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奥多摩の著名な山の頂を24時間以内に駆け巡る「日本山岳耐久レース…長谷川恒男カップ」(距離71.5キロ)が土曜日の夕方からおこなわれ、地平線ランナーとして向かうところ敵なしの三輪主彦さんは、前回より順位(63位→70位)もタイム(13時間01分→14時間41分)もやや落としたものの、見事に完走した。
地平線通信で「挑戦したいやつ、出てこい」と大口を叩いたおかげで、10倍トライアスロンに参加した山梨の中山さんをはじめ、何人もが三輪さんに挑戦しようと名乗りをあげたが、走り出してすぐに降り出した冷たい雨の影響もあって、挑戦者全員がことごとく途中でリタイアするという情けない結果に終わり、王者・三輪の地位はますます揺るぎないものとなってしまったようだ。ちなみに参加者1146人中、最後まで完走したのは628人にすぎなかったという。
優勝者は、空挺師団で毎日、パラシュートをかついで藪を駆け抜ける訓練をしている自衛隊員。タイムは9時間3分59秒で、これは昨年より1時間半ほど遅い(つまり、前回より1時間半強遅れという三輪さんのタイムもそれほど悪くない)。雨に加えて、今回は完全に夜間のレースとして実施されたことが、大きく影響しているようだ。
三輪さんによると、走り出してすぐに雨が降り始め、都内ではしとしと降るだけだったのに、山では音をたてて降ってきたという。おかげで、山道が川のようになってしまい、足首まで水に浸かりながら走っているようなありさまだった。さらに、三輪さんは、倫子さんにさんざん言われ、離婚寸前の騒ぎまでしたあげく、なんと重いものは持ちたくないと、ついに雨具を置いてきてしまった。おかげで、ずぶ濡れのまま最後まで走るという、山屋出身者にあるまじきレースとなった。もし雨具を持っていたら、体力の消耗が防げ、大幅にタイムも順位もタイムも向上したはずで、なんとも惜しい気がする。
走り出してすぐに、例の足首の痛みがひどくなり、とても走れないような状況になってしまったが、そのうちに、これはなんとか最後まで行けそうな痛さであることがわかり、そのまま走り通してしまったそうだ。まさに、鉄人・三輪の面目躍如たるところだ。足首まで浸かるような水の流れのなかを走ったおかげで、多少はアイシングの効果も出たのかもしれない。悪コンディションを味方につけてしまうあたりも、いかにも三輪さんらしい。
注目の江本氏は、走り始めて4〜5時間ぐらい、浅間峠付近であっけなくリタイア。山と走りのベテランだけに、あのようなコンディションのなかで無理して走り続けることに、なかなか意味を感じることができなかったのだろう。そのまま帰宅して風呂に入って寝てしまったようだ。「あのくらい走るのがちょうどいい。今日は絶好調だ」と、今日になって負け惜しみを言っているという。
山渓の久保田氏は、なんと御前山の避難小屋のなかで雨をしのいで休んでいるうちについ眠ってしまい、制限タイムが迫った22時間で完走したそうだ。
江本氏は早々に帰宅してしまったが、中山氏は、敗者の礼儀としてレース終了後、夕方におこなわれた表彰式まで付き合い、山梨まで帰っていったという。
このまま当分、三輪さんの天下が続きそうな雰囲気だが、なんとも残念なのが、出張でしばらく日本にいなかったため、申し込みをしそこなってしまった、松田氏の不参加である。松田氏は当然雨具の準備も怠りなかったであろうし、とくに長谷川恒男にファンでもあるので、長谷川恒男カップと題された冠大会では、普段以上の力が発揮できるかもしれない。悪天候に強い三輪さんにとっても、強力なライバルとなったであろう。
近いうちに手頃なレースを見つけて、両雄の一騎打ちをぜひ見たいと思っているのは、記者だけではあるまい。(情報提供・三輪主彦/文責・丸山純)
明治大学探検部のOBで、フリーのジャーナリスト集団「アジアプレス・インターナショナル」のメンバーである吉田敏浩君が、『森の回廊…ビルマ辺境、民族解放区の1,300日』(NHK出版・2500円)と題する大著をこのたび出版しました。
吉田君といえば、学生時代からタイやビルマ、アフガニスタンなどを訪れ、とくに1985年3月から88年10月までの3年7ヵ月、ビルマ北部を戦火をくぐって解放戦線の兵士らと共に広く歩き回ったことで知られていますが、『森の回廊』は、このときの体験をつづったルポルタージュ作品です。
当初は膨大な原稿だったそうですが、何度も筆を入れてかなり縮めたので、たぶん800〜900枚(400字換算)ぐらいになっているだろうとのこと。とにかく、情報としての密度が濃い本で、私も少しずつ読み進めているんですが、まだ半分ぐらいのところでうろうろしています。
内容は、自分自身の旅を語るというより、この3年7ヵ月の模様を丹念に追いかけたもので、次のような全15章から構成されています。
序章………その前夜
第1章……サルウィン河
第2章……シャン高原の十字路
第3章……北回帰線の虹
第4章……満月の祭りと五日市
第5章……イラワジ河西岸
第6章……フーコン平野、死闘の森
第7章……焼畑と祝祭
第8章……山の道
第9章……源流の里
第10章……森の精霊と他界の山
第11章……峡谷の実り
第12章……森の熱
第13章……雷鳴越境線
終章………生命の河
解放戦線の兵士に同行してタイ・ビルマ国境を越えるあたりから始まり、あとはさまざまな民族がモザイク状に分布するビルマ北部の各地方を、ただひたすら歩いていくんですね。途中で政府軍部隊に追われたり、乏しい食料を分けあったり、かなり肉体的にも精神的にも苦しい旅だったはずですが、吉田君の筆はむしろ、山の民の生き生きとした暮らしぶりや、兵士たちの日常などを淡々と追いかけて、記録していきます。
うすうすとは知っていましたが、あらためてこのあたりの民族分布の複雑さと、それを生み出した歴史のアヤを思い知らされました。とくに強烈に印象に残っているのは、個々のシーンもそうですが、ビルマが国として独立する前からこの内戦は続いていて、人々はずっと戦火のなかで生まれ、育ってきたということです。それでいて、粘り強く未来に向けて生きようとしている。この強さは、いったいどこからくるのでしょうか。
現在でも引き続き残酷行為をはたらくビルマ政府軍が、旧日本軍をお手本としているという、悲しい事実にも、ショックを受けました。
もちろん、複雑な歴史に翻弄される各民族の沿革や現状、文化などに対してかなりの筆が割かれていて、資料的にも貴重なものになっていると思います。
それに、文章がほんとにうまい。的確な言葉が散りばめられ、その場の微妙な空気感とか、その人のライフストーリーが訴える人生の襞(ひだ)とかが、くっきりと浮かび上がってくるようです。これだけしっかりした文章を書くのは、たいへんなことだったでしょう。
あと、なかのほうにある写真が、すべてモノクロですが、すごくきれいに印刷されています。点数もかなり多く、これだけ見ていても、ビルマの森に対してのイメージをかきたてられますね。壮丁もなかなかいい感じです。
これまで雑誌などで断片的に発表されてきたものはありましたが、ひとつにまとまった作品としては、これが初めてだそうで、「ようやく、責任があるていど果たせたような気がして、ほっとしている」と吉田君はもらしていました。(丸山純)
【続報】『森の回廊』は、第27回・大宅壮一ノンフィクション賞を受賞しました。おめでとうございます。
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