2006年6月の地平線報告会レポート(その2)




●地平線通信320より

先月の報告会から その2

冒険の影と光

田中幹也

2006.6.30 榎町地域センター

 田中さんの報告を今回初めて聴くまでに、通信で氏の文章を読んで、なぜか心に残ったことを覚えている。それは、報告会の最初に紹介人として現れた荒野のサイクリスト・安東浩正さんの「旅先で出てくる思いをメモし、特殊な文章を書く、他にない冒険野郎」という称号(?)にも通じるかもしれない。

◆田中さんの書く文章は、おおよそ(個人的な見解として)冒険の人らしくない。突き進まない。 安易に肯定しない。シニカル。そしてどこか、 普遍的だった。自分に置き換えて読むことができた。だから印象に残ったんだと思う。

◆まずは安東さんが、田中さんの『垂直の旅』について、そのものすごさを語る。クライマーとしてスタートした田中さんの経歴は、『冬季初登』のオンパレードだ。でも、登擧で得た教訓は、「才能がない分野は、努力しても時間とエネルギーの無駄」 「才能のなさを悟るには、相応の時間とエネルギーが必要」であった。

◆その後を費やす『水平の旅』は、冬季カナダ・ロッキー山脈が主な舞台となる。ご自身のスライド&トークもここから始まった。よく質問を受ける「なぜカナダなのか」ということを、日本で紹介されている『カナダ』の姿がほんの一部であることも含めて、先に話された。 当初は一度行くとまた次のテーマが見えてくるという具合で特に意識せず通っていたが、ヒマラヤのように面倒な手続きなしで行ける気軽さや、スケールの大きさや自由さに、カナダの良さ がだんだん見えてきたという。

◆装備の話。会場の一角には、今季のカナダ行きなどで使った装備が並べられていた。各地地図・登山靴・スキー板・アイゼン・ピッケル・スコップ・ストーブ・コッフェル・水筒・カップ・フォーク・中綿なしのゴアテックスウェア・フリース・スパッツ・ゴーグル・ザック・靴下・手袋・アンダーウェア・テント・シュラフ・マット…。特注品なしの普通の市販品。よくわからないが、冬季としては簡素と言ってもいいのかもしれない。こんな格好でよく・・と装備の軽さについて時に指摘されるらしいが、田中さんはこう言う。「装備が完璧でも失敗する人は失敗する」。

◆食糧の話。これもかなりシンプル。ビスケット・粉ミルク・マカロニ・インスタントラーメン・チョコ・キャンディー・コーヒー・紅茶…(シンプルなわりに、おごってもらったものも含め食べ物は多く、空腹を刺激された)。これらについても、「運動量に見合わない」という指摘があるそうだが、田中さんは言う。「実力があるなら粗食でも成功する」。なお、ラーメンは旅の終了後、最高6袋食べたことがあるそうだ。

◆今までの旅についても、実感として得た言葉を織りまぜながら、紹介された。最初の冬季カナディアン・ロッキー縦走。テントと焚き火の風景。吹雪が来ると、テントの周りに風よけブロックを積み上げる。熊の足跡をルートの参考にする。体感温度が−70度にもなる自転車での旅(自転車は現地購入・売却)。

◆オレンジの光を放つ夕陽のもと、広がる雪原にたたずみ、「来てよかったな」と感じる。ひと冬終えると、「人間の力ではとても太刀打ちできないようなところ」にまた来年も来ようかな、と思うのだった。自ら課題を設定し、いくつもの実績を残した。

◆そして今回のメインのひとつ、『引きこもり』の話。現地での出発前、まずはユース・ホステルに引きこもる。踏ん切りつかず、ベッドに横たわっている写真や、人から話しかけられるのがうざったくなり、ベッドの枠に衣類を干しているように見せかけ、実は『バリア』にしている写真が登場。ルートの検討はもう済んでいるのに、地図を何度も眺めもした。(たまたまユースで遭遇したという、当日会場に来ていた大西夏奈子さんにとっての第一印象も、「いつも地図を見ている怪しいオーラの東洋人」だったという。そんな彼女は、田中さんから、『地平線会議』を紹介された。)

◆やがてユース・ホステルを出るも、周辺に雪洞(雪の家)をこしらえて泊まる。早くも作ってしまった本番用「たらこスパ」の写真…。しかし振り返れば、引きこもっていたときこそが、重要な準備期間だったと感じた。ぼーっとしていただけのようでも、旅を前に葛藤しながら、とてつもないエネルギーを使っていた。その証拠に、食べて寝ての生活でも、体重は減る一方だった。(例えばヨガでは『気』を高めるとき、膨大なエネルギーを使うと聞いたことがあるのを思い出した。)

◆カナディアン・ロッキーは、スキーもやったことがなかった田中さんを導いた。だが通いつづけるうちに、モチベーションが下がってきた。思いを巡らせる。「通い始めたころは『挑戦』だったが、いつしか『惰性』になってきた」。どうしたらいいのか思い悩んだ。

◆「壁が立ちはだかったとき、『難易度を下げて続ける、妥協するタイプ』と、『捨ててしまって、別のテーマにトライするタイプ』に分かれるが、 自分は後者」。そう言い切る田中さんは、2006年の冬季カナダ行きに新しいテーマを課した。それは、冬季カナディアン・ロッキー縦走から離れ、カナダ中央平原のウイニペグ湖を山スキー踏破。「面白くなければ(カナダも冒険も)捨てちゃおう」という思いを伴っての旅立ちだった。結果スキーで300kmを踏破した。「湖の上はラッセルもなく、荷物はそりで引けるので、どちらかというとフツーの旅に近い」と振り返る。湖畔には小さな村があって、スノーモービルの行き来もあり、ルート取りも楽。

◆旅を終えた後、村に1ヶ月程滞在した。地元のネイティブたちと出会い「相手に興味がない限り声をかけない、媚びない無愛想な人たち」と、自分とを重ねる。来冬も来る、と言って別れた。『踏破』から『人』へ、興味の広がりを感じた。

◆『水平の旅』で得た教訓。「モチベーションの低下した分野は、努力しても時間とエネルギーの無駄」「モチベーションの限界を知るには、相応の時間とエネルギーが必要」

◆「壁にぶち当たることで、次へ次へと可能性が広がっていく」と語る田中さんに、傾聴していたサバイバル登山家の服部文祥さんはこんなようなことを言った。「『壁にぶち当たる』は正しい表現ではないように思う。『捨てる』と言うが、やってきたことは繋がっているのだから」。田中さんは答えた。「僕が言いたかったのは、そういうことです。ありがとう」

◆「自分にとって、久々に気分的にも晴れたかな?」と言う田中さんは、冬季カナディアン・ロッキーの旅をも手放そうとする今、かわりに飛び込んできた想いをあたためている。先の大西さんは、彼を『青い炎』と表した。きっとまた、心の底からすくいだした実感を携え、熱くクールに、 次の旅を伝えてくれる日がやってくるだろう。その日を待ちたい。(屋久島病のねこ、中島菊代)


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