97年5月の地平線報告会レポート



5月の報告会から
ナンガパルバット物語り/坂井広志
1997.05.30(金)/アジア会館

◆ヒマラヤといわれて一般的にイメージするのは、雪におおわれ空気のうすい高い所…といったところだろうか。同じ8000メートル峰の頂でも、やさしいノーマル・ルートからの登頂と困難な未踏ルートから登ることのちがいを一般の人に説明することは、困難な未踏ルートを登ること以上に至難の業だと聞いたことがある。これまで山の報告会というと「雪山のスライドを写しだしながら淡々とした語り口で解説…」みたいな朴訥としたものが定番であった。

◆95年7月、平均傾斜60度以上、ところどころに垂直の岩壁、氷壁帯を持つナンガ・パルバット(8125メートル)北面新ルートが千葉工業大学登山隊によって登られた。そのときの隊長・坂井広志さんは、遠征中の模様をスライドにビデオをまじえ1時間半にわたる映像にまとめあげた。

◆着々と上部にルートをのばしながらもときおり下方ベース・キャンプをふり返る。そのたびにベース・キャンプがだんだん小さくなってゆく。確実に高度を勝ちとっているさまが、映像のなかで写しだされている。垂直の氷壁帯を登るシーンでは自らビデオをかつぎ、片腕で体をささえ、もう片方の腕で撮影する。これはちょうどざっくを背負ったまま片腕で鉄棒にぶらさがりながらビデオを回しているようなもの。酸素の希薄な高所でこれだけこまめな撮影には正直いっておそれいった。また途中でバランスをくずしビデオを落とすところなど、臨場感あふれるシーンもいくつか登場した。

◆移り変わる映像とともに場内にはオペラやシャンソンなどが流れた。その音楽は立体的な映像のなかで、起承転結のよりはっきりしたものを作りだした。音楽を担当したのは紀子夫人。それぞれのシーンに全部で8つの曲を組み入れて、遠征隊の家族や待つ人達のためにも遠征の模様を味わってもらおうと構成されたそうだ。

◆ナンガ・パルバットといえば世界第9位の高峰。パキスタンのカシミール地方にそびえ立つこの山は、どの角度から見ても急峻な氷壁や岩壁におおわれている。その登頂はいずれのルートからも困難なものにしている、いわば“玄人好み”の山である。

◆学生時代より山岳部で活躍されていた坂井さん、厳冬季の北海道・利尻山をはじめ81年にはパキスタンのカンジュット・サール西壁新ルートから全員登頂と経験を積み重ねてきた。今回の遠征の準備をはじめたのは10年前から。「もし遠征メンバーが集まらなくても、私ひとりでも行きました」とこの山にかけた熱い情熱がひしひしと伝わってきた。

◆海外の山といえば、とかくタイトルだけの一般大衆受けするようなものがもてはやされているが、こうした未知のルートからの挑戦こそ、登山の真髄に触れるものではないだろうか。[田中幹也]




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