2007年12月の地平線報告会レポート


●地平線通信338より
先月の報告会から

「ラテン・アメリカ5000年の孤独」

白根 全

2007年12月26日(水) 新宿スポーツセンター

 白根全さんは、一見、偏屈な感じのする人だ。わざわざ、場を和ませるために社交辞令を使うような気遣いはしない。それは、自身、情報一つ得るためにでも、掘下げるだけではなく、立ち位置を変えたり、既成事実をも検証し直すこだわりが、余計な修飾を削ぎ落としてきたからなのだろうと理解する。当然ながら、全さんの口から出る事柄は、どこのメディアからも聴いた事が無い見解だったり、未知かつ予想もつかない独自の説だったりする。 彼のアーカイブは、膨大多様で一筋縄ではいかない異質の物をもストックしているようだ。

◆そんな、滅多な事では人を褒めない全さんが、尊敬と敬愛と共に、その人間性を手放しで称える人がいる。それは、若き日に出会い、これ程までに永く南米に関わるきっかけになった天野芳太郎氏(1898−1982)である。氏は、アンデス文化の研究に尽力するばかりでなく、保管環境が整わないペルーで、私財を投じ博物館を建て貴重な収集品の保存にも多大な貢献をした。日本のシュリーマンとも云われている人だ。今回、報告の主題となった「ラス・シクラス遺跡」とは、その天野氏のフィールドであったチャンカイ河谷(リマから北へ90キロ)で、新たに発見された5000年も前の神殿遺跡だ。昨年、新聞で何回か報道されたのでご存知の方も多いと思うが、4大文明を発祥と覚えれば良かった世界史が、実は5大文明なのだとリセットしなければならなくなる可能性も出てきた。

◆前方後円墳に似た円形部分、高さ10メートルのピラミッドの天辺から、皮肉な事にペルーでは産業化しているという盗掘によって5000年の眠りから覚めたものである。この大発見に当初から関わってきた全さんの話は、ナショナル・ジオグラフィックにも未だ載っていない最新情報である。黄金の埋蔵品を狙ったであろう盗掘による8メートルの竪穴からは、意外にも神殿を地震の損壊から守る独自の建築方法が明らかにされた。シクラスという繊維でネット状に編まれた袋に大小の石が入れられ、神殿の壁の内側に詰められて、地震の振動を分散吸収するクッションになっていたものだという。この繊維から4960年プラスマイナス50年という数字が出てきた。

◆全さんの説明は、インカ時代から古代へ遡るタイムトラベルに加え、ペルーをはみ出して南米上を孫悟空のごとく飛び回る。頭の中に歴史年表と南米の地図がインプットされている事は、聴く側として求められる最低条件だ。一般的に発掘考古学と聞けば、硬派のイメージだが、全さんの説明は合間合間に、レアな雑学が満載でその楽しさにも惹きつけられる。「マチュピチュはインカセレブのリゾートだった」という突飛な白根説に、正直、参加者はとまどってしまうが、その驚く様子を見て楽しんでいる全さんからは、四半世紀にも亘るラテン仕込みのいたずらっぽい横顔も見えてくる。突飛とはいっても気象条件、環境の快適さ、ユニークな立地など綿密な計画都市でもあるマチュピチュの謎を解釈する白根説には、頷ける部分が多い。

◆ラク・シクラス遺跡に話を戻せば、起源を5000年前とし、以後100年から150年周期で新たな神殿を上に覆い被せるように積み重ね、徐々に神殿の規模が拡大化していき、少なくとも5回ほどの改修の跡が見られるらしい。アンデス文明のキーワードのひとつである『神殿更新』だ。不思議なことに、黄金はおろか土器さえ使った形跡は出てこないという。そして、人々の間には格差が認められず、リーダーがいたとしても旧大陸に存在した文明の支配者とはかなり異なっていたようだと全さんは言う。まだまだ分からない事は多いが、将来的には「チャンカイ遺跡、世界文化遺産」の登録を目指している。

◆ところで、全さんといえば世界にたった2人しかいない「カーニバル評論家」の1人だ。南米、中米のカーニバルならば勝手知った地元のごとく、更に北米、ヨーロッパ、アジアと世界のカーニバルを訪れてきて、今やライフワークになっている。だが、そもそもなんでカーニバル?と思うのは私だけだろうか。そのあたり、全さん曰く「カーニバルこそラテンの真髄! 人々が建前を脱ぎ捨てて本音で振舞い、感情を制御せず、氾濫、自由、暴力など人間本来の姿が見られるからやめられない」と。何かにつけて遠回しな表現を良しとする日本社会とは、まさに地球の裏側ほどの距離を感じる瞬間なのかもしれない。

◆ただし、全さんが違和感を感じるカーニバルがある。通算22回も訪れたというキューバのカーニバルだ。識字率99パーセント、高度なレベルの医療や教育も無償。ホームレスやストリートチュードレンなど皆無の理想郷であり、唯一成功した社会主義国家との誉れ高い国だ。しかし、全さんの目には、心の奥底から陶酔して無防備に酔いしれるカーニバルは見えてこないという。すぐ隣の最貧国ハイチの、暴力と狂乱のカーニバルとは対照的だ。

◆また、こうした全さんのシビアな視点の延長線には、ラテンアメリカに張り付く北の巨人アメリカの陰湿な陰を見るという。国益のためになら何でもしてきた国というのが、陽気が代名詞になっているラテン民族間に通じる常識だ。いざという時には、安全保障の名の下に最大限サポートしてくれる国家だなんて、ラテンの人達は夢にも思っていない。私が数年前に中東を旅した時、「アメリカは世界の警察だ」なんて能天気な事を言っていた上智大生から、後日、NHKに就職が決まったと連絡をもらった事を思い出した。全さんの話からは、日本の甘さや危うさも見えてくる気がする。

◆話題は、南米の食文化にも及ぶ。南米を起源とする食材は、トマト、とうもろこし、ポテト、トウガラシなど、私達にとっても欠かせないものになっている。2000種もあるというポテトの中には、チューニョと呼ばれる冷凍乾燥加工により3〜10年も保存できるものがあり、会場で現物を手にする事ができた。ペルーの人々は、特異な地形からくる数千メートルの高度差を農業や牧畜にうまく利用している。アンデス文化のもう一つのキーワード『垂直統御(バーティカル・コントロール)』という概念 だ。高所での運搬や織物の素材に活用されているのが、この地特有のリャマ、アルパカなどのラクダ系家畜だが、乳はとれず、従って乳製品文化は無い。アンデスと云えば、厳しい条件下での生活が想像されるが、意外や日照、水資源などに恵まれ、なかなか暮らしやすい所なのだそうだ。

◆こうして語られる内容は、あちこちに枝葉が広がり、とても2時間半の報告会で語り尽せるものではない。詳しいことは、「一にも二にも本を読め!」と、何冊もの本のタイトルが示された。ただし、ポイントとしては、如何なる本であろうと「疑いの目を持って読むべし!」だそうだ。そうした本を読んで、ある程度全さんの土俵に近づいてから話が聴ければ、明らかにもっと多くものが見えただろうと少々悔やまれる。こうした学術的要素が絡む報告会などには、聴くための下準備というのも必要になってくるのかもしれない。

◆それにしても、終始感心してしまったのは滑らかに出てくる数字の羅列だ。1532年11月16日、インカ帝国滅亡。1911年7月24日、ヒンガムによるマチュピチュ発見。1953年1月23日、カストロの武装蜂起など。年数ばかりで驚いてはいられない、月日までが付いてくる。数年後に耳順の私にとっては全くもって無理な話だ。広範に精通した内容だったため、連発花火のように次から次へと目いっぱい語ってくれた全さんは、本格的なユーターン・ラッシュも始まらない年明けの3日には、もうチャンカイ河谷へ向け飛び立って行った。(藤原和枝


[報告者のひとこと]

■親譲りの無鉄砲で子供のころから損ばかりしている、かどうかは不明だが、超個人的お約束として「権威と名のつくものは、それが何であれ一律楯突くこと」、および「流行りものはすべからく思考停止的ファシズムとして断固拒絶!」を旨にダラダラと生きてきた身からすると、報告会ではかなりエラソーな話をぶってしまったものだと反省しきりの今日この頃。まだまだ修行が足らぬ証拠だろう。風格は身に付かず、円熟には程遠い。

◆とはいえ、賢くなった(気になった)、進化している、シビレマシタ〜……などなどお誉めのお言葉を寄せられると、調子に乗ってどこまでも突っ走ってしまう、本人も持てあまし気味のこの性格だけは何とかしたいものだ。ハッタリとケムに巻くというのがその実態で、『神殿更新』だの『垂直統御』だの、わかったようなことをかましてしまったが、ネタはブックリストを見ればすぐばれてしまうのである。いずれにせよ、暮れも押し迫ったあわただしいなか、遠路はるばる会場へ足を運んでくださったお暇な方々や、仕込みから受付まで担当の関係者一同に、あらためて真夏のペルーより感謝の意を表したい。

◆さて、そのペルーでは、ブックリストに挙げたアンデスのラクダ科動物の権威、稲村哲也愛知県立大学教授、シクラス遺跡の発見者で耐震工学専門の藤沢正視筑波技術大学教授、天野芳太郎氏の自伝『天界航路』の著者である尾塩尚氏ほか、チャンカイ・プロジェクトのメンバーに加えて、アンデスのジャガイモ研究の第一人者である山本紀夫氏率いる地球環境研究所の京都大学グループ総勢12名が現地に集結。昨年11月末から第3次発掘調査が進行中のチャンカイ谷シクラス遺跡を訪れ、あらためてその複雑な構造や謎に満ちた成り立ちに思いを馳せることとなった。予想以上に複雑な壁が入り組み、その全貌が明らかになるにはまだかなりな時間が必要になりそうだ。

◆今回は久しぶりに尾塩氏と同行し、天野氏の知られざる思い出話をうかがう機会にも恵まれた。齢70を数える尾塩氏いわく、自らの生涯で出会った幾多の人物のなかで、天野氏ともう一人、宮本常一氏はまさに巨人という呼び方がふさわしい大きな存在だったとのこと。現場に立つことや直接視線を交わしながら話をすることの重みを味わいつつ、地球の反対側のチャンカイ谷で出会いの不思議さを実感した瞬間だった。

◆実はまだ公表できないが、ペルー関連の大プロジェクトが密かに進行中で、今回はペルー政府文化庁その他関係諸官庁との折衝が主目的の一つでもある。うまいこと進んだら、一番先に地平線会議にお知らせいたしたき所存でござる。さて、カーニバルどーしよう!(ZZZ@ペルーより)

★報告会関連ラテンアメリカ理解のための必読書・基礎文献リスト(白根全)★

■1491―先コロンブス期 アメリカ大陸をめぐる新発見― チャールズ・C・マン著 NHK出版  2段組み715ページ
■天界航路―天野芳太郎とその時代― 尾塩 尚著 筑摩書房 632ページ
■ジャガイモとインカ帝国―文明を生んだ植物― 山本紀夫著 東京大学出版会 346ページ
■雲の上で暮らす―アンデス・ヒマラヤ高地民族の世界― 山本紀夫著 ナカニシヤ出版 392ページ
■リャマとアルパカ―アンデスの先住民社会と牧畜文化― 稲村哲也著 花伝社 288ページ
■古代アンデス 権力の考古学 関 雄二著 京都大学出版会 315ページ
■朝倉世界地理講座14 ラテンアメリカ 坂井正人他著 朝倉書店 496ページ
■反米大陸―中南米がアメリカにつきつけるNO!― 伊藤千尋著 集英社新書 218ページ
■フィデル・カストロ後のキューバ―カストロ兄弟の確執とラウル政権の戦略― ブライアン・ラテル著 作品社 376ページ
■ブラック・ジャコバン―トゥーサン・ルヴェルチュールとハイチ革命― C・R・L・ジェームス著 2段組み550ページ
■ヴードゥー大全―アフロ民俗の世界― 壇原照和著 夏目書房 2段組み484ページ
■シモン・ボリーバル―ラテンアメリカ解放者の人と思想― ホセ・ルイス・サルセド・バスタルド著 春秋社 512ページ
■太鼓歌に耳を貸せ―カリブの港町の「黒人」文化運動とベネズエラ民主政治― 石橋 純著 松頼社 574ページ
■甘さと権力―砂糖が語る近代史― シドニー・W・ミンツ著 平凡社 434ページ
■聞書 アフリカン・アメリカン文化の誕生―カリブ海域黒人の生きるための闘い― シドニー・W・ミンツ著 263ページ

●その他ラテン関係の必読書・基礎文献は多々あるが、とりあえず上記合計6595ページを読破したら、どこからでもかかってきたまへ!


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