97年3月の地平線報告会レポート



情報の枷を逃れて/田中幹也さん

1997.03.25/アジア会館


9703会場風景 厳冬期のカナダを自転車で走ってしまおう、と言うと周りの反応は凄まじく批判的だ。しかも持っていく装備は日本の夏山装備とほぼ変わらないというから批判の声が一層強まったのは言うまでもない。

 田中幹也さんはそんな声を聞きつつも、95年6月から96年10月にかけて自転車、カヌー、登山という方法を駆使してアラスカ、カナダ北部約12,000kmを踏破。今回は多数のスライドを使ってそのときの模様を話してくれた。

 「初めから具体的な計画というものは立てず、漠然と自転車で南下することにして。じゃあ内容を濃くしてみようか、といった感じで。」さらりとこう述べたものの、厳冬のカナダはハンパじゃなかった。マイナス40度を優に越える寒さは自転車で走る者に容赦しない。吹き付ける風などの影響で、体感温度はそれ以上になる。そして時には日本の新潟並のドカ雪も降るのだ。凍傷で焦げ茶に変色した鼻がスライドに登場したが、何とも痛々しい。結局この凍傷のせいで一時中断を余儀なくされたが、こんなことで諦める人ではなかった。自転車の次はロッキー山脈を春から初冬にかけて1500kmの大縦走。旅全体を通してヤッケだけでも4着ダメになり、靴も何足か買い代える羽目になったと言う。

 中学生の時から登山にのめり込んでいった田中さん、20代のころは年間200日位山に入っていたこともあるそうだが、今回のアラスカ・カナダの旅にしても、「他の人が趣味をするのと同じで本人がやりたいからやっている。特に理由というのはありませんね」とまたもやさらりと言ってのける。

質問に答える 危険だ、無謀だと言う周りからのアドバイスも、実際にやった事のない人の、いい加減で批判的な者が多いと言う。野外に於いてもマニュアル化が進んでしまっている現代、少しでもそこから外れた行動を取る者は批判されてしまう。しかしこれは、冒険や探検に対する自由な発想を拘束してしまうのではないかと田中さんは考える。

 最後に次の目標を聞かれると、「今は楽しく思っている、けれど他にもっと面白い事が見つかったら直ぐにもそっちへ行動を移したいです」と言う。これからも簡単にはマニュアル化されない人のようだ。[松井直彦]




●NIFTY-Serve「地平線HARAPPA」に書き込まれた感想



8878 [97/03/26 21:03] PEG00430 丸山:すごい人でしたね

●●昨日の田中幹也さんの報告会、途中から顔を出したので、肝心の部分は聞けなかったのかもしれませんが、それでも、ドカンときました。黙々とひたすら進む。その、前へ前へという気持ちが、びんびん伝わってくるんです。

●●10年ほど前、田中幹也という名前は、クライミング雑誌を毎月賑わしていたほど、先鋭的なクライマーとして知られていたそうです。松田さんはよくご存じでしょう。それが、90年に欧州アルプスへ行ったあと、「このころより冬季登攀、クライミングの才能(能力)・独創性がことに気づき挫折、それ以上の追及を断念」(いただいたレジュメより・原文のママ)。
●その後は91年より水平の旅に転じ、未開放地区を含んだ中国の旅や豪州自転車横断、タイの山岳地帯自転車踏破、ユーコン河カヤック下りなどを実践されています。

田中さん●●私が見たのはおもに、1週間のあいだほとんど人に出会わないようなトレールを季節はずれにたどる、ロッキーの縦走やクライミングのスライドでしたが、雄大なスケールの大自然のなかを一人で淡々と歩いていく様には、心を動かされました。似たような体験はほかでもできるのかもしれないけど、やはりロッキーという舞台は、地球が提供するひとつの極限ですから、特別なものですね。
●あとで聞いたら2万円ぐらいのコンパクトカメラなんだそうですが、写真もうまい。単独行なのにどうやって撮ったのかなと思うショットも少なくなかったし、深雪やぬかるみ、川の渡渉などで濡れ、靴ずれだらけになった足を写したり、なかなか印象的でした。

●●江本さんがしつこく質問していたけど、最長17日分の食糧をかついでいるというのに、信じられないほどザックがコンパクトなんです。インスタントラーメンなどは砕いて小さくしてしまうそうですが、それにしてもどうして納まってしまうのか、不思議です。
●これが全部の食糧です、と見せてくれたスライドもあったけど、2〜3日の短い行動ならともかく、あれでエスケープルートのないロッキーを歩くとは、まさに常識では考えられません。

●●常識はずれといえば、自転車のシーンもすごかった。完全な雪道をマウンテンバイクで走るのですが、それがロッキーの山の中なんです。しかもこの自転車は、山溪の副編集長の久保田さんから1万円で譲り受けたものだそうで、特別なチューンなどはいっさいなし。
●2時間でテントが埋まるようなドカ雪に、自転車が埋もれている。あの写真はすごかった。あのあと、彼はどうしたのでしょう。雪がやんだらひらりとサドルにまたがってこぎだす、というわけにはいきませんものね(^^;。

●●地平線通信にも書かれていましたが、この「常識」への挑戦というのが、田中さんの大きなテーマのようです。寒くなれば、サイクリストはどんどん南下する。田中さんの目には、それは固定観念にしばられた行為のように写る。現地で出会う旅人たちが、自分が体験もしていないくせにいろいろ諭そうとしたりすることに対して、ものすごい反発があるみたいです。
●たぶん、その根底にあるのは、山の経験、つまり極限のクライミングで鍛えた身体と、そしてなによりも精神力なんでしょう。クライマーほど生死を意識している人種はいませんから、彼の判断に対して、素人が口をはさむべきではない。

●●道を究める者という雰囲気があって、なんだか気楽に質問しにくい感じもしていたのですが、二次会に向かう途中の田中さんの回りには5〜6人の女性の輪ができて、楽しそうに話していました。あの女性たちはファンなのかな?
●とにかく、参加してよかったと思わせる、すごい話でしたね。またまたビデオ記録まで頭が回らなくて、残念です。




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