2014年10月の地平線報告会レポート


●地平線通信427より
先月の報告会から

素朴なギモンの深層

樫田秀樹

2013年10月24日  榎町地域センター

 10月の報告者は9月に『悪夢の超特急―リニア中央新幹線』(旬報社)を出した樫田秀樹さん。多くの問題を抱えているにも関わらず、ほとんど報道されないまま工事実施計画が認可されたリニア中央新幹線(以下、リニア)について、取材時のエピソードを交えながら話してくれた。

 念のためにおさらいをすると、JR東海(以下、JR)が計画するリニアは、超電導磁気浮上式(磁石の反発する力を利用して動かす)の新しい新幹線で、最大時速は500キロ以上。東京−名古屋間を40分、東京―大阪間を57分で結び、2027年に名古屋間、2045年に大阪間までの全線開通を目標にしている。

 冒頭、樫田さんはリニアの問題点をまとめたアニメ『リニア中央新幹線がやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!』を流した。関係者の間で爆発的に見られているビデオだといい、下記のような問題点がコンパクトにまとめられている。(アニメはyoutube でも見られます)

◎消費電力(JRの発表では現行新幹線の3倍。スピードは約2倍なのでエネルギー効率が悪い。もっと電力が必要だという試算もある)◎建設費(9兆3000億円。JRが全額負担)◎電磁波の影響◎環境破壊(南アルプスを貫通し、中央構造線と糸魚川静岡構造線が交差する土地を通る。86%は地下トンネル。運転は中央制御室からの遠隔操作なので事故があっても現場判断ができない。大井川の水量が毎秒2トン減ると言われている)◎生態系への影響◎残土(運ぶのに千数百万台のトラックが行き交う。ウラン鉱床にあたる可能性もある)◎収益(2013年9月に山田佳臣社長(現会長)は「絶対にペイしない」と述べた)◎利便性(少なくとも2045年まで名古屋から先は乗り換えないといけない。中間駅も現状では不便)

 樫田さんがリニア取材を始めたのは1999年。走行実験のために農地を手放した山梨県の農家らが「私たちは騙された」と声をあげたのがきっかけだ。農家らは大阪までリニアが開通すると考えてやむなく土地を明け渡したが、実験が繰り返されるばかりで本線の工事は一向に始まらなかった。JRは国家プロジェクト、国は民間プロジェクトであるといって、どちらも金を出す気配もなく、実験で技術を高めて海外に輸出するのが落としどころだと言われていたという。

 話が急展開を見せたのは2007年12月。JRが突然、自費でリニアを建設すると発表した。1980年代には3兆円、90年代には5兆円と言われていた予算は9兆円に拡大。かつて反対運動をやっていた住民たちが山梨県で市民運動を立ち上げて少しずつ活動を始めたため、樫田さんも「チビチビ」取材を再開した。

 「というのも、JRが広告を出しているせいか、どこの雑誌も扱ってくれなかったので思い切った取材ができなかった」(樫田さん、以下同)

 東京、神奈川、山梨、静岡、長野、岐阜、愛知の一都六県にまたがるリニア計画。樫田さんは各県で取材した住民らの写真をスライドで映し出しながら、その土地が直面する問題点についてコメントしていった。

 山梨県では、2008年に実験線の延伸工事が始まってからわずか1、2年で、あちこちの川や沢が枯れたという報道が出るようになった。そのひとつが上野原市秋山の無生野地区にある「棚の入沢」。簡易水道の水源だったが、樫田さんが11年に訪れると一滴も水が流れていなかったという。

 樫田さんを現場に案内したのは、地元の家具職人・有馬孔志くんだ。彼は山梨県が実験線の誘致を決めた1989年に生まれ、物心つく前から家の前を毎日トラックが行き交う環境で育った。中学生になる頃から、なぜ自分の村は振動や騒音にさらされているのか、何のためにリニアを作るのかと疑問に思ってきたそう。樫田さんのブログを見て「いままでリニアについて何の情報も発していなかったことが計画を野放しにする結果になってしまった」とメールをくれたといい、他県で活動している住民らとの交流も続けている。

 長野県大鹿村は、NPO法人「日本で最も美しい村」連合に加盟する風光明媚な土地だが、トンネル工事で発生する残土の行方が問題になっている。「各地でいろんな問題があるが、どうしても見捨てておけないのが残土問題」と樫田さん。東京―愛知間のトンネル工事で排出される残土は約6000万m3。東京ドーム一杯が100万m3なのでドームで計算すると60個分、ちょうど諏訪湖を埋められるだけの量がある。このうち大鹿村で出る残土は300万m3で、運搬のために一日最大1736台のダンプカーが通る試算だ。通行時間を午前8時から午後5時と仮定すると1分間に3台以上。村の狭い道路をこれだけのトラックが行き交えば間違いなく交通阻害が起こり、住民は10年以上にもわたって振動や騒音、土ぼこりや排気ガスにさらされる。子どもは外で存分に遊べなくなり、観光客の減少も予想されるという。

 大鹿村の山根沙姫さんはIターン2世で山が大好きなママさん。ある日、小学生の子どもがリニア推進の下敷きをもらってきて驚いたのがきっかけでリニア問題に関わるようになった。是も非も分からない子どもにこんなものを配っていいのか。山根さんは全戸を訪ね歩いて調査を実施し、その結果を機関誌「リニアを考える新聞」にまとめた。なかには意見の異なる人もいるが顔の見える付き合いを続けているという。

 2013年9月、JRが2年間かけて行った環境アセスメントの結果を見て、にわかに焦り出したのは静岡県。大井川の源流部にトンネルを掘るため、水量が毎秒2トン減少する予測であることが判明した。牧ノ原市の西原市長は「市は水源を100%大井川に頼っているのに2トン減ったら私たちはどうなるのか。しかも本当に2トンで済むのか。JRは真摯に向き合って欲しい」と訴える。静岡市議会の自民党幹事長の繁田さんも「静岡のお茶は大井川が育ててくれる。朝に出る靄が生育にいいのに水量が減って靄が出なくなったらお茶産業にとっても大問題。絶対に環境保全をやるべき」と言う。

 静岡県には残土置き場も想定されている。トンネル工事で出る残土の8割は搬出先が未定だが、残りの2割は大井川源流の河原6カ所と標高2000mの稜線上に置く計画だ。しかし、河原に置く土は雨が降ったときに水を濁らせ、山に置く土は山体崩壊を招く危険性があるという。そもそもどうやって山の上に土を運ぶのかと疑問に感じたが、山の地下にトンネルを掘ってベルトコンベアを設置して残土を山の上に持ってくるという、なんとも驚くような計画だそう。南アルプスは2014年に世界遺産の前段階であるエコパークに登録されたが、「10年後には残土が積まれている。エコパークの登録がどうなるか見物だ」と樫田さんは言う。

 岐阜県には日本最大のウラン鉱床がある。もし、トンネルを掘り進めてウラン鉱床にぶつかったら、ウラン残土が出てしまう。樫田さんは人形峠を取材した数年前、田んぼの近くに野ざらしになっているウラン残土の山を20カ所くらい目撃したそう。携帯した放射線測定器を近づけると、年間1ミリシーベルト以上を計測。同じ人形峠にある低レベル放射性廃棄物の保管庫では同程度の廃棄物が厳重に保管されているが、この違いは何なのか。

 「廃棄物は原子炉等規制法で縛られている対象物だが、ウラン残土は当てはまらないので法律上はその必要がない。50年経っても一旦掘り出してしまったものは放っておくしかない」

 リニアのトンネル工事でウラン残土がでた場合はどうするつもりなのか。樫田さんがJRの岐阜県の環境保全所に訪ねたところ、「東日本大震災の放射能汚染瓦礫の処分法を参考にする」という回答があったという。

 「つまり、県外に持っていってくれる自治体を探すということを示唆した。これをある週刊誌に書いたところ、広報を通さないで取材をしたということで、以後JRからは取材を拒否されている」

 樫田さんの話を聞いた限りでは、リニア取材は要所要所で壁にぶつかるような印象だ。今回の著書も、もともとは別の某出版社から今年3月に出る予定で、翌週には書店に並ぶという段階で取りやめになってしまった経緯がある。

 「過激なタイトルが上部団体の某大学の関係者の目にとまり、そこで初めて中身を読んだらしく、これは駄目だということになった。大学の関係者や卒業生にも鉄道や超伝導技術の研究者がいるのに、この本の内容が大学の意見だと思われるのは困るという理由だった」。

 その後、半年にわたって出版社を探しまわり、ようやく出版にこぎつけたのだという。なかなか出版元が決まらなかった理由の一つは「あまり知られていない問題だから部数が読めないこと」だったそう。

 各県でさまざまな問題を抱えるリニア計画。だが、「リニア計画で一番問題なのはリニアの技術そのものではない、推進の仕方だ」と樫田さんは言う。住民説明会を開いても、時間が来たら打ち切り。「質問は3問まで」などと制限があり、再質問は受け付けない。公開討論会は一度も開かれていない。反対運動を報じるのもわずかな地元紙だけだ。

 樫田さんはこれから起こると予想される水枯れと立ち退き問題(東京─愛知にかけての200〜300世帯)に触れて、いったん話を終えた。

 江本さんは「どのメディアもひと言も発信していない問題に切り込んだ彼の姿勢を評価したい」とまとめて、この報告会に参加していた各界の専門家(?)にマイクを回す。

 まず、某出版社の岡村隆さんは発売に至らなかった幻の本を持参し、経緯を話してくれた。そのタイトルは『リニアに乗って日本を壊そう!』で、帯の惹句もかなり過激。「体力のない出版社が本を売るために刺激的なほうに走ってしまった。中身とも違う羊頭狗肉の形。部下が担当したものだが、私の監督不行き届きで迷惑をかけて申し訳なかった。結果的に私どもの本より丁寧なつくりでいい本になっている」

 国土交通省関係で防災を専門にしている花岡正明さんは、自分の管轄ではないことを前置きした上でこう話した。「東南海地震に備えて、東海道新幹線以外の輸送手段があるといいと考えていたが、飛行機程度の運送能力しかないと分かった。しかもフォッサマグナもあるのに、本当に掘れるのかと心配している。技術的に相当難しいところを選んでしまったという感じがする」

 地学教師の三輪主彦さんは、「危険性のあることについて事前に話してくれたことは素晴らしいことだ」と讃えた。「東海道新幹線のためにトンネル工事をしていた最中に北伊豆地震が起きて、丹那断層が1メートルずれたことがある。列車が通っていないときだからよかったが、それくらいのことがあることは承知しておいたほうがいい。リニアは地面から10センチ浮上させるのも問題で、自然界に反している。自然の中にモデルになるものがない大変な技術で、浮き上がっているから止めるのも大変。磁力で持ち上げるので電磁波が出るが、その影響は全く分かっていない。分からないまま進んでしまっていいのかなと感じている」

 鉱山開発に詳しい神谷夏実さんは「技術的にはチャレンジングで面白いと思う。ただ、ディスコミュニケーションを感じる。開発をするときには地域社会とのコミュニケーションが一番大事とされているが、うまく取れていない。昔の成田空港も、原発もそうだった。もう少し丁寧にやるべき」と話した。

 最後に樫田さんはこんなエピソードを話した。リニア計画では非常口を平均5キロ間隔で設けているが、一番離れているところでは20キロほどの距離がある。もしその真ん中で緊急停止した場合、運転手もいないのにどうやって1000人もの乗客を避難させるのか。そう質問した際のJRの回答は「周りのお客様同士で助け合っていただきます」とのことだった。

 「何かあったときに助け合うのは当然だが、自分がパニックになっていたらどうしようもない。JRとして最悪の場合をどうシミュレーションしているのか聞いているのに、安全です、問題はありませんといって説明を打ち切ってしまう。私はただ、ちゃんと話し合おうと言っている。必要なのはコミュニケーションだ。でなければ事故があるまで問題を認識されなかった原発の二の舞になってしまう」。(菊地由美子


報告者のひとこと

事故や問題が起こってから伝えるのではなく、その前に話すことの意味

■もしかしたら、江本さんから「報告会で話せ」との電話が来るかもしれない。そう思ったとき、地平線ポストに投稿するための送信ボタンをクリックする手が止まった。リニア中央新幹線についての本を出版したとのお知らせがポストに載ればそれで十分と思っていたからだ。

 そもそも、リニアのことなんか地平線報告会のネタにはそぐわないし、個人的な体験でもない。しかし…。ちょっと考えた。地平線会議はここ数年間、原発絡みのネタで報告会を実施している。それはひとえに事故が起きたからだ。事故が起きる前から、少数の住民、少数の研究者、少数のジャーナリストはその危険性に警鐘を鳴らし続けていたが、それは国やマスコミだけではなく、一般住民も軽視していた。

 10月17日に国が着工認可をしたリニア。日本史上最大規模の水枯れと残土排出が起こる。品川から名古屋までの約9割がトンネルなのに、万一緊急停止した場合の脱出計画も確立されていない。あの成田空港の三里塚闘争に次ぐくらいの家屋や田畑の強制収用が起こる。すごい問題だ。だが誰が継続的に取材しているかと言えば、私を含めたフリージャーナリスト2人だけ。なんだ、これは。

 あるテレビ局は「問題は分かるけど、実際に事件や事故が起きてからでないと取材できない」と言った。逃げである。山梨県のリニア実験線では既に水枯れと処理できない残土が発生している。メディアは大スポンサーであるJR東海を恐れている。 

 と振り返った時、地平線会議という場で、何か事故や問題が起こってから伝えるのではなく、その前に話すんだ、声を出すんだという事実を作っておくのは悪くないと思い、送信ボタンをクリックした。同じ思いを抱いていたのであろう。数日後に江本さんから「話せ」の電話が来た時には即答で引き受けた。ただし、あまり面白い話にならないであろうことは予想済みで、実際、いつもの報告会とはそれなりの温度差があったと思う。そこらへんはご勘弁ください。それでも、会場からはこの問題を懸念する発言が、かれこれ30年来の付き合いである地平線仲間から寄せられ、みんなそれなりにいろいろと考えて生きているんだとの共感を覚えた。また、置かせてもらった拙著はほぼ完売。本を買ってくれた皆さん、ありがとう。

 それにしても、リニアの品川・名古屋開通は2027年、品川・大阪開通は2045年。うわあ、そのとき、オレ何歳になってんだと考えるとゾッとする話である。ただ、これだけインターネットが普及しても、世の中にはまだまだ知られていない事実がごまんとある。現場に行く、人に会う、人から話を聞く。東京から名古屋、そして大阪の間でそれを繰り返していたら、いつかはお金が尽きるが、ここで中途半端には終われない。

 とはいえ、11月下旬から3年ぶりにマレーシア・ボルネオ島の熱帯林に出かけてきます。これで26回目でしょうか。(樫田秀樹


報告会の現場には、公式の場にはない最先端の議論があった!

■樫田秀樹さんの発表から数日後、JR東海の中央新幹線着工に関わるホームページを閲覧しました。環境事業についての資料や具体的な建設過程の構想など、沢山の資料を見ることができます。正直言って半分くらいしか理解できないし、疑問も持ちづらい内容です。前情報なしに資料を読んでいたら、新幹線の着工にはデメリットはそれほどないか、安全な範囲であると考えていたかもしれません。地平線で聞きかじった知識を元にコールセンターにも疑問を投げかけてみました。面倒そうにしない女性の明るい声。悪い印象は持ちませんでした。

◆ホームページを見た理由は、樫田さんの「リニア建設の問題点は技術面ではなく推進のしかた」という言葉が気になったからです。普段の生活もある地元住民一人一人が、着工への知識を備えるのは難しい。だからこそ質問会や意見交換の席が設けられているのだと思います。質問を再度受け付けない、時間で区切ると言ったJR東海の裏話は、ホームページで見ることはできません。

◆先月の地平線会議には、そうした公式の場には出てこない最先端の議論があったように思いました。報告会終盤で様々な分野の方が意見を交わしている様子に、途中からメモを取ることを忘れました。砂防フロンティア研究所の花岡正明さんが工事における技術面のむずかしさを唱えた一方で、大井川の水が毎秒2トン減ることについての現実的な見解も見せていました。一緒に来ていた水文地理学専攻の友人もしきりに頷いていました。地学の専門家の三輪主彦さんの「物体を70cm浮かせるのは、自然界に反することです」という発言には、ハッとさせられました。

◆飲み会の席では江本さんが「これが地平線なんだよ」と嬉しそうに語る姿が印象的でした。お話したのは初めてでしたが、このような発表の場が30年以上も続いていることには驚きましたし、あり続けてほしいなあと思いました。まだリニアの問題が世間で騒がれていない頃から取材を続けていた樫田さん。大きな問題であるのに社会で騒がれたのはつい最近に思えます。99年の山梨県の実験線受け入れから疑問を持ち続けていたアンテナと、追い続ける根気を素直に尊敬しました。飲み会の席では非常に物腰の柔らかな方だっただけに、熱の入った発表からは、一冊の本に取材活動を纏めて発表を行うまでの苦労や、建設予定各地の現状を伝えたいという思いがあったように感じました。興味深いお話をありがとうございました。

◆申し遅れましたが、私は法政大学探検部5年の滝川大貴と申します。今年の春ごろから地平線に来るようになりました。スリランカ遺跡調査の岡村隆さんの後輩にあたり、2010年の発表では一回生隊員として、少しだけ発表に携わったことがあります。現在は南米の巨大猿にまつわる伝説を調べていて、来年1月から3月までベネズエラの密林に行く予定です。環境問題と猿の行方は密接で、樫田さんの発表を見て、環境破壊という方向からアプローチをしてみることを思い立ちました。(滝川大貴


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