2013年12月の地平線報告会レポート


●地平線通信417より
先月の報告会から

チュコトのサムライ

服部文祥

2013年12月27日  新宿区スポーツセンター

■12月、年の暮れの報告会。報告者は、1月にも登場した服部文祥さんだ。2013年は、服部さんで始まり、服部さんで終わる!今回の話は、NHKBSプレミアムの特別番組「地球アドベンチャー・冒険者たち」(「北極圏サバイバル・ツンドラの果ての湖へ 登山家・服部文祥」14年1月2日放送)の企画で行った北極圏での、偶然出会ったトナカイ遊牧民「ミーシャ」との旅。極東ロシアの北極圏(チュコト自治管理区)には、350万年前に隕石が落ちてできた隕石湖(エル・ギギトギン)があり、氷河期に深い所で環境に適応して生きていたイワナが、28年前に新種として発見された。そこで企画は、「(人力では)前人未到のツンドラの奥地を、遊牧民にツンドラでの生活技術を学んだ『サバイバル登山家』が徒歩で旅して、幻のイワナを釣る」というもの。ディレクターは、映画『プージェー』でおなじみの山田和也さん(服部さんが話しにくいだろうと、報告会は欠席。二次会に来られました)だった。

◆開始時刻に会場はいっぱい。「放送前のため、ここだけの話に」というお願いのあと、服部さんの報告が始まる。「何度も聴いた人もいるかもしれないけど……」。まずは「自分は何者か」の自己紹介から。今回の旅は、特にバックグラウンドが重要なのだ(詳しくは、ご著書や、290、351、405回の報告会レポートを!)。登山を始めたのは大学の時。本多勝一に憧れて「書きたい、表現したい」という俗な気持ちから、自分にとっての「現場の体験」を求めてのことだった。しかし登山は服部さんの身体に合っており、夏は藪漕ぎ、冬はラッセル。自然の中に隔絶される行為にのめり込む。

◆「ラッキーだった」と言うのは、「山登りで一旗あげたい」と危険な登山を続ける中、96年(26歳)にK2登山隊に参加、登頂できたこと。「K2のサミッター」となり、対外的(説明しやすい)にも(見栄っ張りなので)精神的にも、楽になったという。K2ではまた、現在の服部さんが在る上で欠かせない出会いもあった。パキスタン人のポーター達だ。山間部で自給自足する彼らの方が、自分よりかっこいい。経済格差を使って荷揚げを頼み、これで「山に本当に登った」と言えるのか。この時の疑問から、「自分の延長線上にあることをしたい。そこで深いことができる」と考えるようになった。

◆K2登頂後、白山書房から現在の「岳人」編集部へ転職すると、冬の黒部や剣岳のエキスパートである和田城志さんとの登山、テンカラ釣りの師匠、瀬畑雄三さんと沢に行くこともできた。同時に、自然に手を加えず自分の身体だけで岩壁を登る「フリークライミング」を始め、「山を本当に登る」ためにこの思想を登山で行ったのが「サバイバル登山」(詳しくは『サバイバル登山家』を)だ。装備は極力排し、食料は山の中で調達。なるべく長く、道のない山塊を旅してゆく。

◆山行中イワナを釣り、「意思を持って殺して食う」経験を重ね、その延長線上で「肉も自分で殺すべきだ」と気づく。22歳の時、フンザの肉屋(『サバイバル登山家』)が牛の頭を石で殴り殺した瞬間に目を逸らしてしまった体験から、「自分は肉を食う資格があるのか」と考えたことも土台としてあった。それで始めたのが「狩猟」であり、サバイバル登山からの発展「狩猟サバイバル」(詳しくは『狩猟サバイバル』を)だ。最終的には「狙う・追う・狩る・殺す・解体する・降ろす・料理する・喰う」のサイクルを全て自分一人でやりたい、と小菅村の狩猟チームに入り、現在8シーズン目となった(3シーズン目までのことは『狩猟サバイバル』に)。

◆「嫁さんがきれいで頭がいい。子供が3人とも元気なのはラッキーだ」、という家族と住む横浜の家では、3月から鶏を飼い始めた。1羽1羽性格が違い、産む卵も日や餌によって味が違う。今は鹿の雑肉を餌にしているため美味しいなど、飼わないと判らなかったことを発見する毎日だという。

◆狩猟を始めた頃、獣を殺す体験をしている人達の本を漁る中で、服部さんのスーパーヒーローとなったのが、ロシア極東の猟師「デルスー・ウザーラ」と、北極圏の最高の探検家「フリチョフ・ナンセン」。ナンセンは大学の教授で、1893年(31歳)に4年の計画で船での北極点通過を目指し、ルートが逸れたと判ると船を降り北極点に歩いて向かうという、当時誰もやろうと思わなかったことをした人物。途中、セイウチやシロクマを撃ち貯めて北極圏で越冬までしたその探検旅行が「人類史上最高の探検」だと、服部さんは考えている。

◆その二人のヒーローに所縁あるのが、極東ロシアの北極圏。じりじりとの今回の旅へと話が近づいてきた。ここまで、既に1時間経過。最初、「チュクチは(話すのに)そう時間はかからない」なんて言っていた服部さんも、ちょっと焦っている。急いで進もう。モスクワは国境地帯のため、海岸線から5キロは撮影できない。旅行中もスタッフがGPSを携帯し(服部さんは見ない)、国境警備隊に毎晩居場所の連絡が必須とされるなど、難しい場所だった。徒歩旅行は、予定していた南からのルートの許可が下りず、北ルートから向かうことに。

◆会場の白い壁に、現地のコーディネーターが用意してくれた、貼り合わせた地図(20万分の1)の写真が投影された。気を利かせて拡大コピーしてくれたようだが、拡大率が異なったため、距離を見るのに苦労したそうだ。次に取材チームの集合写真が映され、メンバー紹介。ディレクターの山田さんにカメラマンの佐々木さん。日本チームの受け入れ先となった、サンクトペテルブルク出身の口ばかりで胡散臭いアレキサンダー。同じくサンクト出身で「都会の若者」風の、通訳のパーシャとポーターのアレクセイ。パーシャは生肉をハンカチで持つインテリで、アレクセイはちょっとお馬鹿な体育会系。「50分歩いたら10分休むのがいいぞ」と、服部さんに登山を一から教えてくれたという。

◆そんなメンバーで、モスクワから飛行機に乗りペベックという鉱山の町へ。北東航路の中継地の小さな町は、永久凍土で覆われ物資は空輸に頼るため、物価がモスクワの3倍だった。トラックやキャタピラ車の手配、国境警備や警察の許可を取った後、まずはトラックで出発。遊牧民を探すため、キャタピラ車に乗り換えてツンドラ地帯に入って行く。半日進むと、荒野の中に人が立っている。写真の男性は、着古した洋服に長靴を履き、背中にはぼろぼろのザックを背負っている。ミーシャだ!

◆「何してるの?」と聞くと、「旅行してる」。「テント持ってる?」「うん」「食料は?」「あるよ」。背中の鉄砲を指し、これさえあれば大丈夫と言うミーシャを、服部さんは「むちゃくちゃかっこいい」と思った。「コンロは?」「たき火でいいよ」。出発前、アレキサンダーは「ツンドラの中たき火では死ぬ」と言っていたのに……。湖までの旅に誘うと、ミーシャは行くという。「連れてっていい?」聞くと、ロシア人達は反対、山田さんは快諾した。

◆近くにあったトナカイ遊牧民のキャンプ地へ。簡易テントが張られ、ぺベック市から借りているというキャタピラ車もあった。チュクチ族はソ連時代定住化政策で定住させられたが、ソ連崩壊後に遊牧へと戻った者が多い。現金収入がない彼らは、文化保護のため市から支援を受けているようだ。「チュクチ族は、いい意味で、プライドがめちゃくちゃ高い」と服部さん。ミーシャは36歳、読書好きのインテリで、黒澤映画も観ている親日だった。

◆このキャンプ地では、怪我した家畜のトナカイの解体を見ることができた。横からナイフを入れ(鹿は真ん中から)、毛皮が重要のためきれいに皮を剥がす以外、日本とあまり変わらない。肉の味は、「口惜しいけど、鹿よりかなり美味しい」そうだ。トナカイ遊牧の仕事も見た。半径4キロに点々と散ったトナカイ(3000頭)を、オオカミが襲ったり、野生のトナカイが来てメスを連れて行かないように、ぼーっと座って見ている。彼らに「なにしてんの?」と聞くと、一言「管理」。現地のやり方を知るため、「魚を釣って欲しい」と頼んでも、「ああ、魚は深い所にいるよ」なんてちゃんと答えてくれない、とぼけた面もあったという。

◆ミーシャの親戚のいるキャンプにも行き、そこではトナカイの毛でできた服を着させてもらった。「すごいな、かっけえな」、そう言ったらくれたという貴重な帽子(額の部分はトナカイ10頭分の額の皮で作ってある!)が、会場を回る。冬の準備である毛皮の処理は、トナカイの糞に漬けて油を取り、木の皮と一緒に煮込むという。どっしりふかふかの帽子は、独特の臭いがした。

◆放牧民の生活を知ったら、いよいよ徒歩旅行だ。湖での撮影に備えて機材と共にヘリコプターで先に向かう山田さんと別れ、ミーシャ、服部さん、カメラの佐々木さんが前を歩き、ロシア勢3人のサポート隊は後からつづく。ジェニアは遊牧民のミーシャを馬鹿にしており、アレクセイはなにも考えていない。インテリのパーシャは、都会から来た自分がミーシャに嫌われているのが判っている。3人3様の彼らはよく喋り、チャンスがあれば野生のトナカイを狩りたいミーシャは嫌がった

◆あと15分しかない! 2日のキャンプ地。「俺は魚を釣るから」と言うと、ミーシャは鉄砲を出して「俺は山に行くよ」。自分はこういう瞬間を求めていたのだと気付いて、服部さんは「ぞわぞわ」した。カワヒメマスを5本釣り上げて戻り、捌いていると、ミーシャもにやにやして戻ってきた。手には同じく5本のカワヒメマス。山には獲物がいなかったので、釣りに切り替えたらしい。ウハー(魚のスープ)にムニエル。佐々木さんと3人で10本を食べた。

◆川沿いに歩いて3日目、対岸にトナカイの群れがいる。「ミーシャ、あれ」「ちょっと遠い」「獲ろう」「キャンプを張ることになるぞ?」「いいいい。獲れたらキャンプ、獲れなかったら進もう」「それはグッドアイディアだ」。二人の会話は、片言のロシア語と片言の英語。だが、やることは決まっている。徒歩旅行では「歩いて、キャンプして、飯食って……」。狩りについても同じだ。群れは行ってしまったが、川向うの遥か遠い斜面に点々といるトナカイを見つけ、ミーシャが「にかっ」と笑った。今までの狩猟の経験から、ミーシャの頭の中で段取りができていることを、服部さんは理解したという。

◆「ターン」、遠くの銃声に気づき、服部さんと佐々木さんが川を渡ってミーシャを追うと、100キロはある4歳のメスが止まっていた。内臓を出しても60キロある。服部さんは、皮を剥いでぬるぬると滑るトナカイを担いで水温5度以下の川を渡り、(ミーシャと交代するつもりが、話が通じていなかった)さらに1キロ程歩いた。儀式なのか、ミーシャはトナカイの頭蓋骨をのこぎりで切り、脳みそを出して食べる。目玉もくり抜き、じゅるっと食べる。服部さんも食べた。

◆ロシア勢は、「日本人の前で獣を狩るな」とミーシャに圧力をかけていたそうだ。野蛮だと思われたくなかったらしい。そのため肉を渡そうとすると、ミーシャは「やるな」。「あいつらは判ってない。これが本当に生きるってことなんだ」と滔々と言った。「自分も同じだ、『本当に生きる』ことを求めてここにいる」。服部さんは、「『ミーシャを正当に評価できるのは自分だ』と思ったし、ミーシャも『自分が正しく評価されている』と感じてくれていると思った」。

◆10キロ程の肉を担ぎ先へ進むと、急激に寒くなり雪が降ってきた。1日停滞した、5日目のキャンプ中……。会場で服部さんは、体験がよみがえったのか、言葉が間に合わずもどかしいとでもいうように、早口に話していく。半日がかりで薪を集め熾したたき火を囲み、肉のスープを食べている時、3人のロシア人のいる離れたテントを指して、ミーシャがなにか言おうとして、うーんと考えた。彼らはテントから出ずに、乾燥食品を食べている。「あいつらさ、あいつらさ……」。「あっ」と気づいた顔をして、ミーシャは言った。「あいつらは、『ノーロマンチック』だ!」。

◆通常「ロマンチック」と言えばイルミネーション煌めく夜景、なのかもしれない。でも「たき火にあたってツンドラの風を受け、飯を食っている、俺たちこそがロマンチックなんだ」と、ミーシャは言っているのだ。この台詞を聞いただけで、ここに来た価値がある。それに「本当の野蛮とはなにか」と考えている、こんなやつがいるんだ、という喜び。それは服部さんにとって、まるで「恋に落ちた」かのような体験だった。

◆ここまでで、江本さんの「時間延長宣言」が2度出されている。でも、まだ用意した写真の半分しか来ていない。つづきはウエブならぬ「テレビで」なんて言いながら、駆け足で湖のことを。9日後、峠を越えて湖に着き、山田さんと合流。そうだ、企画の目玉は「幻の魚」なのだ。

◆例年より冬の到来が早くて湖が凍り始める中、軽量ゴムボートで漕ぎ出すと、水は透明度が高く生命感がないし、気温も−10℃と寒すぎてリールも竿も凍ってしまう。撮影用のカヌーはそばにいるものの、落ちたらやばい。カメラの佐々木さん以外は諦めて「頑張ってだめだった姿を撮ろう」と思っている中、運よく一匹釣りあげることができた。新種ではないが「これで番組になる」と喜び、食べるため内臓を開いてみると――。小さな魚が入っており、それがなんと新種のイワナ、スモールマウスチャーではないか。生きた魚ではなかったが、確かに釣ったのだ。NHKに「ネタバレ禁止」と言われていたそうなのに、「これがオチです」と服部さん。

◆吹雪になったためヘリコプターでペベックへ戻り、今回の旅は終った。とはいえミーシャと服部さんにとっては、「獲物を狩り食べて進んだ所でもう完結してしまっていた」という(みなさん、番組を観られただろうか。その言葉通り、90分の多くはミーシャとの旅で、釣りのシーンは僅かだった。服部さんの思いを柔軟に受け入れて番組にした、山田さんの度量たるや!)。

◆服部さんは、アルパインクライミングから外れた自分、「サバイバル登山」という行為に、自信が持てないこともあったという。「けれど今回ミーシャと出会い、共に旅をして、今までの自分のやってきたことは、間違っていなかったと思えた。ミーシャのような人間が、きっと世界中にいる。ならば、世界も、自分も信用できる。そう感じられたことが、ものすごい喜びだった」。

◆熱が伝わる。まるでミーシャへ、ミーシャのいるこの世界への、告白を聞いているようだ。二次会で「幸せな出会いがあって、逆に『もう満足』ってなりませんか?」と俗な質問をすると、服部さんは「いままでと同じく、淡々とやるだけ」と言い切った。服部さんは、どこまで「深化」するのだろう。楽しみです、と書いては、それを「正当に評価」できる人間であるのかと、己が問われるはめになる。なんと書いて終わっていいか、判らない。(この日は、「ロマンチック!」を合言葉に3次会野宿しちゃった・加藤千晶


報告者のひとこと

今この瞬間にも世界中にミーシャは生きていますよ

■結構いろいろしゃべっているうちに時間がなくなってしまってすいませんでした。頼まれてスライドトークショーをすると時間が余ってしまうことが多いのですが、地平線の場合は聞き手を信用して話せるためか、ついつい細かい深い事情や考えまで説明してしまい、時間が足りなくなるようです。

◆ただ海外に行けばいい時代は終わったというか、旅には金持ちののぞき見主義的な側面もあることを、旅する側が意識していないと無邪気すぎて破廉恥だと考えています。私は自分の中にそういう面を見いだして海外旅行を近年控えていたのですが、今回はミーシャと出会えて本当にいい旅ができました。ちょっと否定していた海外の旅ですが、あらためてその魅力を感じました。

◆またいい旅をするために、そして第2 、第3のミーシャと出会ったとき恥ずかしくないように、今後も自分の活動をちゃんと行おうと思っている次第です。みなさん、今この 瞬間にも世界中にミーシャは生きていますよ。(服部文祥


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