98年8月の地平線報告会レポート



地平線報告会226から
バイクキャラバン、青の都へ
生田目明美
98.8.28(金) アジア会館

報告会全景◆生田目明美さんはこれまで8回の海外ツーリングを経験している。今回は10人で、オートバイでは世界初のルート、中国のカシュガルからキルギスタン、カザフスタン、ウズベキスタンのサマルカンドへとバイクを走らせた。生田目さんにとっては、93年にホータンからウルムチまでを走って以来二度目のシルクロードである。

◆世界初の試みだから、何がどうなってるのやらわからない。ましてや中国。それは出発地カシュガルで始まった。その日は金曜日。ところが目指す100km先の国境は「B級国境」ときて、土日が閉まるそうだ。何がなんでもその日のうちにイミグレから出国スタンプをもらわねばならない。そこで、ガイドのアルキン君(あえて実名)――「僕にまかせなさい」

◆生田目さんのバイクに二人乗りしたアルキン君はなぜか、腰に固定すべき手を時に上に時に下に動かし始めた。でも頼るのは彼しかいない、我慢しなければ。じっと我慢する生田目。だが数時間後、アルキン君は結局は何の力もないただのHガイドと判明した。後日談だが、ウズベキスタンでも地元旅行会社社長の自宅に招かれるや即興のダンスパーティーが始まり、生田目さんはネットリ・チークダンスを強いられた。私がやんなきゃ他の女の子が踊ることになると、またまた我慢である。

◆だが本人はいつも「命あってこそ旅ができる。殺されるくらいなら犯される方がまし」と思っている。その覚悟が逆に被害ゼロの結果になっている。

◆話は戻る。カシュガルのイミグレはのらりくらり。「今から行くのお?」。賄賂かなと、用意していたマルボロ1カートンを見せても効果無し。全員の出国スタンプをもらうと既に3時を過ぎている。生田目さんはもう二人と共に「国境に足突っ込んで開けておく!」と、先発隊として出発した。途中の軍の検問では「ま、茶でも一杯‥」。無視! 5時に閉まる国境を無理に開けさせ、ぎりぎり出国となった。

◆さて、3600メートルのトガルト峠を超えて中央アジアに入ると、そこは予想外のイスラム社会だった。女性でもミニスカートにへそ出しルック。立派なモスクはあっても、ほとんどの人が礼拝もラマダンもやらない。「日本人が自分たちを仏教徒というようなものです」。青の都サマルカンドでは、大手旅行会社の旗にゾロゾロ続く日本人観光客が幾団体もいた。

質問する樫田君◆とはいえ、このツーリングの参加者はみな満足して帰国の途についたという。わずか2週間の旅に100万円もかかったが、特にキルギスタンとカザフスタンでは、そのおごり好きの国民性ゆえか、両替の必要もなかったそうだ。それになんてったってシルクロード。

◆このツアーを企画したのは生田目さんだ。旅行代理店ツアーの企画ならば簡単だが、自分で企画、多くの人を引率というのはこれは大変な労力を必要とする。ましてや前例のないツアー。

◆実は生田目さんは10年ほど前に喫茶店経営のために1000万円を借金しているが、その店は閉店した。今はあと500万円の借金返済のためもあり、4つの仕事をしている。不動産、CAD、クラブホステス、コンパニオン。一日16時間労働だ。その中で自らの旅費100万円をため、7月には、病弱のお父さんのために30万円の北海道療養旅行もプレゼントしている。簡単に書けば何てことないが、これは凄いパワーだ。

◆ということで次回から始まります。生田目明美のパワー人生。無期限連載! 乞うご期待![樫田秀樹][photo : 報告会の終盤の質問コーナーでマイクを手に生田目さんに迫る樫田氏]

追伸:報告会の後の二次会で、生田目さんは用意してきた11人分のお土産を、勝ち抜きじゃんけんでプレゼントしてくれた。改めてありがとうございました!



●NIFTY-Serve「地平線HARAPPA」のログより

01078/01079 PEG00430 丸山 純 なんともユニークな報告会でした
( 1) 98/09/02 18:22 01048へのコメント

生田目さん●先日の地平線報告会は、帰国したばかりの生田目(なまため)明美さんに来ていただいて、バイクを使った10人のチームによるシルクロードの旅について話してもらいました。

肝心の最初のところを聞き逃してしまいましたが、それでもとてもおもしろい報告でした。私が着いたときはもう中国からキルギスタンへ入るあたりで、そもそもの旅の企画や実現に向けたさまざまな苦労話、とくに中国側とのやりとりなどの話はもう済んでしまっていたんですが、「おそるべし、中国。こんなんでいいのか、中央アジア」というフレーズがいたるところで発せられ、それまでの経緯などはだいたい推察することができます。

●どうやら、前回(93年?)タクラマカン砂漠を走った際に、生田目さんたちはバイクを中国側に寄贈していったらしいんですね。今回はそのバイクを“お金を払って”借りだし(その額の算出であとでさんざん中国側ともめます)、中国側スタッフがトラックに乗せてカシュガルまで運んできます。

そして、メンバーが乗る10台のバイクと、通訳たちの乗った伴走のワゴンとともに国境を越え、キルギスタン、カザフスタンを走って、はるかウズベキスタンのサマルカンドまで走破。そしてメンバーが空路で帰国したあとも、中国側はまたバイクを積んで、来た道を戻る。

パスポートのビザ欄中国のドライバーは国際免許などぜんぜん持っていないのに、各国の国境のイミグレーションが漢字で書かれた免許証を読めないので、どんどんフリーパスで行けてしまうというのがすごい。これらの国は、ついこないだまで中国と犬猿の仲だったソ連の一部なんですけど、まさに、「おそるべし、中国。こんなんでいいのか、中央アジア」です。[photo : タシュケントのスタンプしか押してない。つまり国境はフリーパスだったので、最後まで無事出国できるか、心配だったという。まさに、「こんなんでいいのか、中央アジア」]

●まだ外国人がめずらしく、各国での歓迎ぶりもすごくて、いろいろおもしろいエピソードかありましたが、これは司会役の樫田君らが書いてくれるだろうから、省略。私の印象に強く残っているのは、イスラム教徒が多い国々なのに、さすがにソ連時代が長かったせいか、街にはTバックでシースルーを来た女の子なんかを見かけるのだということ。アザーン(お祈り)もなく、ラマザーン(断食)もしない。

スンニー派なんだそうですが、私の行っているパキスタンなんかでは、まったく考えられません。いまパキスタンでは中央アジア諸国との交流を深めようとしていますが、どうなるんでしょうね。欧米に出かけるようなエリートビジネスマンなら馴れているだろうけど、ふつうの人たちは……。

●残念ながら、見せてもらった写真の量は、期待していたほど多くありませんでした。というより、生田目さん自身もバイクで走りながら、ツーリングクラブの会長として隊員たちの世話などを一手に引き受けているから、写真を撮る余裕があまりなかったんでしょう。

だからこれも、あくまでも印象にすぎませんが、観光名所はきちっと旅行者向けに作ってしまっているなど、これらの国ではインド亜大陸側のような猥雑でわくわくさせられるような雰囲気があまりなくて、きちっと管理されているような感じを受けました。

「ねるな」のTシャツ●日本側、中国側双方に旅行代理店が仲介し、さらに現地の旅行会社とも連携しながら、伴走のトラックやワゴン、通訳も同行し、泊まるホテルなどもすでにきちっと決めてある。そんな旅ですから、総費用はひとりあたり100万円ぐらいになったようです。

だから、どうしてもこれだけの費用は出せない人も多く、休みのとりやすさなどもあって、男にはむずかしく、メンバーに女性が増えてくるとか(10人のうちの半分が女性)。ま、女性の場合はこういうグループに入らないと、個人ではなかなか旅ができないということもあるわけですが。なかには、本格的なツーリングは初めて、みたいな初心者もいたようで、いきなりあんなところを走ってしまうのかと、つくづく驚きました。[photo : サマルカンドまで到着し、最後に帰国するためにタシュケントまで戻るとき、前夜の宴会疲れでもうろうとなるメンバーのあいだを、リーダーが背中に「ねるな」と大書きしたTシャツを着て走りぬけ、目を覚まさせる]

●とりあえずの報告が終わって質問コーナーになりましたが、中国からキルギスタンに抜ける国境について、チェックのきびしさや緩衝地帯の幅、宿舎のことなどを詳しく尋ねる人もいて、びっくり。やっぱり、このあたりについての情報って、ぜんぜんないんでしょうね。

それから、先月の報告者の続さんが、しつこく女性に言い寄ってくる男に悩まされなかったかという質問をしたことがきっかけで、「それは私の担当だから……」と披露された話には、みんな一瞬呆気にとられて、会場はおおいに盛り上がりました。18歳のときからずっと、昼間は派遣社員としてOLをしながら、夜はクラブでホステスをするという生活を続けてきたんだそうです(ついでに、コンパニオンとCADオペレーターのアルバイトもと、じつに多才な人なんですね)。

「ほら、お手手(どう書くんじゃ?)はお膝の上にちゃんとそろえて置いておくって、幼稚園で習ったでしょ」などと、悪さをしようとする男を軽くあしらってしまう。イスラム圏のプレイボーイも、これじゃ、勝ち目はありませんよね(^^;。

屋久島から参加の野々山君●二次会は、いつもの居酒屋に行きましたが、混んでいて奥の座敷に全員が入れず。私は、「Spice!」に真っ先に写真を提供してくれた安東浩正さん(95年に冬期チベット自転車単独完全走破)と、公募隊を組織してやはり中国のシルクロードを自転車で走っている「地球と話す会」の長澤法隆さん、それに妻の4人で別テーブルで呑むことになってしまいました。

安東さんは、今年も黄河の源頭まであと50kmというところまでマウンテンバイクで迫ったのに、夏休みが終わるのでやむをえず帰ってきてしまったとか。もっといかつい感じのたくましい人かと思いましたが、意外ときゃしゃで、驚きました。長澤さんも、今年の旅を終えて帰国したばかり。それなのに、次のカシュガル→キルギスタン訪問の下見ということで、9月に出かけるとか。それで生田目さんに詳しく質問していたんですね。[photo : 屋久島に住み着いてしまった野々山君が、ひさしぶりに顔をだしてくれた]

●ようやく奥の部屋が空いたので合流。その後、なんと報告者がみんなに現地から持ち帰ったばかりのお土産を次々に配るという前代未聞のイベントとなりました。20人ぐらいいたでしょうか、全員が生田目さんとじゃんけん。勝った順から、高いものをもらうことに。

ほんと不思議なんですが、1位の長澤さんがキャビア!を、2位の私と安東さんがシシカバーブのスパイス(中身はクミンシード)、樫田君がお茶を、3位の妻(令子)がどういうわけかガラスの花瓶をいただいてしまいました。さきほどあんな質問をした続さんに、男よけのお守り?が当たるなど、ほかの人たちもいろいろともらいましたが、別テーブルにいた4人が全員上位で当たってしまうとは、なんという偶然でしょう。

ともかく、これまでの地平線にはないユニークなキャラクターの報告者のおかげで、報告会も二次会も、ものすごく盛り上がりました。

二次会風景[photo : 報告者からのお土産で盛り上がった二次会風景]


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