96年5月の地平線報告会レポート



犬を信じ、愛して、一体となること/小嶋一男さん

1996.05.31/アジア会館

◆労働犬との最初の出会い

小嶋さんアップ 小嶋さんは大学時代、山岳部に属していたが、ちょうどヒマラヤが中国とインドの国境紛争で登山禁止の状態にあったため、グリーンランドの未踏峰をめざすことになった。ところがグリーンランドには、シェルパやポーターがいない。そこで荷物を犬に運んでもらおうということになり、農獣医学部にいた小嶋さんが犬の担当係として本隊よりも一足早くグリーンランドに渡り、3ヵ月にわたって調教法を教わった。

 犬はジェラシーがとても強く、頭をなでるなら、全部の犬に平等にしてやらなくてはいけない。犬の嗅覚がいいというのは有名だが、聴覚も同様。初めのうちは、ポケットにたばこやお菓子をしのばせていたが、取り出す音さえ気にして振り返るのを見て、これではいけないとやめたほどだ。

 多くの犬を扱うのは本当に大変だったが、登山隊と合流した時、他のメンバーは荷物を背負って歩くのに、自分は犬を操って荷物を運んでいけ、じつに爽快だった。これが小嶋さんにとって、ペットでない犬との初めての出会いだった。

◆犬の世話で明け暮れるレース

 アイディタロッドは、動物愛護の精神が強いアメリカで行われるレースなので、犬の健康状態に対するチェックがひじょうに厳しいそうだ。犬に何かあれば、チェックポイントは通過できない。調子を崩した犬は、チャーター機で病院に運ばれる。

 足を傷めるのを防ぐため、犬に靴下は履かせなければならないが、緩くては脱げてしまうし、きついと血行が悪くなり、嫌がって犬が自分で取ってしまう。履かせ方の加減が難しい。20頭の犬の4本の足にひとつひとつ靴下を履かせていくのは、大変な作業になる。

 レース中は、足を毎日丹念にチェックするが、犬は調子の悪い足を隠そうとする。これを見逃すと、次の日には足が化膿してしまう。犬は2頭ずつペアになっている。調子が悪い犬がいると、もう一方の犬がよりそったり後ろを振り返って止まるようマッシャーに催促する。

◆マッシャーはほとんど眠れない

 小嶋さんがボランティアの人と一緒に犬の食事を作る様子が、スライドで映される。競技は多くのボランティアに支えられている。

 せっかく時間をかけて食事を用意しても、いざ食べると、3口か4口。作るのに時間がかかるだけでなく、解凍にも時間がかかる。食事は4食分を一度に解凍して、クーラーで保温しておくという。

 レースの休憩中、犬は5〜6時間眠れるが、マッシャー(犬ぞり使い)は食事を解凍したり、犬の靴下を履き替えさせたりと大忙しである。小嶋さんの場合は、12日半のレース中の睡眠は、わずか9時間半だけ。優勝者は、9日間で約7時間だったそうだ。こうなると、頭がボーとして、動作をするのに時間がかかったり、今やろうとしていたことを忘れてうろうろしてしまうことが、しばしばある。レース開始後1週間もすると、知能は幼稚園児程度に鈍くなってしまうのではないかという。

 小嶋さんは、レースの前に48時間何も飲まずに寝ない訓練をしたり、72時間寝ない訓練をしている。30時間をすぎると、水の匂いがわかるようになる。普通の日常生活をしながらこういうトレーニングを行なうのは大変だが、それができなければレースには出られないと思っているそうだ。

◆リーダー犬を頼りにルートをたどる

 犬の中には、リーダー犬が何頭かいる。だいたいは血統できまる。休んでいる最中でも、リーダー犬はマッシャーが何をしているかをちゃんと見ている。また他のソリの動向もチェックしていて、休憩中に何台にも追い越されると、疲れているのにもかかわらず、マッシャーを促して休憩を切り上げさせ、先に進もうとする。とても頼りになる存在だが、このリーダー犬の機嫌をそこねると、前へ進めない。

会場風景 正しいルートをいつもとれるとは限らないので、時には道を見失い、引き返すこともあるという。GPSなどの使用は禁止されているため、航空写真から作った地図とコンパスを頼りに、ルートに残された跡を見て走る。通常は、道を見分けやすくするために夜間に走行するが、今年は白熊が沢山出没し、昼間走るように指示されたそうだ。白熊は陸上選手より速く走り、アザラシなどをふっとばしてしまう腕力を持っている。夜に移動したとき、向かい風になると後ろから熊が襲ってこないか、怖かった。

◆イヌイットにもレースに出てもらいたい

 優勝者の賞金は約500万円。しかし、優勝するような人は100頭くらいの犬を飼育しているため、1ヵ月程度のエサ代にしかならないそうだ。小嶋さんは、いくつかの会社にスポンサーになってもらっている。

 10年前にはイヌイットの参加者も何人かいたが、今はこうして莫大なお金がかかるようになったこともあって、なかなか参加できなくなってきた。イヌイットは、勝つためにはアンフェアなことも平気でするくらい、もともと闘争心が激しい。小嶋さんはその闘争心がすばらしいと思い、イヌイットの人たちがレースに出られるようにと、自分の犬を貸したり、指導したりしているそうだ。

◆やりたいことをやるのは、こういうこと

 報告の中で、グリーンとオレンジのオーロラのスライドも美しかったが、それ以上に、雪と氷に覆われた景色の中でソリを引く犬の姿やその犬をいたわる人間の姿が、とても印象的だった。常識が通じない世界で、体験をつみかさねて学習していき、きびしい状況の中で、地元の人との交流も含め、色々なことを楽しむことができる、そんな心のゆとりがすばらしい。

 入院中の群馬県の病院からまっすぐに来てくださったのに、大変な苦労をユーモアを交えてさらっと語る小嶋さんの話を聞いていると、“やりたいことをやる”というのはこういうことなんだと、つくづくと思った。(加世田光子)




●NIFTY-Serve「地平線HARAPPA」に書き込まれた感想




7561 [96/06/02 13:01] PEG00430
丸山:報告会のレポートは加世田さんに

●●おとといの報告会ですが、私は『DAS』の作業が長引き、さらに赤坂郵便局の時間外受付でえんえんと待たされたので、8時半頃、最後の質問の時間になって到着する羽目になってしまいました。おかげでスライドはもちろん見逃しましたし、今度の報告会について、なにか書けるほどの材料はまったくありません。
●おまけに写真が、ストロボの電池がなくなってしまい、どうやらうまく撮れてなさそうで(まだ現像していない)、ちょっとショック……(^^;。

●●想像もつかない寒さのなかで生きていく、暮らしていくための数々の秘訣を、小嶋さんが「ほんとは企業秘密なんだけど」などと笑いながら披露してくれたり、最近のレースでは、ほとんど地元のネイティブ(イヌイットら?)が参加できなくなり、欧米人ばかりになったとかという話などが、すごく印象に残っています。
ロシア人登山家と話す江本氏●すごく失礼な言い方ですが、小嶋さんは、以前会社勤めをしながら苦労してレースに参加してらした頃に比べて、すごく人間としてのスケールがひときわ大きくなられたように感じました。

●●最後に、江本さんが、来日中のロシア人登山家の方を紹介し、10分ちょっと話を聞きましたが、これはもったいなかった。もっともっと聞きたかったと思います。なんか、迫力ある人でしたね。
●それから、江本さんのロシア語が流暢なのにも、正直言って、驚きました(^^;。

●●新井君が休んでしまったので、ビデオもありませんよね。そこで、次の「地平線通信」に向けて、前のほうに座って熱心に聞いてらした加世田さんに、報告会のレポートをお願いしました。お忙しいとは思いますが、よろしくお願いします。
●単なる印象記でぜんぜんかまいません。短くてもけっこうです。気楽にさらっと、印象に残った点を列挙していただくのがいいと思います。それから、もしかして私の写真が全滅だったら、ホームページ用として、写真をお借りするかもしれませんので、よろしく。
●山上さん、尾田さんもひとこと書いていただけると、うれしいのですが(あっ、これは地平線通信用じゃなくて、インターネットでHARAPPAのログとして紹介する分です)。

(中略)●●報告会終了後、ロビーで『DAS』の打ち合わせをしていると、みんなが寄ってきて試し刷りを手に取り、「あっ、もうできたんだ」(^^;。長いこと「オオカミが来た」ばかりだったんで、うれしいんでしょうね。評判は上々です。カッコイイ、という声もありましたね。
花岡・長野●最後は打ち合わせを兼ねて、武田君、山上さん、尾田さん、加世田さん、そして終わってからロビーに出現した長田さんと共に、いつもの居酒屋へ言って、おしゃべりしました。考えてみれば、いつも山上さん、尾田さんとは立ち話だけ。ちゃんと話をした(とはとてもいえないけど)のは、おとといが初めてでしたね。尾田さんの自転車が、カッコよかった。欲しいです(^^;。
●なんか、中途半端になってしまったけど、今後ともよろしくお願いします。

【写真】ジャカルタに2年間赴任していた花岡君(左)が帰国。ひさしぶりに元気そうな笑顔を見せてくれた。右は、盟友の長野亮之介画伯。



7578 [96/06/04 14:08] MHF01041
山上:ちょっとご無沙汰です

(略)報告会の話ですが、今回正直言いまして小嶋さんご本人が登場された時、驚きを感じました。白髪で屈強な肩幅を持つ貫禄ある紳士という感じというとちょっと変ですが正直もっとお若い方かなと思ってました。

 しかし、報告を聴いて行くうちに、その驚きの種類が変わってきました。「凄い」というまたいつも報告会で感じるゾクゾクした爽快感がしっかりと味わえたのが印象的です。犬ぞりという世界への無知さも伴って、ひとつひとつに驚き、頷き、笑い、感動しました。隣にいた尾田さんが帰りに言った事が又印象的でした。

いきいきと語る小嶋さん 「毎回毎回、なんでこんな感動するんだか、困っちゃうよね。凄い人ばかりだぁ。」

 私たちも厳冬期の北海道で幕営生活をしたり、日本縦断やら長期の幕営ツーリングやらをしてきたり、そういう仲間と今も良い関係を続けています。そんな中で当然自分よりも凄い旅人が沢山いて、彼らの話を聴く事が楽しくて仕方がないという事があるのですが、報告会を含めて、地平線に参加するようになって気持ちがいい位刺激に包まれる事が増えています。この日もその一つでした。

 まず犬橇。私は植村直己氏の本を読んだ位で、その前提知識しかありません。犬のつなぎ方や、調教の難しさ、橇の構造やメンテナンスはうっすらと雰囲気が感じれました。しかし、スポーツとしての、競技としての犬橇はまた別の世界での難しさも多いような感じで、それこそ植村氏は鞭の扱いが重要だという事が生死を分ける点は、鞭を使用してはいけないという動物愛護の視点とは大きく違いましたが、逆に犬の気持ちと強調しながらという面で、素晴らしいスポーツ性が感じられます。アラスカに家を借り、ボランティアの人たちへの感謝の気持ちと共に餌に苦労する話、眠る事なく走り続ける辛さと楽しさ、何物にも代え難い風景との出会い、マッシャー仲間の話など、本当に盛りだくさんでした。

 それにしても1レースに出る為の資金には驚きです。1000万円以上、ですか。これはパリダカのような村が移動するようなスタイルで、サポート隊の構成や、それよりも氷の荒野を冒険するスポーツというジャンルでは致し方ないのかもしれません。

 また、靱帯を切られた上に出場されたり、今回も病院から抜け出し(?)て迄報告会に来られて、その熱き血潮を感じる数時間でした。1冊の素晴らしい冒険本を読んだ後のような気持ちで、その後の丸山さんや武田さん、長田さん、加代田さん、尾田さんとのHARAPPA-2次会に流れる事ができました。(^^)

 武田さん、お顔は毎回見かけておりましたが、やっとお話する事ができました。(^^)
 長田さん、遠いのにお引き留めしてしまってすみません。著書買ってみます。(^^;)
 加代田さん、初のご挨拶でした。F関係だと社内メールが使えますね。(^^;)

    簡単ですが、感想はこんな所で。またちょっと沈没します。(^^;)よんきち



to Home to Hokokukai
Jump to Home
Top of this Section