2008年6月の地平線報告会レポート


●地平線通信344より
先月の報告会から

ビルマの荒神

向後元彦 大野勝弘 三輪主彦

2008年6月27日(金) 新宿スポーツセンター

■5月初め、ミャンマーにサイクロン(台風)が上陸し、大きな被害が出ているとの報道があった。そのすぐあとに四川省の大地震があったこと、ミャンマー政府が援助を拒んだこともあって、大災害らしいが詳細はほとんど伝えられなくなった。私は被害が大きかったエヤワディー河口デルタでマングローブ植林の手伝いに何回か通ったことがある。状況はどうなっているのか向後元彦さんに聞くのが一番いいと思い、ACTMANG(マングローブ植林行動計画)に電話したら、現在中国あたりを旅行中で、まもなく帰ってくるはずと留守を守る須田さんが言う。

◆現地を一番よく知っている向後さんにミャンマーの状況と今回のサイクロン被害について話してもらおうと考え、インターネットで詳しく見るとエヤワディーデルタの西側の方が被害が大きいようだ。現在はマングローブ研究者で、長くミャンマーでNGO活動を続けてきた大野勝弘さんの話も聞いておきたい。そう思って今回の報告会を企画した。向後さんの話は放っておくと三千大千世界へ広がってしまう。司会者の私は、それを引き戻して時間通りに終わらせる役目も担っていた。

◆最初40分は大野さんに話してもらった。パワーポイントを駆使して、的確でスマートな発表だ。おじいさんがビルマ戦線にいたこともビルマに関心を持った要因の一つだった。「ビルマの竪琴」、ビルマのお坊さんは歌舞音曲はやらないので野外演奏は作り話だろう。「ソウ・ナンダー(そうなんだ?)!」という女性の名前、ミャンマーとビルマ、文語と口語の違いで、昔から正式国名にはミャンマーが使われている。日本は欧米経由のビルマ、ラングーンを使っていたが、1989年軍事政権が国名の英語表記を「Union of Burma」から「Union of Myanmar」に改称したことで日本もミャンマーと言うようになった。欧米ではまだ「ビルマ」を使う国がある。当局を気にしてミャンマーと言う人も、海外に出るとビルマと言う人もいる。

◆野生のトラやゾウがいるバングラディシュの国境地域で村落開発の仕事をしていたが、交通手段はないので、自前のモンキー(超小型バイク)を小舟に乗せて島々を行き来した。あとで「国境地帯をバイクで走った日本人は大野さんが初めてですよ!」とバイク王、賀曽利隆さんがお墨付きをくれた。毎朝イスラム寺院からのアザーン(朝の礼拝の呼びかけ)で目が覚める。このあたりは仏教徒だけでなくイスラム教徒、ヒンドゥー教徒、また多くの民族も入り交じっている。それらの間には明らかな差別がある。デルタの古い村では森の中、のんびりと穏やかに豊かな生活をしている。大野さんは人のつながりを大事に、「足るを知る人々」に共感を覚え、NGO活動を終えて帰国後も、マングローブ研究者としてこの地域に頻繁に通うようになっている。その地域がいくつかの村ではほぼ全滅の被害を受けていることを聞き、心傷む心境だ。

◆エヤワディーデルタの状況がわかったところで向後さんの登場。私は向後さんがパソコンを駆使するとは思わず、密かに写真を用意しておいたのだが、慣れた手つきで画像、文書を映してくれた。向後さんはつい先日ヤンゴンのNGOに義捐金を届けてきたばかりで、画像は現地スタッフがとったサイクロン通過直後のものだ。「見たくない人は見ないでください。でもこれが現実です」。クリークを行くボートの中から岸辺に放置されたままの死体がいくつも見える。着の身着のままに残された現地の人には埋葬をする力も残っていない。

◆私たちが使わせてもらっていたボガレーの森林局の建物も壊滅的な被害を受けた。植林地域の建物も多くは損壊した。しかしビョンムエ島の建物は屋根が飛んだだけで、本体は残っていた。2004年にスマトラ沖地震の揺れを感じた建物だ。あの時も周りは大変な被害だったが、そこは波もあがらなかった。ここは安全な場所なのだ。我田引水かも知れないが、ここの被害が小さいのはマングローブ林のおかげだろう。石油のないヤンゴンの町の燃料として切り払われたエヤワディーデルタのマングローブ林だが、このあたりではACTMANGとFREDA(現地NGO)の努力によって再生復活している。

◆葉はほとんど飛んでしまったが、倒れてはいない。ほんのちょっとサイクロンの中心から離れていたおかげで、デルタ西部に較べ被害は少なかった。もちろん比較の問題で、被害が未曾有であったことは確かだが。マングローブ林の再生がまだの場所、水田が広がっている地域の被害は大きい。ただでさえ貧しいこの地域で米がとれなくなったら、またさらにひどい状況になるだろう。

◆二人は報告の後、質問に答えてくれた。各国の支援を拒んでいる軍事政権はメチャクチャで、自分らのことしか考えていない。恐怖政治をしいているので本音を話すことはできない。自分らのことしか考えていない政府だ。しかしこの軍事政権だが、一つだけいいことをした。聴衆のみなさん「なに言うの!」と意外な顔。「それは経済成長を止めたことだ!」と向後さん。「経済が成長すれば、人々の幸福度はどんどん減る」。ビルマの人たちは、皆一様に「自分は幸せだ」という。GDPの高い日本人に同じことを聞いたら、ほとんどが「幸せではない!」と答えるのではないだろか。

◆ブータンの「国民総幸福量」GNH(Gross National Happiness)と似たようなものかという質問に、ちょっと違う、と向後さん。ブータンのように国王様が仕掛けたものではない。仏教の影響も大きいが、ミャンマーにはイスラムもヒンズーもおり、彼らは皆根底にアニミズム精神を持ち続けている。身の回りの小さな神様に常に感謝の精神を持つ。これが「利他の心」につながるのではないか、と向後さんは言いたかったようだ。

◆向後さんの話はスケールが大きく、さらにミャンマーの人たちが持っている仏教の精神について話が広がっていった。私の役目は三千大千世界の迷路に入った話を「small is beautiful」の世界に引き戻すことだ。サイクロンで困っている人のためには我々は何ができるのか、との質問には信頼のできるNGOに義捐金を届けることで、現地のみなさんを応援していることを示したい。「途中でピンハネされそうだが、大丈夫なのか?」「それが問題で、大きな組織ではできない。現地スタッフを送って、ちゃんと末端まで届くか検証しているNGOが活動している。その人たちに託そう!」 という事でとりあえずは締めくくる。そのあと二次会で向後ワールドにとっぷりと浸った。(三輪主彦

[報告者のひとこと]

「人間関係は縁である!」

■報告会でミャンマーのことを話した。まとまりのある報告をする難しさを改めて感じた。網羅的な国の紹介にならないように,私の見たミャンマーを知ってもらおうとしましたが如何だったでしょうか。

◆「ビルマ/ミャンマー」再論。どちらを使っても政治的なにおいを避けづらい。残念なことだ。国や人を呼ぶたびに政治的主張をするつもりもない。普段は話し相手と同じ呼称を選んでいる。書きものではこの手は使えないので,国一般はミャンマー、最大民族にまつわることはビルマで…。

◆「援助は民衆に届いているのか?」が、報告会での関心事の一つだった。当局による援助の中抜きについては、数多く報道されている。問いにはYesともNoとも答えられる。要するに目減りする程度の問題か。送金や換金にはミャンマーの法律による法外な(苦笑)手数料やロスが発生する。また物資の調達や管理が大掛かりであれば利権も生まれる、誤魔化しも横行する。公的な大掛かりの経路でミャンマーを援助すると目減りする割合はより大きいと思う。勿論多くの人々に支援が届くのだが…。

◆「ビルマ社会の特徴」として人間関係の重要さをあげた。人をだましたり裏切ったりすると終いには地獄に落ちるのだ。お寺の参道や仏堂には、地獄の凄惨な光景が絵やレリーフで掲げられている。道に反した人間は血の海でもがき、針山で串刺しになり、逆さづりにされ身体を鬼に刻まれている。多くはヘタウマだが不信心な私でもゾッとするリアリティがある。傍らには澄んだ眼差しで鎮座する仏像。子供のころからお寺に連れられ、長い間様々な仏事に関わってきた彼らだ。多くの日本人に比べれば,仏様の説く「人の道」が心の底に根付いている。援助をピンはねしているビルマ人に、穏やかな末路はない。

◆「人間関係」は「縁」とも言える。利権や誤魔化しによる目減りを避けるには、監査や報告が確実な団体を通じて支援することだが、縁をたどるのもミャンマー支援には相応しい。仲間や友人をたどり、縁あるミャンマーの人達を信頼し応援しよう!縁がなければ…?ご心配なく。日本政府は、私の・あなたの13億円をすでに拠出している。大半はまともに使われているはずだ…と信じよう。そして「ミャンマーが面白そう!」と感じたら一度行ってみよう!良い縁がきっとできる。(大野勝弘http://bikatsu.spaces.live.com/)

「アーロン、アーロン、アーロン」

■短い時間で話せなかったことが多い。今回は2つの話題を用意していた。ひとつは緊急報告、“サイクロン・ナルギル”被害の悲惨さ。死者7万8000人、行方不明者5万6000人(軍政発表)――そのように新聞が報じても、実感がともなわない。だから、あえて、死体累々の写真をみせた。目を覆いたくなっただろうが、すこしは現場に近づけたのではないか。

◆もうひとつの話題は、ミャンマーとの長いつき合い。国際世論において、たしかに、この国の評判はわるい。だが、それとこの国に住む人びととを同じに考えてはならない。たとえば米国をみてみよう。ベトナム戦争しかり、アフガン攻撃しかり、イラク占領しかり、国家としておこなった悪行は数知れない。にもかかわらず米国民すべてを悪く考える者はいない。

◆ミャンマーも同じだ。軍事独裁政権と一般庶民とは違う。ミャンマーを訪れた者の多くが証言する。なんで人びとがこんなに優しいのだろうか。その秘密をさぐりたい、と願ったことが10年の植林支援にもつながった。

◆回答のひとつは“amya weide”(功徳を分かち合う)というお経、短いものなので書いてみよう。「アーロン、アーロン、アーロン/アミャー、アミャー、アミャー/ユドー ム ジャパ コンロウ/タードゥ、タードゥ、タードゥ。」訳せばこうなる。「(善行をおこなった者がまわりの者に伝える)みなさん、みなさん、みなさん/分かち合います、分かち合います、分かち合います/わたしの功徳をどうぞお受け取りください/(そして周りの者の合唱)(あなたの善行を)いただきました、いただきました、いただきました。」

◆輪廻転生。功徳をつめば来世にはよい生まれ変わりが待っている。興味深いのは“amya weide”によって功徳を分け合う相手である。人間に対しては善人だけでなく悪人に対しても、人間以外ではすべての生きとし生けるものに、そして山や樹木に宿るナッ(精霊)に対しても……。

◆人類、とくに先進工業国、の活動の結果として“地球環境問題”がおきた。人類の生存がおびやかされている。われわれはこの“amya weide”の教え―いうなれば「宇宙愛」―をいま一度熟考しなければならない。ミャンマーの民衆の英知に学びたい。(向後元彦


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