちのバイクを船で運ぶのです(今週には横浜港に持ち込む予定)が、現地での受け取りとツーリング後の輸送手続きにかかる日数が、短期だとシビアに響いてきます。リビアって、4人以上のグループじゃないとビザ申請を受けつけませんし、外務省に出向いたり、パスポートにアラビア語(ただ今練習中!)で名前を記入しなくてはならないなどと、個人の場合、思い立ったらすぐ行ける国じゃないんですね。


●小林尚礼さんから…2004.10.5…東京都杉並区発


◆ご無沙汰しています。今度、ラジオで梅里雪山について話す機会を頂きました。梅里雪山での遭難者の捜索を続けて6年になります。その活動を通じて出会った山に暮らす人々、彼らの聖山への思い、山群を一周する巡礼について話しをします。

■放送日:10/18(月)〜10/21(木)の4日間
■放送時間:23:30〜24:00の間の10分間
■放送局:NHK第1放送(AM)
■番組名:ラジオ深夜便「ないとエッセー」
■テーマ:「聖なる山の麓から」小林尚礼

◆その他 山の雑誌「岳人」に、「梅里雪山−17人の友を探して」連載中/山渓カレンダー2005「美しき世界の山」に、梅里雪山の写真を掲載


●菊地由美子さんから…2004.9.30…ホーチミン発


◆メコンデルタの街・カントーからバスに揺られて4時間、ホーチミンに戻ってきました。一週間の夏休みが与えられたのは旅に出る3日前、半年間追いかけてきた事件がようやく落ち着いた(はずだった)連休明けでした。で、その夕方にホーチミン行きのチケットを買いました。ほとんど発作的に。

◆どうせ一週間ならNYとも、はたまた実家や温泉場でのんびり、でもよさそうなものですが、土壇場になって気が変わってしまいました。アジアの雑踏に帰りたい、って。安宿で眠りに落ち、屋台の飯をつつく旅の日常に。地平線で鍛えられた足腰は、軟弱な休暇をゆるしてくれなかったらしいです。

◆果たして舞い戻ってきたアジアの喧騒に、全身がそわそわ、むずむず、落ち着きません。排ガスの匂い、朝晩に街角に出現するフォーの屋台、そこから立ち上る湯気、夕方に路面をたたくスコール、そして物売りやバイク乗りのおじさん。(毎度顔を合わせてはしつこく商売を持ちかける彼らを、今度はどうやって笑かしたろか、というのが専らの研究課題…。)

◆カントーからボートでメコンの支流へと遡る行程は、文字通り川の上に家を作り、風呂も洗濯も食事も川と共にある日常風景の中を進みます。そんな景色を前にしては、トーキョーで起こる事件・事故もそれに伴う狂気じみた仕事の展開もひどく遠く、そしてひどく懐かしくもありました。驚くべきことに、アジアンタイムにうっとり浸かりながら同時に、はやくまた事件取材がしたいとも思っていたのです。

◆24時間ぶりの食事に胃がびっくり!とか目の下にクマ!お肌がっ!などと小言をたれながらも、毎日が面白くて仕方ありません。わずか一週間の休みです。その休暇にたった何時間か飛行機に乗っただけで異文化にトリップできる時代には感謝しなければなりませんね。短い旅も今日で終わり、あす日本に帰り、明後日から仕事に戻ります。休む余裕はありません。だってまた、無駄歩きをしてしまいました。こんな無駄な風景を積み重ねないと私は自分の地図を描けないのです、たぶん。ちなみに10月から配属が警視庁になります。こんどは東京の風景の中を、やっぱりくねくねと歩き回ります!


●後田聡子さんから…2004.10.1…埼玉県所沢発


◆お久しぶりです。相変わらずお元気で走り回っておられるんでしょうね。私はこの2ヶ月地平線とご無沙汰です…。2学期になったら、仕事がバリバリ忙しくなってきました。楽しいのでいいのですが、地平線に参加できず残念です。11月の大きい会も何とかお手伝いさせて頂きたいのですが、いまのところ、11月のすべての土日が仕事で埋まる勢いです!!なんてことでしょう。来週あたり、上司と話をして、何とか土日のお休みをもらえるよう交渉してみます。そして、来月の地平線は参加したいなーと思います。9月から週1回、日本語教室のボランティアを始めました。これもまた、行くので精一杯ですが、楽しいのでがんばります。またお目にかかれるのを楽しみにしています。昨夜は満月、今日は青空、いい天気ですね、どこか旅立ちたくなります。


●中畑朋子さんから…2004.10.8…カトマンズ発《E-mail》


ナマステナマステ

◆先月はご心配お掛けしました。外出禁止令は5日間続き、その後何事も無かったような平穏な日々が続いています。平穏とはいっても、ほとんど毎日どこかで現政府に対して(?)のデモが行われ、ポリスの出動や交通渋滞を起こしています。通りに10メートルごとに銃を持ったアーミーやポリスが立っている風景にも慣れてしまいました。これは、恐ろしいことですね。

◆風景だけを描写すると、日本では考えられないことですが、モノもあふれ、若者はパーティを開催し、ひとつの空間に二つ(それ以上か)の物語が成り立っているといった感じです。それは世界のどの国でもあることですが、ここカトマンズでは、そのいくつかの物語が特に不思議な空気を生み出しているように思えます。

◆とにかく、来週からのダサイン祭を控え(もっとも大きな祭りで約10日間続く)、皆浮き立っています。神への捧げものにされるヤギも用意され始めています。もうすぐ、カトマンズからもガネッシュヒマールが見える季節になるでしょう。楽しみです。ではでは


 
やった者勝ち

文章を書き出すとすぐに気になるのは、締めの言葉だ。どうやってこの文章を終えるか、頭の中はそのことでいっぱいになる。文章の書き始めは「つかみ」といわれ、読み手の気を引く。文章の終わりは「落ち」である。書き手にとって「落としどころ」は勝負の分かれ目だ。パイロットは離陸より、着陸に何倍も神経を使うという。熱気球の世界記録保持者の神田道夫さんが、ある横断飛行で着陸時にバスケットの一部が海水に浸って記録が認められなかったことがある。「締めくくり」というように、商売でも事業でも閉じる時にその真価が問われる。それは旅も、人生もそうだろう。

◆地平線会議を始めた頃、私は三十代初めだった。地平線会議には三つのエンジンが動力だった。年報、報告会それに放送(いまの通信か)だった。私は年報を担当していた。離陸を始めると地平線会議には着陸のことなど毛頭ない。不時着くらいは頭にあった。私は年報の編集で、多くの行動者に直に会った。彼らから「申し訳ないと思っている」と呟くのを何度も聞いた。何に申し訳ないのか。彼らと同じで年に3分の1を旅していた私にもわかるような気がした。社会にか、あるいは家族かそれとも自分自身へなのか。好き勝手やっている自分への多少の戒めか。ある行動者の、「やった者勝ちですよ」という言葉に救われた。それから「やった者勝ち」という言葉が私の頭の隅に棲みついた。

◆私事だが、その頃女房がドイツへキッチンの勉強に行きたいと言い出した。最新のキッチンシステムを学ぶことに異論はない。しかし、幼い子供ふたりを置いていかれる身のことを考えると返事にならなかった。「やった者勝ち」。心の中で小さく呟いて女房の背中を押していた。その後女房は「システム・キッチン」という言葉を日本に持ち込み、いまも現場に立っている。しばらく私の中で封印されていた「やった者勝ち」が溶け出したのは五十代になってからだ。人生には上り坂と下り坂がある。時計の振り子のように行過ぎたものは戻る。万物の原理だ。しかし、もう一つ“まさか”という坂もあった。中南米の取材で風土病にかかった。現地では四十%以上が死に至ると恐れられている。それまで封印されていた「やった者勝ち」が私の中で溶け始めた。氷でも、なんでも溶ける時が一番危ない。やがて「やってない者負け」が私にはまだ三つ残されていることに気づいた。一つは楽器演奏だ。子供の頃から音楽とは無縁だった。また黒帯を締めたかった。三つ目は表沙汰にはしなかった。とりあえず身近にある三十センチを超える幻の尺鮎を標的とした。

◆五十を過ぎると年重の知恵でたいていは上達が早い。持ち時間がない分、集中力もある。これまでの経験の積み重ねで危機管理能力も長けている。ようやく三つ目を口にした。小説を書くことである。編集者の中には、これまでのノンフィクションの実績は考慮しない、新人作家の扱いしかしないという者もいた。初めての小説『見えない隣人』(小学館)は、“まさか”の胸突き八丁越えだった。

◆地平線会議が始まった頃も今も、だれも「着陸」を口にしたものはいない。同時に、無計画とも思える離陸を始めたことに後悔もない。「あの時、やってて良かった」という実感しかない。まさに「やった者勝ち」の一人勝ちである。私は、物事を勝ち負けで判断をするのをやめている。だから、「やった者勝ち」を「やった者価値」と、やった者しか分からない価値観に浸るようにしている。皆さんはどう思うだろうか。[森田靖郎 年報「地平線から」初代編集長]


 
1万円カンパ続々! 皆さんの心に感謝!!

[1万円カンパ実行人リスト](04年10月9日現在)金井重 丸山富美 埜口保男 北川文夫 飯野昭司 青木(生田目)明美 横山喜久 野々山富雄 西澤栄里子 中島菊代 岩淵清 森井祐介 花崎洋 坂下哲之 関根皓博 村田忠彦 賀曽利隆 大西夏奈子 松田仁志 岸本実千代 河田真智子 江本嘉伸 海宝道義 海宝静恵 遊上陽子 斎藤豊 河野昌也 近藤淳郎 鹿内善三 香川澄雄 シール笑みこ&スティーブ・シール 菊地由美子 白根全 村松直美 原健次 三上智津子 佐々木陽子 藤田光明 三輪主彦 佐藤亜紀子 坂井紀子 石原卓也 加藤幸光 吉岡嶺二 藤本亘 松川由佳 山本千夏 山本祥子(敬称略)


地平線会議300か月記念フォーラム
「その先の地平線」

地平線新世代をテーマに、老いも若きもその先を目指す旅人たちが大集結!

■日時:11/7(日)11:00〜20:00(10:30開場)
■場所:牛込箪笥区民ホール(東京・新宿区)
   …都営地下鉄大江戸線牛込神楽坂駅A1出口徒歩0分
■参加費:1000円
■プログラム:石川直樹「熱気球漂流記」、賀曽利・三輪「地平線の1/4世紀」、多胡光純、田中勝之・菊池千恵ほかが登場予定。他にもリレートークやパネルディスカッションなど盛りだくさん! 詳しくは次号(10月25日発行予定)で。

※会場にはゴミ箱がありません。ごみは各自お持ち帰りください。



地平線会議300か月記念フォーラム
前夜祭開催決定!

地平線大オークション 伝説のセリ人、恵谷治・岡村隆が、あのアジア会館で!!

■日時:11/6(土)17:00〜21:00
■場所:アジア会館 レストラン富士…地下鉄銀座線・半蔵門線・大江戸線青山一丁目駅下車
■会費など、詳細は次号で。





■今月の地平線報告会の案内(絵と文:長野亮之介)
地平線通信裏表紙

谷から来る男

10月29日(金曜日) 18:30〜21:00
¥500
 新宿区榎町地域センター(03-3202-8585)

「旅先に『出現』するヒトになりたかったんだ」と丸山純さんは言う。26年前、丸山さんは初めての旅で、パキスタン奥地のルクムー谷に辿り着く。イスラム国内の異教徒、カラーシャ族の住む「秘境」だった。以来、世界中でただ一ヶ所、その谷にだけ『出現』し続けて来た。辞書もなかったことばをマスター。令子夫人と共に、谷の『家族』に会い続ける為に、日本での仕事も自由のきくフリーランスの道を選んだ。

この4半世紀で村も世代交代が進んだ。援助という麻薬で、急激に価値観が変化している。当初丸山さんが感じていた、良い意味でのヤバン(野蛮)性は失われつつある。「カラーシャの所に行くのは、俺にとってタイム・スリップでもあり、プレイス・スリップでもあるんだ」と丸山さん。

ここ数年、「教育」に関心が向いている。真先に文化を継承しなくなったのは、学校教育を受けた若者達だった。なれば、教育に文化を。谷での丸山さんの出現は、今、どんな存在感を供っているのだろう?

今月は地平線会議の重鎮、丸山純さんとパートナーの音楽家、令子さんに“出現”していただきます。


先月号の発送請負人 三輪主彦 関根晧博 藤原和枝 森井祐介 白根全 瀬口聡 江本嘉伸 落合大祐


通信費(2000円)払い込みは郵便振替または報告会の受付でどうぞ
郵便振替 00100-5-115188/加入者名 地平線会議(手数料が70円 かかります)


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