■第454回、今年一発目となる地平線会議報告者は、アイルランドで開催されたアドベンチャーレース「Itera Expedition Race IRELAND 2016」への参加を果たした杉田明日香さんだ。アドベンチャーレースとは、山、川、海、洞窟といった大自然を舞台に、あらゆる冒険技術を駆使しながらゴールを目指すレース競技。特徴は、1班4人で数日間行動を共にするチームレースというところにある。
◆コースなど競技の詳しい内容は事前に公開されることなく、スタート前に発表される。自然をフィールドに行われるこの競技では、気象などあらゆる条件に左右されることからレース中の急なコース変更も珍しくない。個人の技術や体力にとどまらず、そのさらに上の次元にあるものが求められる。そんな世界の大会に、思い立ってから5年、アウトドア経験ゼロからの参加を実現してしまった明日香さん。たったの5年、されど5年。目標は世界。強い熱意と根気がなければ達成し得なかっただろう。無論「やってみた」という次元ではない。そんな彼女から、一体どんなお話が聞けるのか。
◆いつのまにやら“スーパー・ストイック・アスリート”の明日香さんを想像していた私は、登場した彼女の女性らしいワンピース姿に意表を突かれた。華奢できれいなお姉さん、という印象。どうやら報告会の前には結婚式に出席されていたのだとか。だがそれにしても彼女から「アドベンチャーレース」なんてゴツいワードを連想するには難しかった。雰囲気も気さくで朗らかで、報告者と聴衆という線引きを感じさせない親しみやすさ。
◆明日香さんは報告が始まるやいなや、こんなことを言った。「始めて5年で世界の大会に出たことは「すごい」ことではなくて、その時その時を純粋に楽しんだ結果だと思っています」。これを聞いてハッとしたのは私だけだろうか。アドベンチャーレース、世界大会……。眩しい言葉に惑わされていた先入観を取り払ってくれたのが、この一言だった。
◆ 明日香さんの報告はアドベンチャーレースを軸に、ひとつの大きな「主題」を表現していた。それは日々出会う「あ、うれしい!」の気持ち。「「あ、うれしい!」を集める人生を歩みたい」と語る彼女は、慌ただしい日常の中ではつい見逃してしまうような、小さな幸せを拾い上げることを惜しまない。それは春の夜の匂い、鯉のぼりのお腹、感動した俳句……。数えきれないほどの「うれしい」瞬間を、報告の中で紹介してくれた。その直感こそが彼女をアドベンチャーレースへと導き、そこでまたたくさんの「あ、うれしい!」を発見したという。
◆明日香さんは興奮を含んだ口調で生き生きと語る。「この瞬間、たまらなく好きなんです!」彼女が国際大会と出会ったのは、アドベンチャーレースの世界にいざ踏み込んで間もないころ。きっかけは「鋸山アドベンチャーフェスタ」というイベントの中で観た、ある海外レース報告会の映像だったという。ボロボロになりながらも、チーム4人で互いに支え合い、荒々しい自然を駆け抜ける選手たちの姿。大自然の中に、彼らだけがポツンと映る風景。その映像に惹かれると同時に、明日香さんは自身の奥底から沸き立つ熱いエネルギーを感じたという。「次の瞬間、『私も国際大会に出る!』とこの時に決めていたのだと思います」
◆明日香さんはアドベンチャーレースを共にした仲間の存在を強調する。レースに参加するためにはまず、3人のメンバーを探さなくてはならなかった。彼女はその時も、スキルの高さや体力は二の次で、何より「この人と一緒に出たい!」という第六感を頼りにしたそうだ。このレースでは自分と相手の得意や苦手を、補い合い、認め合わなければうまくいかない。でも仲間と一緒なら、自分の限界も一緒に乗り越えることができる。
◆そのよろこびは、アドベンチャーレースだけのものではない。普段は特別支援学級のお仕事に携わっているという明日香さん。聞くことや話すことが苦手な子供たちと向き合う中で、日頃からそうしたよろこびに出会うのだという。「自分はこれが苦手だけど、あれならできる」子供たちと話し合いながら、すき・きらい、にがて・とくいを通して、自分はどんな人間なのかを考える。その過程は人と人が支え合って生きるための第一歩だ。
◆自分を知ることと同じように、相手のことも知る。力を合わせれば、どんな可能性も広げていける。彼女曰く、アドベンチャーレースにもそうした魅力を感じるのだとか。そしてそれこそが、彼女にとってレースのもっとも楽しい要素なのだそうだ。そんな明日香さんは、メンバーと初めての顔合わせで早速「〇〇さんのこと教えてねワークシート」というものを用意した。お互いを知るきっかけを自らつくったのだという。
◆メンバーも集まったところで、本番までのこり4か月とすこし。メンバーそれぞれが社会人ということもあって、思うように時間を取ることはできない。4人揃って山で練習できたのはなんとたったの一度だけ。あとは各自の自主練習にお任せだったというから驚きだ。レースで重要になるカヤックは、当時さらに厳しい状況だった。チーム4人ともパドリング経験がほとんどないにもかかわらず、本番のレースでは海や川を135km漕ぎ切ることが要求されていた。
◆転機は、横浜金沢カヌークラブの高須賀吾朗先生との出会い。高須賀先生は、チーム風神雷神の「監督」と言えるほどの、欠かせない存在になった。初めてカヤックに挑戦した日には、乗った瞬間に「沈」をしたチームメンバー。しかし毎週末、海で練習を重ねるうちに、6月には荒波や強風の中で14kmの距離を漕ぐことができるようになった。レスキュー方法やペアでの操法までみっちり教わり、ついに迎えた本番。計582km、5日間ノンストップの冒険が始まる。
◆レース1日目、初っ端カヤックで海を行く55kmのコース。強風、高波に煽られて、艇はなかなか進まない。悪天候により距離が短縮されることになり、大自然の有為転変に翻弄されるレースを味わう。続くステージも、湖と川を行くカヤックのコース。転覆にも屈せずうねる荒波を越えながら、水上で2日目を迎える。およそ35kmの距離を漕ぐのに18時間を要した。残念だがここではステージをスキップすることになった。全コースを完走した海外のトップチームは、このステージを丸1日以上かけて漕ぎきったそうだ。トンデモナイ。
◆3日目の深夜、マウンテンバイクに乗り換え、ケイビングが待ち構える洞窟へ向かう。ただでさえ寒い洞内を、膝ぐらいまで水に浸かりながら歩くシーンもあったという。洞窟を脱出し、再びマウンテンバイクで立ち込める濃霧を切りながら進む。4日目に突入する直前、マウンテンバイクを1日ひたすら漕いだところで、またもやコース変更。距離が追加され、そこからさらに100kmを漕ぐことになる。
◆ときにガソリンスタンドの脇やビルの隙間、道端で倒れこむように眠り、ときに90年代メドレーを歌いながら漕ぎ進む……。マウンテンバイクのセクション、続くトレッキングのセクションを終え、やっと一息ついたのは大雨の降る5日目の夜1時。ここでは時間合わせのために12時間待機した。レースのラストは、13kmのカヌーコースで円満に締めくくられる!と思いきや……。
◆ゴールまで残り2km、橋の下の波打つポイントで華麗に沈。ここまでのレースを記録したカメラは湖の底へ消えた(写真は全てこの一台に収めていた)。それから明日香さんはカヌーをこげなくなるほどの悲しみに打たれながら、5日間と3時間というタイムでゴール。号泣の涙は、カメラを失った悔しさの涙だった。こんなオチってあるだろうか。それでも、レース初めての快晴の空の下、念願のゴールはさぞ素晴らしいものだったにちがいない。レースを終えた4人の集合写真は、爽快なほどに弾ける笑顔だ。
◆チーム風神雷神にとって、カヤック技術を叩き込んでくれた高須賀さんの存在を語らずには終われない。「あなたたちのカヤックスキルを短期間で向上させ、アイルランドの海を漕げるようになること。これは、私自身の挑戦でもあるんだよ」という高須賀さんの言葉に、胸がいっぱいになった明日香さん。風神雷神は4人でレースをしていたのではなくて、高須賀さんもチームの一員だったのだと振り返る。高須賀さんは本番のレース中も、チーム風神雷神のGPSトラッキングをハラハラしながら見守っていたそう。
◆ 「いつかスポーツの国際大会に出て、ゴールで日の丸を掲げて写真を撮りたい!」遡ること約15年、中学生の明日香さんが抱いた夢だ。そして昨年、レースの前夜の明日香さんは、自分が今まさにその「夢」を叶えようとしていることに気付きハッとしたという。自身の中に芽生える感情をひとつひとつ拾い上げてきた彼女は、いつかの大きな夢と思いがけぬ再会を果たしたのだった。いつの間にかその夢が、目の前でひとつのカタチになろうとしている。固執だとか意地は、そこにはない。描いたまんまの夢。なんてすてきな体験だろうとわたしは想像した。それにしても、夢を叶える瞬間に立ち会うって一体どんな感覚なのだろう。
◆最後にわたしのことを少しばかり綴らせてもらいたい。今回こうして見開きのレポートを担当させていただいたのだが、じつは地平線会議に参加したのは2回目の新人だ。この春大学2年生になるわたしは、ほんの1年前は受験勉強に打ち込む1人の女子高生だった。夢中になれたものと言ったら、今通う大学へ進学するための受験勉強ぐらい。吹奏楽部で青春を謳歌したあとで、大学では早大探検部に入部するだなんて微塵も思わなかったし、こうして地平線会議という場に夢中になる自分を想像したことすらなかった。
◆しかし今、わたしが探検部や地平線会議に夢中になるのは、これまでずっと遠くにあった広い広い世界を近くに感じることができるからだ。どの報告も、結局は自分へと繋がっていく気がするのだ。背中を押される気がするのだ。出会う人出会う人の背景に、私の知らない世界が広がっている。それを感じるのがたまらない。
◆将来なにしたいのとか、就職どうするのだとか、堅苦しい質問が飛び交う中で純粋に惹かれるものといったら、小さい頃に図鑑や画面の中にみた地球を直に感じることぐらいだった。1万人を超える新入生が入り乱れる中で「探検部」という場を見つけた時、「ここでなら夢で終わらないよ」と囁かれたような気がした。ドキドキした。
◆なぜこんなことを語るのか。それは明日香さんの報告を聞きながら、見つけたこの環境でこの先もずっと夢を膨らませていけたら、叶えることができたら、と思ったからだ。まだ何者でもないわたしは、夢だってもっと自由に構想していいんじゃないかと思い始めている。なんだってできる気がする。明日香さんがアドベンチャーレースに感じた、ぐわーっと迫る熱いエネルギーを、わたしは探検部と地平線という場所そのものに感じている。
◆これからわたしは何を仕出かすだろうか。膨らむ期待と構想を胸に、また覗きに来よう。(下川知恵 早大探検部1年 19才)
■2017年、1月30日。AM1時。「これからの人生も『あ、うれしい!!』を探し続けたい。」「やりたいことをやるだけだ」。地平線会議での報告を終えて、家への道をポテポテと歩きながら、私の心はそう言っていた。報告会後、素敵な感想やご助言、ありがとうございました! ある人の「あなたは、実は匂いに敏感なんじゃないかな?」との一言から、「香り談義」になったことで、新たな気づきを得ることもできました。私はとってもとっても嬉しいです!
◆報告会の中で、風雨激しい中MTBで走っている選手の映像を流しながら「こういう所(荒々しい崖っぷちの所)を、選手4人で進んでいる姿、かっこよいですよね!私はこういう映像、大好きなんです!」という話をしていた時のこと。地平線会議の代表の江本さんに、こんな質問をされた。「あなたは、どっちが好きなの? “この風景の中に、選手として自分がいる時”と、“この風景の中にいる選手4人を、外から見ている時”と」という質問。私は「どっちだろう??」と自分の心に問いかけた。その場では、「どっちも好きです。」というような曖昧な返答をしたが、報告会からの帰り道、その問いかけの答えを考えていた。
◆私の答えは、こうだ。「やっぱり、どっちも好きです」。選手としてその風景の中に入り込んだ時には、その場の香り、風、色、音、空気感、、、そういったものをリアルに身体の五感(ときには第六感も)で感じられるから、好きだ。その“リアル”こそが私にとっての生きがいだ。「あ、うれしい!」の瞬間ともいえる。最高に幸せな時間なのだ。
◆選手4人を外からみている時は、「こんなどーんという大きな風景の中に、4人の選手が今、この瞬間に生きている」ということを感じられるから、好きだ。私は、果てしない地球の大きさと人の小ささとの余白の中に、時間の繋がりを感じることがある。初めてみる風景なのに、どこか懐かしくて、胸がきゅーっとなる。そんな瞬間は、運命を感じちゃうのだ。アドベンチャーレースの現場も、写真や映像も、そんな魅力が詰まっている。
◆これからやりたいこと。アドベンチャー・スペース(仮名称)を創りたい。いろんな分野の人たちで創る、場(リアルもインターネットも)を創りたいと考えている。現在、絶賛構想中。他にもやりたいことはいっぱいあるが、全部やろうと決めている。「あ、うれしい!」がいっぱい!! そんな人生にしたいのです!!【Adventure Race Team 風神雷神】キャプテン:杉田明日香
★以下は、明日香チームのナビゲーターで、会場では発言する時間がなかった武井さんからの「地図読み」についての寄稿です。
◆山で道迷い遭難しない。目的地までの距離と時間が正確にわかる。街でスムーズに目的地に着ける。などなどいろいろな良いことがあります。そして、私が1つ回答するなら、「アドベンチャーレースで勝てるチャンスを高めることができる」と答えます。
◆アドベンチャーレースはチームスポーツです。チームの中で地図を読む人を「ナビゲーター」といいます。私は風神雷神というチームにおいてナビゲーターをしています。アドベンチャーレースでは、地図をうまく読むことで、競技時間が短くなり、結果としてより良い順位を獲得することができます。
◆アドベンチャーレースは地図に記載された複数の場所(ポイント)を順番にいかに早く通ってゴールするのかを競います。しかし、ポイントの位置は地図に記載されていても、ポイントまでのルートは地図には記載されていません。つまりポイントまでの行き方は自由なのです。そこで重要なのが地図を読む力、「読図力」になります。ナビゲーターはポイントまでのルートを計画し、そのルート通りにチームをポイントまで導きます。ナビゲーターの読図力によってチーム行動が決まるため、成績も左右されます。
◆例えば、体力はあるが読図力がいまいちなAチームと体力がそこそこだが読図力は高いBチームが競った場合、Bチームが勝つことが多いです。Aチームは地図を読んでも迷ってしまい、行ったり来たりしているうちに体力と時間をどんどん使ってしまいます。しかし、Bチームは的確な読図により、最短のルートを通って、最小限の体力と時間でゴールすることができます。
◆このように地図が読めると、アドベンチャーレースで勝てるチャンスを高めることができるのです。体力だけでなく、頭脳(読図)も使うのが、アドベンチャーレースの面白いところだと、私は思います。
◆ぜひ、アドベンチャーレースに少しでも興味があるという方は、挑戦してみてください!! お待ちしています!【Adventure Race Team 風神雷神】ナビゲーター:武井正幸 (たけぷー)ブログ:たけぷー雑記帳(http://takepu.info)
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