例年夏休みの8月は比較的こじんまりした報告会になるのだが、今回は久島弘さんの人気か、あるいはテーマの魅力か、70名を超える参加者があり、途中イスを増やしての進行となった。ぼそぼそと静かな語り口なのに、会場は「この話、聞き漏らすまい」とする空気が張りつめ、不思議な盛り上がりであった。参加できなかった皆さんにも迫真の内容を伝えたいので報告会レポート、今月は久島弘さん本人にまず書いてもらった。(E)
『地平線ビンボロジー』には、十人十色のスタイルがある。私にとってのそれは、「モノ(工業製品)に恵まれない土地の人々が、身近にある材料の合体や転用で必要な品を作り出す。そのローテク(後端技術)の知恵や、創意工夫の精神を旅先から持ち帰り、日々の暮らしの中で応用・実践すること」となるだろう。結果、はた目には、「生活の向上を目指さない反社会的ライフスタイル!」と映るかも知れない。が、ハマるとこれが愉しいのだ。
◆スライドでは、まず、『熱帯アジア的モノ作り』に開眼するきっかけとなった、チェンマイの人力車のスケッチ、次に、私が大きな影響を受けたタイ北部高地族の、徹頭徹尾竹づくしの暮らしを少しばかり見てもらった。続いて、旅先各地での自炊の様子を紹介。貧弱な設備でのメシ作りにも、やっぱり工夫がモノを云う。エクアドルのキトでは、地元の劣悪なガソリンに、最新鋭のMSRキャンプコンロがジェネレータの目詰まりを起こして難儀した。毎夕食後、吹き管でアルコールの炎を吹き付ける「焼き掃除」を30分もやると、酸欠で頭がフラフラする。そこで、そのアルコール(燃料用に現地では安く入手できる)を使ったバーナーを自作した。と云っても仕掛けは簡単。本体はただの空き缶。メルカド裏のゴミ捨て場を漁って見つけたワイヤハンガーを折り曲げて、五徳にした。これで約半年間の自炊をこなし、キトを出る時は涙の別れとなった。
◆アジアの自炊旅でクッキングに目覚めた私は、帰国後、保温(適温)調理や無水調理といった、ニューウェイブの調理法にのめり込んでいった。これらは、理論とプロセス、それに道具が密接に連動しており、シロウトでも理詰めで美味しい料理が作れる。正しい食事を外で摂ろうと思えば、この国ではお財布が栄養失調症になる。真っ当なものを食べたければ自炊するしかないビンボー人には、まさに福音とも云える調理法だった。貧乏するなら鍋を買え! それが私の持論だ。
◆パスポートケースやロール筆箱、ネガシートなどを手作りした『熱着技術』は、南米滞在中に、睡眠時間を削って編み出した。簡便な上に大した道具も使わないこの方法。タイで見かける『屋台プラ袋パック術』に匹敵する優れワザではないか、と私は密かに自負している。報告会終了後に持ち帰ってもらった燻製チーズは、この2通りの方式でパックした。袋を詳しく観察すれば、共に手法を解読できたことと思う。熱着術の考案、そして帰国後に見つけたシーラーの導入で、食品やお菓子の入っているプラ袋は、ゴミから再利用可能な資源へと昇格し、捨てられることはなくなった。
◆S字フック、輪ゴム大小、洗濯バサミ大小、滑り止めネット、ズボンの裾留めバンド、幅広アルミ箔と云った、私にとっての『携行基本アイテム』は、それらを組み合わせることで機能は更に多様になる。実は今回の報告会、北海道滞在中に参加が決まり、その直前に戻ることとなった。ただ、私の工夫術を言葉だけで伝えるのは難しい。そこで急遽、帰京までの間に、居候先やキャンプ場での『基本アイテム』活用術を、写真に収めて披露することにした。これらは現場の状況に合わせた一回こっきりのアドリブ的閃きが多いが、普遍性のあるものは定番テクとして定着する。レスキューシート張りやポール立ては、定番化の一例だ。
◆ところで、ちょっとした工夫で、家庭用の羽毛布団が寝袋に、幅広アルミ箔は防水・通気・日除けを兼ね備えたカウボーイ・ハットに化ける。そして同じアルミ箔が、使い方一つでキャンプ用ガスコンロの風防になり、鍋にオーブン効果を与え、さらに形状を少し変えるだけで、ガスボンベへの断熱板にもパワーブースターにもなる。「より高次元の正解は、必ず、よりシンプルな形で現れる」 試行錯誤を繰り返し、極めて簡潔な答えに辿りつく度に、そんな一種の真理にも似た感慨に私は打たれる。ますます複雑化しつつある今の世の中は、このベクトルに背を向けているけれど…。
◆人々が外食時も自前の食器を持参し、霧吹き・ゴムべら・ティシューの『3点セット』で後片付けし、あるいは多機能工具や針金を常に身に帯びて、捨てられている骨折れビニ傘を発見したらすかさず修理して使う。そんな時代を私は夢見ている。しかし、道のりは遠そうだ。こういったライフスタイルを選ぶと、外見はアブない人に、所持品は空き巣狙いのそれに限りなく似るらしい。「ニイさんの方は、景気どお?」とサンプラザ前のダフ屋から声が掛かったり、ダンボール回収のホームレスのおじさんから親しく道を訊かれたり、というのは一向に構わない。困るのは、何かの取り締まり・警戒期間が始まると、途端にウルサくなる職質だ。という訳で、スライドの最後は8人の警官にカゴメカゴメされた時のスナップで締め括り、この日の私の報告を終えた。
◆追記:報告会では語り尽くせなかったテーマの幾つかについて、友人のHPの片隅でグチったり、しつこくコダワったりしています。ご笑覧下さい。『貧困通信』(http://www2.ocn.ne.jp/~asagao/binbo/b_index.html)
8月14日早朝、ズッドーンという落雷直撃のような爆音が地響きとともに2回したので驚いた。数十分後、どこかからカーキ色のヘリが飛んできて異常に低空を旋回し始めた。衝撃音の直後からテレビが消えてしまい情報がなく、住民はただ空を見ていることしかできなくてあたりは物々しい雰囲気になった。結局、原因は落雷でも爆弾でもなく、すぐそばの江戸川上空を走っている高圧送電線にクレーン船が接触して断線し、東京の広域が大停電になったのだと後で知った。以前、関野吉晴さんが「私たちの生活はスパゲッティ状態」だと何かの折に話していたのを思い出した。病院のベッドの上で体にチューブを通して命をつなぎとめることがあるように、都市の住居も「線」や「管」に依存して成り立っている、という趣旨だった。
◆スパゲッティな生活にどこまでも頼るのは危ういんだなあと考えていた矢先、地平線会議の報告者は“貧民共和国”代表の久島さんだったので勉強になった。久島さんには「地平線300か月記念集会」の劇の大道具小道具制作で大変お世話になり、常に着用しているあの黒いウエストポーチから、必要な時にドライバーや万能輪ゴムや定規(ポーチに入らないので折りたたみ式)など色々なものが出てきたので、ドラえもんってこういう感じかもしれない、とひそかに思っていた。
◆そして今夜、今まで誰にも明かされることのなかった(?)ポーチの秘密がついに暴かれたのだった(詳細は「久島メモ」をご覧ください)! ポーチに丁寧に収納された極シンプルな道具を相棒に、手足・五感・脳みそを健康的に活用して暮らしている久島さんは、“貧乏生活”に追い込まれたのではなくて、好きで“貧民共和国”というお城を築いているのだと初めてわかった。体と心が気持ちいい生活を自分のためにしていらっしゃるのだなあと思った。ポーチの中には、一般的日常生活に必要とは思えないチーズ燻製機(久島さんが長時間背中を向けていたらチーズ燻製中かもしれません)や、地下鉄でサリンがまかれたら頭からかぶれば数分間安全な呼吸が確保できる袋といった生命に直接かかわる武器まで備わっている。
◆持たせていただくと、腰まわりがマッチョに鍛えられるに違いないくらいずしりと重い。ポーチ表面ところどころに施されたガムテープの修繕からは、久島さんの相棒への深い愛情を感じた。(大西夏奈子)
このところ風邪や仕事と、タイミングが運悪く重なって地平線会議に行けなかったのですが、久島さんのビンボロジー実践報告、聴くことができて、良かったです。
◆お話を聴いて、そこまではできないというレベルのものも。例えば、やはり裸電球一つで6畳一間という生活はできません。今も部屋の電気+サイドスタンドの電気を点けて、目に負担がかからないような明るさでパソコンを打ってます。でも、トイレや風呂場は見えればいいので、夜でもほとんど電気を点けないか、ダンナはよく太陽電池充電器で充電したマグライトで風呂に入ったりしてますよ。それから、今の2DKにぎっしり詰まった荷物を処分して6畳に収めるというのも無理です。まあ、ダンナと2人暮しというのもありますが…。
◆これは私もやってみたいというものは、たとえば冬の寒さ対策で、湯たんぽだけじゃ寒いから羽毛布団をシュラフカバーに入れてシュラフとして使うというアイデア。私も同じく湯たんぽを使ってますが、ひどい冷え性で、冬はそれでもナカナカ温まらなくて眠れないのです。羽布団シュラフはこの冬、ぜひ実践してみます。
◆そうそう、と共感したもの。たとえば、熱で袋とじをする技術があるので、キャンディー、その他の袋を取っておいて活用すること。私の場合、食パンの袋なども取っておいて、ラップ代わりに活用したりしてます。(節約主婦ライダー古山里美)
(節約した分は旅行でバーンと使ってきます。とは言っても、もちろん飛行機はいつもエコノミー、宿も安宿、などなど豪華旅ではありませんけど。9月1日から11日はアイルランドへ旅行に行って来ます)
ふーっ、作品完成!!搬入終了!!9月6日から始まるクラフト展に出展する作品制作が昨夜やっと終わり、さっき会場に搬入してきました。やっと原稿に取りかかれます。
◆長かった東京暮らしから実家のある飛騨高山に戻り、染織作家を名乗る生活を始めて早7年。この夏、約4年ぶりに地平線報告会に参加できました。ちょっと浦島太郎だったけれど、報告者の久島さんの変わらない笑顔に会えてほっとしました。うれしかった。
◆少し遅れて入った会場では、久島さんがいつもの生活ぶりを語っていて、日常生活そのものが「報告」として成り立つというおもしろさに引き込まれました。久島さんの足元にも及びませんが、私も「捨てられない性分」。凡人にとっては、身の回りのもの全てが再利用可能に見えてきはじめると生活は大変になります。整理しなくてはならないものが増え続けるのです。捨てない生活をすることはかなり覚悟がいることです。久島さんの楽しげな様子からすると、やはり凡人ではないのでしょう。
◆突然ですが、私はあの横井庄一さん(お若い方はご存じないかも)の生活ぶりにものすごく興味があります。木の繊維から布を織り、仕立てて洋服にしていたことに、子どもだった私はものすごく驚きました。一人暮らしだった洞窟の中はきちんと整理されていたこと、そしてそこには、お手製の「なべ」があったということを、久島さんの「なべ22個」の話を聞いて思い出しました。
◆画面に映し出された、新聞紙製かぶと帽とアルミホイル製ハットが妙に似合うキャンプの最中の久島さん。ジャングルの洞窟暮らしの久島さんを見てみたい。きっと森の資源も最大限に利用して楽しい暮らしを創りだしていきそうだなぁ。
◆今回は「ビンボロジー実践報告」ということでしたが、私には「もの」を大切にする「久島美学」の報告会にも思えました。数万円のなべにも使用済みのビニール袋にも、それぞれ愛情を持てる人って素敵です。前述したクラフト展は古民家で開催されます。クラフトというのは生活必需品ではないし、単なる「貧乏」とは正反対にあるものでしょう。でも、ものを愛でる余裕のある「久島ビンボロジー」とは通じあうところがあるかも、などとぐるぐる考えながら作品を制作しました。報告会は今年の夏のいい思い出になりました。(飛騨高山にて9月4日 中畑朋子)
■1:ベルト部分=シルバ・コンパス、輪ゴム(大・小 多数)、小銭入れ、レザーマン・ミニツール(折り畳みペンチ)、スイスアーミーナイフ・チャンプ(多機能ナイフ フル装備版)、折り畳み傘、ガ−バー(折り畳み工具)、デジカメ、ケータイ、腕時計、洗濯バサミ大(×2)、裾バンド(×2)
■2:本体前ポケット=レジ袋(×3)、LED付きルーペ、料理タイマー、100円ライター(熱着シール用)、カード電卓、プラテープ2種(透明・薄茶色)、Suica等のプリペイドカード、S字フック(大。中。小 計7コ)、分度器、折り畳みジョウゴ、靴べら、手製札入れ、キャッシュカード他カード類、爪楊枝(じゃが芋の火の通り具合確認用)
■3:バッグ前ぶたポケット=付箋紙(3色)、くし、LEDライト(小)、非常用ホイッスル、折り畳み定規(開いて30cm)、茄子の黒焼き(小袋パック×2)、歯間ブラシ(×2)、自転車の虫ゴム(カセットガスボンベ→IPガス へ強制充填用)、筆記用具(×3)
■4:バッグ本体
▲ロール筆箱a=歯ブラシ、滑り止めメッシュ、油性マジックペン、細ゴムべら、竹箸、竹串、マル秘薬草酒
▲ロール筆箱b=蛍光マーカー(ピンク・黄・青)、爪ヤスリ(タッチアップ用)
▲区分け袋内=2mメジャー、ミニドライバー、ベルクロ、ボタン電池(LEDライト<小>用予備)、針と糸&糸通し、ステンレスワイヤ(3巻)、単4乾電池(LEDライト<大>用予備)、テグス(1巻)、ポケット・ガード、綿棒(×3)、サバイバル・ミラー、消しゴム、アイマスク、耳栓、単3乾電池、靴ひも予備
▲本体内その他=チタン・カトラリー3点セット、住所録、手帳、洗濯バサミ小(×6)、竹製洗濯バサミ(×2)、ゴムバンド大(×5)、LEDライト<大>、シルクスカーフ(風呂敷用に)、ミニサイズ霧吹き、ゴムべら<大>、ティシュ
▲本体内ポケット=パスポート、裾バンド(×4)、クレジット・カード、国民健康保険証、印鑑
ざっと、こんなところかな。これらの装備は、状況によって変わり(『貧困通信「コーヒー」の1と2』を参照)ます。瞬間接着剤を常備していた時期もありました。また、デイパック内の通常装備とも相互リンクしています。チタン・カトラリー→チタン皿&オリカソ(折り紙食器)、輪ゴム→ポリ袋各種、竹製洗濯バサミ→幅広アルミ箔、単3乾電池→電子辞書…、といった具合に。もっと云うと、個別の装備類は、本来の用途と全く違う使われ方をすることが多い。滑り止めメッシュの「空中ハエ&蚊叩き」とか。(久島弘)
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