■東日本大震災発生から2週間後、地平線会議が始まって32年間で初めて、節電の影響で報告会が16時半に繰り上げて開始された。開始時間の変更を事前に案内した「地平線通信葉書号外」には、「平日の遅い午後では仕事を持つ人にはムリかもしれませんが、参加者が少ないのは覚悟の上です」と書き添えてあった。しかし空がまだ明るいうちにも関わらず、会場には地平線会議創設メンバーの皆さんや、会社を休んで来た人、初参加の中学生・高校生まで、幅広い層が集まった。冒頭では代表世話人の江本さんが、地平線会議の仲間である新垣亜美さんから着信したばかりのメールを読み上げた。その時亜美ちゃんは、被災地支援のため東京から宮城へ向かう車にいた。
◆作家の森田靖郎さんは、阪神淡路大震災で実家や親戚の家が被災し、当時東京から神戸へ駆けつけ、瓦礫の下から叔父さんを助け出して東京の病院まで車で運んだ。「これから話すことは震災とは関係がない内容なので申し訳ない。でも皆さんにとって、意味がある日にしたいです」と、お話が始まった。震災直後のいま、刻々と状況が変わる原発事故の報道を見守りながら、これまでにないほど国家の存在を意識せずにいられない。「国家とは何か?」を突き詰めて報告会は進み、森田さんの「国家犯には裏と表がある」というお話に注目した。
◆「2011年はものすごい幕開けだった」。チュニジアを発端としたジャスミン革命が周辺各国へ飛び火し続け、民主化運動の波を巻き起こしている。「9のつく年(ナインシンドローム)と違って、1がつく年は“これから時代を作る”という気運が込められている」。
◆「だが日本は体感不安に陥っており、気運が感じられない。現実を直視せず、見えないものにおびえる。やはり中国の存在が大きい。GDP2位の座を抜かれ、尖閣問題を体験し、日本は中国を巨視しすぎているのではないか?」。森田さんは、巨龍の実態を知れば怖がることはないと話す。そもそも中国は、各地の盗賊団を秦の始皇帝がまとめ上げたことで始まった国。ならずもの国家だという人がいたが、そう考えれば恐れるに値しないという。
◆アマゴ釣りの仲間である石川県の住職に招かれ、ある冬、森田さんは中国伝来の寺の施餓鬼(せがき)の法要に立ち会った。中国人の墓が並ぶ横に、77歳で亡くなった日本人の真新しい墓があった。住職はその日本人の中国人妻を思い出し、「中国の女房は強い……」と語った。病の夫を背負って冬の海岸を歩いたり、夜中に失禁した夫を寒空の下へ裸のまま追い出したりしていたという。
◆春になり、森田さんは替え玉バラバラ殺人事件という言葉に誘われて取材に向かった。場所は大阪西成区某所。日本で唯一暴動が起こる場所ともいわれ、そこだけ時間が止まっているような一角だ。社会保障で生きている日雇い労働者やホームレスの溜まり場に、彼らの労働証明となる印紙を発行する役を担う組関係の事務所が38ある。この地で和風スナック兼売春宿を営むインリナという中国人女性こそが、森田さんが寺で見た墓の未亡人だった。
◆彼女は3人の日本人男性の殺害容疑で指名手配されて逃亡中だった。1人はインリナと婚姻関係にあったが77歳で死亡。残る2人はスナックの常連客。男性達を一瞬で魅了してしまう妖艶なインリナは、組関係者と組んで日雇い労働者達を相手に、偽装結婚と偽装認知の裏ビジネスをしていた。世捨て人となった日雇い労働者達の戸籍を利用して来日希望の中国人の架空の夫にしたり、一人っ子政策の影響で戸籍が無い黒孩子(ヘイハイズ)の架空の里親にして、日本国籍を取得することを斡旋し巨額を稼ぐ裏国家犯だ。数年後、彼女は東京で逮捕され、現在も大阪で裁判が続く。
◆犯罪の動機について検察は財産犯だと主張したが、森田さんの見方は最初から異なり、ビザの更新手続きがどうしても欲しくて犯行に及んだという仮説をたて、事件の本質はそこにあるのではないかと『犯罪有理』(毎日新聞社)を書いた。後に、インリナ自身の供述で森田さんの仮説が証明された。事件の証拠がほとんど無く検察側は苦戦し、はじめから財産目当ての犯行と断定して並べあげた事実は不確実でもろかった。「事実をどんどん積み重ねるほど、真実から遠ざかることもある」と森田さんは語る。
◆一方、暴かれにくいのが国家犯。「これこそ中国の正体ではないか?」と森田さん。「GDPを中国に抜かれたと日本は騒いでいるが、個人消費など本当の経済力はまだ日本には及ばない。中国がいま求めるのは、世界に誇れるブランド力」。中国でベストセラーの出世ノウハウ本『厚黒学』。これは孟子の性悪説に基づく思想で、厚かましく腹黒い方法で上へのし上がることが真の成功道だと説く内容だ。近年、中国は「走出去」という海外戦略を打ち出し、日本向けに外貨導入を積極的に行っている。
◆国家犯でも日本人が要注意なのが産業スパイ。池袋チャイナタウンには、かつて横浜や神戸に定着した老華僑とは異なる新華僑が進出している。日本人社会に溶け込む老華僑と違って、新華僑は主にビジネス目的で来日した中国人だ。新しい時代のチャイナタウンは派手な門構えもなく一見それとわかりにくいが、内部では膨大なコンピューターネットワークを築き、中国人集合拠点として日本各地に存在して情報を集めている。日本企業を買収する政府機関の中国投資有限責任公司(CIC)の裏には、産業スパイの存在がある。東京の中国大使館も情報機関としての役目をもち、優秀な留学生達がスカウトされ、数千人が暗躍している。
◆ネットワーク空間で世界情勢が激しく動く時代。NYのプリンストン大学で「インターネットは自由の道具か、弾圧の武器か」という公聴会に森田さんは招かれた。アメリカの民主党議員は、「アメリカは中国のサイバー攻撃を年間4万7千件受けた。これは“Computer Wars”である。その防衛策に6000億ドルを投じている」と話した。森田さん曰く「サイバー攻撃を始めたのはコソボ紛争時代のアメリカで、中国はそのマニュアルをコピーしただけ。飼い犬に手を噛まれたようなもの」。
◆今年3月の全人代で採択された新5ヵ年計画(2011?15)には、超エリート集団によるサイバー部隊の結成が盛り込まれた。第1の目的は、国内の民族問題や農民問題をいち早く察知すること。第2に、自国が攻撃される前に大国の核施設をサイバー攻撃する技術を得ること。第3に、主に日本に対しての産業スパイを発達させること。
◆一方、他国からのサイバー攻撃を防御するため、600億円の予算を投じて中国全域にグレートファイヤーウォールと呼ばれる防御網を張っており、4億人以上のネットユーザーを24時間監視する30万人のネットポリスがいる。森田さんも被害にあい、ネットポリスによってメールを盗み見され、大事な取材パートナーを失った。
◆2010年にノーベル平和賞を受賞した劉暁波。受賞のきっかけとなった08憲章をネット上で公表し、国から削除されるまで瞬く間に国内外へ広がった。「三権分立など我々が小学校で習うような基本的な内容だが、一党独裁を終結すべきと書いた部分が中国政府を刺激した」と森田さん。劉は即刻、国家政権転覆扇動罪という最も重い罪で拘束された。
◆森田さんが劉と出会ったのは22年前、天安門事件で揺れる北京の反体制派の拠点となっていたバーだった。6月4日運命の日、学生らの流血被害を最小限にくい止めるため、一部の学生を広場から逃がすことに成功した「黄雀作戦」に尽力した劉は、そのまま当局に捕らえられ労働改造所(ラオカイ)送りとなった。1年半経ち釈放後、国外へ出ることもできたのに、劉は何度捕まっても中国にとどまり人権運動を止めなかった。
◆劉のノーベル平和賞受賞に世界がわく中で、中国は不快感を示した。海外では亡命者達による祝賀会が催され、魏京生に再会できると森田さんも参加した。魏京生は、1978年に北京で壁新聞を作り小平の改革路線を批判し、中国民主化運動のきっかけを生んで民主化のシンボルと称された人物。北京オリンピック誘致運動でアメリカに出国させられたが、ノーベル平和賞は彼が受賞すると誰もが思っていた。
◆ノーベル平和賞を受賞した劉と、受賞しなかった魏の違いは何か? 祝賀会では皆が揃って「時代」だといった。中国が超大国に成長したこと、その間も人権問題が未解決のままであること。情報の表現手段も変わった。魏は手作りの壁新聞で民主化を訴えたが、劉はインターネットを介して世界中の数億人へ短期間に発信した。しかし魏は、「国内にとどまったかどうかの違いだ」と話した。魏が出国した直後、アメリカで彼と会い「出国は間違っていた」と直接聞いている森田さんも同じ意見だった。森田さん自身、これまで生身で挑んだ取材を通じて中国の真実を伝えるルポを数多く発表している。しかし「外から何を言ってもだめだ。国内から発言することにこそ強いインパクトがある」という。国内から発言することの怖さと強さとプレッシャー。劉はいまも身柄を拘束されている。そして「平和とは何か?」を森田さんは投げかけた。
◆「平和とは、人生のファイナルアンサーだと思っている。人生のあとがきみたいなもの」。ちなみにトウ小平は「人も国も、発展するほど謙虚でなければならない」と平和に対する考えを残していった。森田さんは続けた。「平和とは、僕らの来た道を振り返り、往く道を見つけるための道しるべではないか。暗闇の海を航行する船は、灯台の明かりを見つけて安心して進み続ける。山のケルンと同じで、平和とは往く道を示す先人の知恵ではないか」。
◆「ユダヤ人には伝統があり、アメリカ人には故国があり、イタリア人には教会があり、日本人には四季と四海がある、中国人には何があるのか?」森田さんが問うと、ある老華僑はこう答えた。「孫文が生み出し蒋介石が実践した、“怨みに報いるに徳をもってなす”という徳という宇宙観がある」。もし劉ならこういうだろうと森田さんは思う、「中国には天子がいる」。中国で天罰とは国を治めるトップへ天が下す罰である。人民を泣かせる政治を行うと、天命を革(あらた)めるとしてトップは座を譲らねばならない。いまの共産党の国家犯は誰にも止めようがないが、唯一、天が罰することができる、と。
◆2時間休憩がないまま聞き手を一気にひきこんで進んだ報告会の締めは、ケーナ演奏。緊迫した空気のなかに素朴な花が咲いたようなボリビアの曲「カンバの娘」。ボリビア人が故郷に残した家族を思い、演奏する曲なのだという。今回の震災で工場が潰れて解雇となってしまい、国へ帰らなければならなくなったボリビアの友人達に、森田さんが捧げた。
◆阪神淡路大震災直後、叔父さんを乗せて東京に向かう車中から、崩れた阪神高速が見えた。一命をとりとめた森田さんの叔父さんは、「人間の作ったものはもろいなあ」といった。その言葉を、原発事故を見ながら森田さんは思い出したそうだ。「それを回復させるのも人間、その現場にいま僕らは立っています。僕らは、いま人類の歴史を作っているのかもしれません」(大西夏奈子)
■国難のご時世にもかかわらず多くの方にお集まりいただき、感謝の一言に尽きます。報告会から数日後、私は被災地を訪れました。職場と住まいを失ったボリビアからの出稼ぎたちの帰国を見送るためです。その時、原発事故で自主避難の一家のお話を聞きました。「東京の人が使う電力なら、どうして東京に作らないのか。送電に3割もロスするのに、なぜ福島に原発を?」「……」返す言葉もありません。
◆広島、長崎の被爆国という自負から生まれた安全神話に、「地方で電気を作り、都会で使う」福島発の電力に甘受し、「帰らざる河」を渡った私たち日本人に後戻りはありません。原発社会のリセット(刷新)しか選択肢はないのです。
◆県外の車をチェックしている自警団に被災地を回る私は何度も検問にあいました。福島第一原発の村を訪れるのは16年ぶりです。「原発村のルポ」を頼まれ、原発モラトリアム(反対でも賛成でもないあいまい)派に、PA(パブリック・アクセプタンス)つまり原発は是か非かを問う働きかけ役を引き受けました。というのは、東京電力・福島第二原発1号炉をめぐって地元住民が設置許可の取り消しを求める裁判を起こし、裁判所は「原発の設置には国の裁量権(総理大臣の決定権)がある」と、住民の意向に配慮する必要がないと判決を下していたからです。「まず反対派だった地元の人に会いたい」と、あの時初めて原発村を訪れました。
◆「陸前浜街道(国道6号線)を来たならわかるでしょ」反対派で町議会議員は、高台を指差し「東電の社員寮や独身寮は高い丘で、しかも風上に建っている。プルトニウムは低いところに集まるという危険を知っているからです」と話しました。東電は当時、根拠がないと否定していました。
◆建設を請け負った日立製作所、石川島播磨重工の技術者が「原子炉の安全はつまるところ溶接技術で決まる」と、「世界一」を誇っていました。事実、原発先進国のアメリカからやってきたGEのQC(品質管理のエンジニア)は複雑に入り組んだ形状の原子炉格納容器の溶接の跡を見て驚きの声をあげました。その補修率はアメリカの平均4パーセントに対し、日本の技術は0・3パーセントでした。
◆アメリカGE製のBWR(沸騰水型軽水炉)は応力腐食による事故歴もあり当初から問題視されていました。世界一の日本独自の蘇生法をもってしても寿命20年をはるかに超えた老朽化した原子炉のひび割れは、いつ事故が起きるかは想定内だったと思われます。その当時、福井、福島、島根の「原発村」で、交付金で沃化カリウム錠を購入しているという噂があり、福島県では27万錠、原発所在地の県立病院で密かに保管されているという事実を掴みました。27万錠というと2万7000人に対して5日分の計算でした。ヒューマン・クレジット(成長信仰)の保険のつもりだったのでしょうか。
◆それからひと月後、1・17阪神・淡路大震災に私の故郷は、見舞われました。震災のドサクサに紛れて、機能を失った神戸港から中国人密航者が多数上陸しているという噂を追って取材し、『密航列島』(朝日新聞社)を執筆しました。「これを書いて、神戸を救えるのか」と何度も立ち止まりながら、最後の一人の密航者にたどり着き「火事場泥棒というんだ、人間として最低だな」と、蛇頭を怒鳴りつけました。
◆「国家とは何でしょうか……」中国の国家が暴力と権力の独占体であることは報告会で話した通りです。日本もその例外ではないのです。あの判決後、原発地元住民は国家の前で無力です。「国家犯」を3つの「黒」のキーワードでまとめた新刊書を執筆中です。同時に、『地震・原発・密航列島』の緊急出版に取り組み始めています。ありがとうございました。(森田靖郎)
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