2006年2月の地平線報告会レポート




●地平線通信316より

先月の報告会から

犬旅のススメ

斉藤政喜

2006.2.24 榎町地域センター

 別に人が驚くようなすごい冒険をやろうというのが斉藤式ではない。ゴールデンレトリバーの愛犬ニホとの散歩。その延長線上に、彼女を相棒とする「バックパッカー二人旅」がつながったのだ。犬と旅。そこには斉藤さんのライフスタイルであるバックパッカー精神がしっかりと貫かれている。テントに寝起きし、“犬も乗せてくれいっ!!”と粘るヒッチハイク。そして基本の徒歩を存分に楽しむ全天候型、地に足つきっぱなしスタイルだ。いったい、今日は前へ進めるのだろうかとよぎる不安さえ、その都度出合う愛犬家の車や、愛くるしいニホに直線的に近寄ってくる子供たちの手に助けられる。都会ではあり得ない公共交通機関への乗犬さえも、体温ある現況対応乗務員に救われた。加えて、ニホ自身、自ら身に付けた「模範犬」への即応変身ぶりなど、二人旅は絶妙な役割分担で目的をこなしていく。

◆旅のルポ、書籍、雑誌連載ライターであり、“シェルパ斉藤”のペンネームで知られる斉藤政喜氏が、八ヶ岳を背にした土地に、彼を見事に操る賢夫人と伸び伸び田舎生活を始めたのは10年前。管理社会では呼吸困難となる斉藤さんにとってしごく順当な選択だった。その風来坊精神に吸い寄せられた仲間たちが、合宿さながらに8か月かけて建てたのが広いテラス付きログハウスだ。アメリカから取り寄せた部分建材を組み立て上げるプロセスは、究極、男の積み木遊びにも似て心躍る作業だったらしい。そこを訪れる誰もが遮蔽感なしに受けるアット・ホームな開放感を敢えて説明する必要はないだろう。

◆臨機応変、サバイバルモードの行動者、斉藤さんに人生の転機が訪れたのは、生まれ育った長野県松本で卒業を間近に控えた高校3年の冬だった。恵まれた生活から一変、突然の家業破綻。無一文で突然強制された自立。選択肢などあろうはずもなく、新宿で寝場所が保障された新聞配達奨学生になる。夜明け前から1日の大半を束縛され、限られた人間関係と行動範囲の狭さなど、楽しいはずの青春は経済的にも逃げ場の無い息詰まるものだった。しかし、こここそがサバイバル発想の原点なんだろう、家という無言の制約や親の期待などという圧力から解き放たれた身軽さは、自由の源泉となって体中に染み渡ったという。大学進学後、いまいち学業に納得するものを見出せなくて、あろう事か奨学金でオートバイを買う。常識でとらえれば、これはもう犯罪だろう。しかし、斉藤さんの思考回路なら、行きたい所へ行ける夢の翼を得た快挙だった。休学の利点を利用し、出かけた先は南半球オーストラリア。

◆ここで、つくづく普通と違うなぁ、と感心されられる出来事が。それは、逆境を順境と捉える発想の裏技だ。対向車との接触で足を骨折してしまうが、周りの心配をよそに、嘘のように手厚く快適な無料の医療保護う受け、地元民からはアイドル並み歓待を受けたという。旅先での負傷は、痛さを引いてもお釣りが来る経験になっていた。数々の恩恵にあずかった斉藤流“旅で骨折”。骨折して本当に良かったのである。人生への試行錯誤はしたものの、旅を重ねる間に徐々に枠には収まらない斉藤形が確立されていった。オートバイから自転車、徒歩と旅の速度を落していくに従い、通り過ごしてきてしまったものも見えてくる。そのひとつが、なんと野良犬に慕われるという自分の特異な体質。数年後、八ヶ岳山麓での生活に犬が加わるのは必然の成り行きだった。

◆斉藤家の家族犬第1号、ニホとの出会い。それは、動物を単に営利の対象とする人間に対する怒りからだった。長男のクリスマスプレゼントに高級大型犬ゴールデンレトリバーをと考える。3万円という超破格値に釣られて大阪まで引き取りにいく。目的の犬は、尻尾が丸まったままおしっこに濡れ、怯えた目をした生後6か月にしては小さめの子犬だった。これまでに愛情を受けることもなく、ケージに入れられっぱなしだったらしい。一目見るなり、「不良品だから返品したほうがいい」と言い切るペットショップの店員。斉藤さんは、この時“この犬を育てるんだ!”と強く心に決めたという。長男の名前は一歩。なら、この犬はニホ。斉藤流正しいネーミングだから迷わずこうなる。

◆「犬と旅」は、この大阪から自宅のある八ヶ岳までの道のりが処女道中となる。劣悪な環境下に置かれていたニホは、体力が無くベビーカーに乗せられてのスタートだった。初めて、自分を心配げに見守る人間のまなざしを知り、当初反応が薄かったニホが、斉藤さんとは片時も離れられなくなるのは時間の問題だった。

◆以後の二人旅は、自宅から北へ南へ東へ西へと長い長い散歩を重ねていく。ニホから3年後、成り行きから受け継ぐことになった黒のラブラドールレトリバー犬の名は当然サンポ。さらにサンポが産んだ10頭の子犬のうちの一匹がトッポ。それぞれ個性ある全て雌の3頭が旅犬に成長した。その時々を伝える斉藤さんの著書には目と目で語り合うツーショットが目を引く。愛犬家なら嫉妬必至の一コマ一コマだ。「うちの犬って、フォトジェニックでしょ!」と親ばか斉藤さん。斉藤さんのフィールドは数回に渉る日本縦断から世界各地と広範だ。しかし今回、貴重な「シェルパ以前」が多く語られた。報告会当日はあいにくの冷たい雨だったが、参加者は会場ごとワープしたシェルパワールドを存分に堪能した。

◆最近、斉藤ログハウスに夫人経営のカフェ「チーム・シェルパ」ができた。そこでは、斉藤さんが試したメーカー提供のアウトドアグッズや旅の必需品が中古品として売られている。売り上げは、後継旅人達への援助基金になる。かつて自分が受けた暖かいサポートを、今度は僅かずつでも返していきたいという思いからだ。そのカフェ前には、9歳で幸せな一生を終えたニホの墓が、チーム・シェルパと共にゲストを迎えてくれている。(旅も犬も虫も大好き!藤原和枝)

 ■報告会の最後に斉藤政喜さんは、「シェルパ基金」から貴重な1万円を地平線会議に寄贈してくれました。話をしてお金を払ったのは初めてのことだったでしょう。ありがとう、斉藤さん!!なお、シェルパ基金の第1号は先に通信でお知らせしたように、シール・エミコさんに贈られています。(E)

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