2010年4月の地平線報告会レポート


●地平線通信366より
先月の報告会から

糞土師は地球を救う!?

伊沢正名

2010年4月23日 新宿区スポーツセンター

■「野糞の人です」と紹介され、伊沢正名さんが登場。野糞一筋35年。一昨年、衝撃の袋とじウンコ写真付き『くう、ねる、のぐそ』(山と溪谷社)を書かれ、「糞土研究会」を主宰する「糞土師」だ。

◆「初めて『野糞人間』を見た方が大半ですね」と、野糞をするきっかけから話し始めた。20歳で自然保護運動を始めた伊沢さんは、企業が「悪」で住民運動は「善」だと思っていた。でも、し尿処理場建設反対運動を聞いた時、ウンコのことを全く考えて来なかった自分に気がつく。食べるものばかりを気にし、出したものに責任を持たない。それでいいのだろうか?

◆元々有名なキノコの写真家であられる伊沢さん。キノコが分解することで、ウンコは自然のごちそうになる、と知った。ならば自分のウンコだけでも、土に返そう。1974年の元旦より、意識的に野糞を始めたと言う。「今日してきた野糞で累計11234回。もうすぐ10年連続100%野糞です」。「ぷっ」とオナラした拍子にゲリ便を漏らしたのが、00年5月31日。今年の同日、「連続野糞記録10年」に達するのだ!

◆まずは、キノコの写真から。「見下ろすのは、見下すことに繋がるのでは?」と映写された、見上げるように撮ったキノコの姿は新鮮だ。「見方を変えれば、別の世界が現れる」。分解菌であるキノコは、落ち葉や枯れ木を土にする、なくてはならないもの。ほかにも、虫に寄生して殺す「冬虫夏草(セミタケ)」。虫が大発生した翌年、大量に見られると言う。そうやって、自然のバランスが保たれているのだ。

◆次に、共生菌のキノコ。たとえばベニテングタケは白樺と共生しており、白樺の根に菌糸が絡まり菌根ができる。そこでは白樺が糖類、キノコは無機養分を「栄養交換」している。キノコの共生した木はよく育ち、キノコの多い林は健全なのだ。

◆「これぞ食物連鎖!」と紹介されたのは、牧場での写真。馬と、馬糞の上に生えたキノコが写っている。「牧草を食べた馬が出した糞が、キノコに分解され土に返り牧草が生える」、ぐるり循環。植物、動物、菌類、それらを繋ぐのは「ウンコ」だった!

◆スコップ、蚊取り線香、水を入れたボトル。伊沢さんの「野糞3点セット」だ。穴を掘って、ウンコする。予め採っておいた葉っぱでふき、水に濡らした指で仕上げ、穴を埋める。埋めるのは「エチケット」でもあるが、なにより「分解」を早めるためだ。さらに棒を立て、同じ場所で重ねてしないよう注意すると言う。この棒、「野糞掘り返し調査」のための、目印でもある。伊沢さんは07年から「ウンコが土に還るまでの過程」を観察しているのだ。

◆ってわけで、いよいよウンコのスライドが、どーん。ここからは、ウンコ、ウンコ、ウンコの嵐。まず、これぞウンコの鏡!のような、とぐろウンコが登場。すると、「すごい!」「なぜ?」と羨望の声が。それを受け、「基本的にウンコはとぐろを巻くものです」、伊沢さんは言い切った。「おお!」、どよめく会場。ほかにも、出したばかりの真っ黒なイカスミ(を食べた時の)ウンコの写真。ごちそうだ!とばかりに、ハエがたかり、生みつけられたウジが這いまわっている。

◆次は、埋めてからの観察。まるで遺跡の発掘のように、そっとそっと掘ってゆき……。まず6日後に掘り返した写真。ウンコに含まれる腸内細菌に分解され、泥状になっている。匂いはヘドロ臭だ。表面に白いカビが付き分解されているのは、8日後のウンコ。断面は泥だが、表面は固くなり、弾力のあるゴムボール状。この時は、エビ・カニ臭がしたそうだ。

◆さらに、9日後に掘ったバナナ(型)ウンコ。いいウンコで、分解が早かった! 包丁でスパッと切れ、断面もキレイ。香辛料のクローブのような匂いがして、質感はチーズ。「皿に載せたら、誰か食べちゃうかも」、伊沢さんがいたずらっぽく笑う。聞いている人もノッて来た。「チーズにも種類がありますよね? プロセス? カマンベール?」なんて質問には、「ちょっと硬めのカマンベール」。「いいウンコと悪いウンコはどう違うの?」、それを受け、じゃーん、「ウンコランク付け」の発表だ。よい順に「バナナ→上とぐろ→下とぐろ→半練り泥状」、最後が「完全ゲリ便」なのだと言う。なぜって、水分が多いと分解に時間がかかるから。ここでも伊沢さんの基準は、「人間」ではなく「自然へのお返し」だった!

◆ほかにも、45日後の分解後の土には、木の根がもじゃもじゃ。80日後には木の根に菌根が付き、3か月半にはもうほかの土と変わらない。ウンコが土に還ったのだ! これまでは、夏場の調査。次は冬だ。この時期、虫は少ないが、貴重な栄養源のウンコは、獣に掘って食べられる比率が高まるそうだ。分解はのんびりで、春までなかなか進まない。

◆6月にまた調査をすると、冬のウンコはミミズやそれを狙うモグラが土を耕し、園芸に最適の団粒土になっていた。正確に掘るため、出した時のウンコの写真を見ながら掘っていた伊沢さん。「あれがこの土に!」と、食べてみる。「無味無臭」。普通の土はジャリジャリして不快感があるが、よくよく味わうと唾液に溶けてねっとりまろやか、コクがあったと言う。元を辿ればウンコはごちそう。食べて「木の根っこの気持ちが判った!」。

◆ここであっという間に、前半終了。休憩時間も、伊沢さんの周りには人が集まる。私がトイレから戻ると、大きな人垣に! なんだなんだ、もう始まっちゃったの? 慌てて近寄ったら、みんな興味津津。様々な葉っぱを、ちり紙と比べながら触っていた(葉っぱ、負けてなかった!)。さあ、後半。

◆冒険や探検に比べたら小さいことに思われるかもしれない。でも「『人間の基本』がここにある」との思いでこの場にいるのだ、と、伊沢さんは言う。生きるために食べるのは仕方ない。だったら、責任も果たそう。熱っぽく言う。一時「生きていることが悪」とまで思いつめた伊沢さんが、自分も自然の循環の中にいられる。「生きていていいんだ」と思えたのは「野糞」のおかげだったからだ。

◆それから、面白くためになるお話がたくさん! この日、伊沢さんは朝に今日の分、昼過ぎに明日の分を出し、東京に来た。これ「明日のウンコを今日出す」、秘儀「排便コントロール」。朝までもつよう、寝る前におしっこする。それと同じ感覚でできるはず、とのことだが……。

◆あるいは、安全な野糞に大事なのは「他人に会わない」こと。でも会ってしまったら「居直っちゃえ」。野糞は「戦い」なのだ! 大木を背に、開けた場所を前に。先んじて人を見つけ、自分から声をかけよう。そうすれば、9割は「変なヤツ!」と逃げてくれる。それでも逃げない人とは、ウンコ座りのまま話すのだ。

◆ほかにも「都会の野糞は早朝に限る」。都会では暗闇の中、奥へ奥へ行ってしまうと、ホームレスの人が寝ていたりする。薄暗い早朝なら見えて安心だし、藪に入れば道路からは見えづらいからだ。

◆菌学会で講演を頼まれた時のこと。分解の専門家の前で、ウンコの話をしたいと言うと、「一言も言ってはダメ」。現在の法律では、食品添加物や薬、抗生物質などを含んでいる人糞は下肥に使ってはいけない。「ウンコは悪である」と、全否定されてしまったのだ。「ウンコが悪いのではないのに……」、伊沢さんの声が僅かに揺れ、ほんの一瞬つまった。「まず、抗生物質などをどうにかしようと考えるべきじゃないのか」、とすぐ話し始めたのだけど、伊沢さんの「ウンコ愛」が伝わってきて、私はうるっとしてしまった。

◆ダイオキシンを分解するキノコすらある、自然界のことを知ろうともせず、ただ汚いものとしてウンコを扱う。これが日本の常識なのだ。「それは、とんでもないこと」、伊沢さんがそう言えるのは、分解の過程を自分の目で見ているから。「みなさんもぜひ一度、野糞をしてそれを掘り返してみてください」。

◆お尻を出し(猥褻)、誰かの土地で(不法侵入)、ウンコする(廃棄物処理)。野糞は軽犯罪にあたる。だから、いっそ捕まって「野糞裁判」をしたい。そうして「野糞の正しさを主張したい」とまで、伊沢さんは言う。「その時にはどうか皆さん、牛乳パックを差し入れて下さい」。拘置所でもトイレを使わず、ウンコを持ち帰るためだ。長く拘置されたら、温まって発酵。爆発すれば、ウンコ爆弾だ!

◆近ごろは、お尻のための「葉っぱ図鑑」を創ろうと「尻触り、使い勝手、吸着力」の記録をとりながら、野糞をしているそうだ。季節により同じ葉っぱが、全然違う。晴れと雨でも違うし、朝と夕ですら、違う。尻ふきに使い、いろんな表情をする葉っぱを知れば、「たかが葉っぱ」と思えなくなる。有り難いなあ、と思う。それを体感してほしい。「葉っぱ野糞」は、本当に楽しいから。

◆みんな、生きて行くため必要な知識をどれだけもっているのか。「災害時にも野糞ができる」、それは「生命力」だろう。伊沢さんは言った。一方で、しみじみ「ウンコに対する偏見はすごい」「日本社会とケンカする気でなくては、やっていられない」と。「だからね、目の前は真っ暗。でも野糞をしていれば、私の人生バラ色なんです」。

◆決して深刻になり過ぎはしない。この、ユーモアだと思う。私が、伊沢さんに惹かれるのは。「今日で我々は、だいぶ洗脳されましたよ」と、江本さんが言ったけど。本当だ。本当に、洗脳されちゃったよ!(恥ずかしながらまだ野糞をしたことがない、加藤千晶


報告者のひとこと

地平線会議との出会いは、百万の味方を得たような喜びだった

■3月下旬、地平線会議で野糞話をすることが突然決まり、間もなく見本の地平線通信が江本さんから送られてきた。エッ! 報告者ってこんな凄い人だらけなの?! 初めて知る地平線会議の実体。片や近所の林で毎日野糞をしているだけの私。あまりのレベルの違いに茫然。しかし出始めたウンコは引っ込まない。腹をくくった。皆さんが雲の上を翔ける超人なら、こちらは徹底的に下へ下りきった糞土師だ。地平線人ならぬ地の果て人?◆報告会の晩は四谷の江本さん宅に泊めて頂くことになった。初めての知らない町での野糞は難しい。23日朝、一日一便の私は林へ行き、トイレ使用回避のため昼食後もう一度林へ行き、明日の分の野糞(通算11234回目)を済ませて駅へ向かった。

◆世間の、とくに公の場ではウンコや野糞に対する偏見は想像以上に激しい。一方私は目鼻指、さらに舌まで駆使した200近い野糞跡掘り返し調査の経験から「尻の穴から覗き、ウンコになって考える」という思考法に到達した。そこから導き出される野糞道は、人の生き方や死生観を変えるだけでなく、人間社会の良識や人権などのいかがわしさまであぶりだす力がある。それだけに、天動説が信じられている時代に地動説を唱えるような魔女狩にあう危うささえ感じている。

◆報告会では初めての人がほとんどで、分解や葉っぱ野糞という基本的な部分しか話せなかったが、私の野糞論は皆さんにしっかり受け止めて頂けたようだ。これならば野糞道の深部も安心して話せそうだ。この地平線会議との出会いは、むしろ私にとって百万の味方を得たような喜びだった。私も仲間に入れてください。よろしくお願いいたします。(伊沢正名


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