■年末の報告会場は人でいっぱいになった。地、海、池、それぞれの「底」にまつわる報告。高校時代に丸山純さんに誘われてはじめた洞窟探検から、仕事での資源探査、近年取り組んでいる井の頭公園・井の頭池のかいぼりボランティアまで。それぞれの底の話を、いったいどんな流れで展開していくのか。旧友の丸山さんと話を掛け合いながら、興味津々の報告会がスタートした。
◆最初に映し出されたスライドには「地底線報告会」とある。一瞬、誤字かな?と思った。神谷さんは「これまでの私自身の活動を考えた時、この方がふさわしいかな」と、ユーモアを交えて、一番目の底、「地の底」の話が始まった。
◆神谷さんが地平線会議に初めて顔を出したのは、地平線発足当初の1979年。早稲田大学の大学院で資源工学について学んでいた頃のこと。78年に大学卒業、80年に大学院を修了した。その後、金属鉱業事業団に就職し世界各地で金属資源探査などを行ってきた。
◆大学進学から就職して資源開発に至る道筋は、高校時代に入部した地学部がきっかけだった。神谷さんは高校入学当初、馬術部に入部した。スクリーンには 馬術部で障害物を飛び越える神谷さんの姿が。馬術部の先輩からも素質を見込まれ「将来オリンピックを目指す人材」とまで言われた。しかし、丸山さんが書いた「ケイビングの手引き」で洞窟探検に魅力を感じ、地学部に転向。それから洞窟探検にのめり込んだ。
◆洞窟の魅力は人跡未踏の地に踏み込む楽しさ。 地学部では電気探査という先進的な調査手法も取り入れた。 電気を流して地底を探るものであった。76年夏、日本で一番深いといわれる縦穴鍾乳洞の白蓮洞で、洞窟探検の仲間が大雨で閉じ込められた。この時一緒に閉じ込められたテレビ局カメラマンが坂野皓さんだったこともあり、探検部仲間の恵谷治さんが救援隊として東京から駆け付けた。
◆高校地学部での洞窟探検を経て、大学では資源工学を専攻した。その後も洞窟探検を続け、日本ではワイヤー梯子による昇降が主流だった時代に、先進技術である「シングルロープテクニック」をフランスから初めて日本に持ち帰った。大学院のときにはフランスで研修し、学生最後の休暇を使って一か月間、ネパールでトレッキングするなど、洞窟探検と並行して山歩きも楽しんだ。
◆80年、資源開発に関わる政府系組織、金属鉱業事業団に就職して、資源に関わる仕事をスタートさせた。82年には休暇を利用してフィリピンのサマール島の洞窟も探検。初めての海外出張は太平洋のど真ん中で、海底資源の調査に一か月間参加した。人間の生活には、食料は不可欠だが、資源も必要。石器時代以降、道具を使い始めた人類は資源を活用して生きてきた、と。
◆私たちの身の回りにあるものと資源の関係について、データをもとに説明していった。資源とは、石油、天然ガス、石炭、ウラン、金属、セメントなどの非金属、宝石、バイオマス、さらには水、大気に至るまで、私たちの生活は様々な資源に依存している。しかし、日本は資源のほとんどを輸入に頼っている。
◆硬貨の材料にもなっている金属をはじめ、鉄の防錆処理に使われる亜鉛、自動車のバッテリーに不可欠な鉛、電気製品の基盤に必要な銅や金、ニッケル、錫、アルミ、カーテンなどの防燃材に使われるアンチモンなど、資源と活用事例が次々とスライドに映し出される。資源は私たちの生活に密接に関わっているのだ。
◆現在の国内鉱山の状況と神谷さんが発見に関わった鹿児島にある菱刈鉱山が紹介された。銅の生産はチリが世界第1位で、近年銅地金の消費量は電気製品の普及に伴って世界的に急増している。また、電気自動車や携帯機器に使われるバッテリーの材料としてリチウムの需要が急増している。チリのアタカマ塩湖では塩水中にリチウムが多く含まれるため、それを抽出して生産している。
◆スマホなど身近な電気製品は、チリの鉱物資源と切っても切れない関係なのだ。鉱山開発は、環境負荷も大きく、労働者や住民の人権にも関係しており、経済性に加え、多くの問題を解決しながら、進めなければいけないという。資源の利用事例、採掘方法、世界各国の採掘量や消費量など、大学の講義さながらのスライドは、データのグラフやフロー図を交えて次々進んでいく。
◆当たり前のように出てくる専門用語に、技術系の仕事を長年続けてこられた、経験と知識の厚みを改めて感じた。スクリーンには、チリの銅鉱山を撮影した映像が。 鉱山の採掘方法には2種類あり、露天掘りと、坑内堀りがある。最初の動画は露天掘り鉱山の採掘現場で、想像を超えるスケール感。それは3×4kmの楕円形状を深さ1km掘った巨大な穴。
◆その中をコマツの300トンダンプがコンボイを組んで鉱石や捨石を運んでいく。そして、巨大なショベルがダンプに鉱石を積み込む。普段見ることのできない現場の映像に、会場には驚きの声が。続いて、坑内堀りの現場。深い坑道の奥で、自動化された鉱石ローダーが次々と鉱石を運び出していく。クラッシャーという機械に大きな鉱石を流し込むと、大きな石が簡単に粉々になっていく。
◆粉々になった鉱石は、浮遊選鉱が行われ銅が濃縮されていく。露天掘り鉱山や使われるダンプ、ショベルのスケール感、クラッシャーの破壊力など、全てが想像を超えていて、現場の映像は圧倒的だった。2010年9月、神谷さんはチリのサンティアゴに赴任したが、ちょうどその時、チリの鉱山で落盤事故が発生、地下700mに閉じ込められた鉱山労働者33名の救出劇がテレビ中継されていた。
◆話は駐在員としての暮らしにも及んだ。初めての海外駐在はロンドン。ロンドンのシティーは世界の資源開発の投融資と金属取引の中心地。築100年の古いレンガの家で暮らした。2度目の駐在はオーストラリアのキャンベラ。家族で暮らすには住みよいところだが、独身者には退屈な所かもしれない、と。2002年1月には大規模な山火事が発生、自宅から5キロの所まで火の手が迫ってきた。避難するか迷うほど、恐怖を感じたそうだ。
◆3度目の駐在、チリのサンティアゴへは最初は単身赴任だったが、その後日本から高校生の娘さんが来て、一緒に生活した。アンデスの山々から朝日が差し込む高層マンションに暮らした。娘さんが撮影した自宅マンション内の動画も映され、神谷さんの駐在員生活を垣間見ることができた。
◆娘さんはチリ滞在中にパタゴニアを訪れて、帰国後は大学のサークルで本格的に登山を始めた。昨年の夏には山岳登山研修で北アルプスの剣岳に行き、講師の谷口けいさんに教わったそうだ。偶然にも、けいさんと娘さんとは山で交流があった。「12月22日に大雪山系黒岳で滑落事故のため亡くなった、谷口けいさんのご冥福を祈りたい」と述べて一旦休憩に入った。
◆後半は、二番目の「海の底」に関する話題に。海底資源探査について、神谷さんが登場するNHKスペシャル「ジパングの海」(2013年9月放映)を紹介。神谷さんが日本代表団として、ジャマイカに本部を置く国際海底機構に出向き、公海海底のコバルトリッチクラストの探査権を申請するものだった。映像に神谷さんが登場すると、会場からは「おぉ」「かっこいい」という声も。
◆高校時代に丸山さんが書いた「ケイビングの手引き」がきっかけとなり、地学に興味を持った。その神谷さんが日本代表団として海底の資源探査を申請したことを思うと、高校時代の出会いに感慨深いものを感じた。会場では深海底調査で採取した資源のサンプルが回覧された。海底資源には大きく3種類ある。マンガン団塊、コバルトリッチクラスト、海底熱水鉱床。マンガン団塊は握りこぶしほどの黒い塊で予想以上に軽く、海底熱水鉱床は重く感じた。
◆コバルトリッチクラストはアクリル樹脂に封入された標本だった。日本の経済水域は世界第6位の広さだ。意外に広い経済水域には、多くの海底資源が眠っている可能性があり、調査船「白嶺」を使って深海底を探査している。水深5000mを撮影した映像には、泥の海底に、握りこぶしほどの黒い塊がゴロゴロ転がっていた。サンプルで見た、マンガン団塊。海の底の黒い塊と手元にあったサンプルがリンクして、不思議な気持ちになる。人跡未踏の深海底にあった黒い塊がはるばる会場に来ているのだ。
◆水深2000mのクラスト鉱床、同じく海底2000mの熱水鉱床の映像が流されていく。チムニーと呼ばれる、上に向かって伸びる煙突形状の鉱床から、ブラックスモークと呼ばれる鉱物資源を多く含んだ熱水が噴き出ている様子は興味深かった。熱水鉱床周辺では熱水に含まれる硫化物の影響で、バクテリアが豊富にあり、それを捕食する甲殻類のゴエモンコシオリエビやカニの仲間、魚など、多くの深海生物がいる。海底の資源開発でも、環境へのダメージを抑えることが求められる。
◆地の底、海の底、に続いて、三番目の「池の底」へ。井の頭公園・井の頭池のかいぼりボランティアについてだ。2014年1月、東京都の環境改善事業の一環で井の頭池は27年ぶりにかいぼりが行われた。目的は2つ、水質改善と外来生物の駆除だ。ポンプで水を抜くと、池の底には、200台を超える自転車をはじめ、中型バイクや傘など大量のゴミが沈んでいた。また、ブラックバスなど特定外来種の生物も数多く生息していた。
◆昔、水草の除去のために導入したといわれる1m近いソウギョも獲れた。たも網や投網やかご罠を使って捕獲し、仕分けして在来種を残す。また、冬場、アメリカザリガニは冬眠で捕獲できないため、夏場にフローターに乗って池に入り、かご罠を使って駆除する。季節を通して活動をしていると、井の頭池の生態系が見えてくるそうだ。
◆日本全国で問題になっているミシシッピアカミミガメも目立った。そして東京都の絶滅危惧種に指定されているニホンイシガメは、クサガメとの交雑が確認されている。クサガメは江戸時代頃に中国から入ってきた種と言われており、2015年からは外来種として駆除の対象になった。ヘラブナも品種改良種なので駆除対象だ。2014年のかいぼりで水の透明度が上がり、夏には水草が一時的に再生した。水草のある昔の環境に戻すことは重要な目標だ。
◆その他、ボランティア隊で遠征した、横浜市の三ツ池公園の池でも、バケツいっぱいのウシガエルのおたまじゃくし、ブルーギルの子など、その他の地域でも外来生物の繁殖力が印象的だった。井の頭公園では、かいぼりの啓蒙活動で、スジエビ、テナガエビ、モツゴなど、在来生物を展示している。2015年11月からは弁天池のかいぼりも行われており、弁財天付近の湧水を水中撮影し、「井の頭池の底で、こんこんと水が湧き出ていたのは、ちょっと驚きでした」と神谷さん。「これも一つの『チテイセン』ですね、こちらは『池』ですけど」と締めくくった。
◆高校時代、馬術部のエースだった神谷さんが、丸山さんの文章に吸い寄せられて地学部に入った。洞窟探検に出会い、鉱業の道に進んでからは、世界各地の「底」を探査している。子どもの頃から身近だった井の頭池。そのかいぼりも地球の底を探検する行為のひとつ。高校生の時に目覚めた探検の心は、井の頭池のかいぼりでも生きている。映像、写真、資源サンプル、現場の貴重な記録。神谷さんの知識と経験。 三つの「底」が神谷さんの探検的な好奇心で一つに繋がった。 それら全てが2時間半に凝縮されていて、年末の報告会に心地のよい達成感を届けてくれた。(山本豊人)
■人生を振り返り浮き上がってきた言葉は「底、底、底」でした。「底」は普段目に触れないけど、人間の生活を支えています。その見えない底を追い求めてきました。洞窟探検に始まり、仕事は鉱山開発。洞窟探検は、この狭い日本でも人跡未踏の空間を発見する可能性があります。人間の生活、経済活動に必須なエネルギー資源や鉱物資源の鉱床は地底のどこかに隠れており、未知の鉱床を探すことは探検そのものです。
◆底の世界は、普段我々の目に見えないけれど、重要な役割を演じているのです。報告会では、こうした見えない底の姿を紹介したいと思いました。特に、資源については、日本は消費する資源のほぼ全量を海外からの輸入に依存していることと、こうした資源がハイテク製品や生活の隅々で利用されているということを伝えたいと思いました。口だけではうまく説明できないと思ったので、ちょっと難解な図表を使ったことをご容赦ください。
◆10年に及ぶ海外生活を経験しましたが、2年前、水質が悪化し外来魚ばかりになったご近所の「井の頭池」が目にとまりました。そして、自然の池への再生に向けた「かいぼり」事業にボランティア参加することになりました。「池底線会議」の始まりです。地平線のかなたの資源開発と、身近な井の頭池を見ながら、人間と自然との共生を模索していきたいと思っています。井の頭池は、これから3月までかいぼり中で、池底と生き物たちが見られる貴重なチャンスです。池の横にある白いテントの「かいぼり屋」にもぜひお立ち寄りください。(神谷夏実)
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