2005年2月の地平線報告会レポート



●地平線通信304より
2月の報告会から
野生の事情
田口洋美
2005. 2. 23(水) 牛込箪笥地域センター

前月の通信で「狩猟文化研究所主宰の東大大学院生」と田口洋美さんについて書いてあったのと、長野さんの挿絵でオタクっぽい学者さん(ごめんなさ〜い)と勝手に想像していた(2002年12月27日田口さんの「東北アジアの森の民」の報告を私は聞いていない)。が、「観文研」の最後のひとり、といわれ「あるくみるきく」を実践されている…と、丸山さんが紹介しているご本人を見て、「えっ!ジーンズ姿も清々しい、こんなかっこいい人なの?」とびっくりしているうちに、本題スタート。

◆「今、野生動物に何が起きているのか」は、裏を返せば「僕たち(人間)に何が起きているのか」ということ、そして人間はいつも「見ている側」にいると思ってて「動物たちから見られている側」でもあるということに気づいていない、と、田口さんは冒頭から大事なことを語り始めた。

◆そして、イヌイットやネイティブアメリカンなどを理想化することで一種のレイシズムに傾いている文明人。自分たちの失ったもの、捨てたもの、忘れたものとして先住民を美化・神秘化することによって、自分たちの文明の評価があがると考えている、と、やや痛烈に皮肉った。自らマタギ・サミットをもう15回開いてきた田口さんだが、「日本でもマタギを理想化するのではなく、彼らの生き方やその技術を検証しなければならない。彼らは生活のために猟をしてきただけなのだ」とも。「列島の狩猟史」など用意してくれた資料5枚が濃密だった。画像と資料の効果、何よりも田口さんの語り口の鮮烈さに、会場はぐんぐん引き込まれてゆく。

◆人口が数千万人の段階(昭和30年代頃まで)は、人間の生活と野生動物の間に狩猟が介在することによって農作物の被害の軽減、集落周辺の山林による自然災害の軽減、山菜・きのこなどの資源開発による周辺環境の監視と管理によって野生と人為のバランスがとれていた。現在日本列島は1億2780万人の人口のピークをむかえ、年寄りだけが残るという山村の過疎化、近郊農村の都市化が進んでいる。

「山村の機能的重要性を理解する人がいない。部落共有林だったものが個別所有の個人財産となって所有者が地元不在というのが現状。人口流出で労働力が低下しても肥料・薬品・機器のおかげで収穫量は倍増しているため耕作地は縮小している。山村の戸数減少で人為的圧力(動物を山におしあげる力)が低下している。そして近未来に人口は減少する(100年後には7、8千万人)。そして都市部は膨張し一部はスラム化、近郊農村は過疎化、残っていた年寄りが亡くなり山村は廃村化するだろう。

◆昨年、熊などの野生動物の同時多発出没(動物たちのテロ)はなぜおこったのか。野生動物による人身被害は年々増えつづけている。ひとつは人間に回避能力がなくなっているせいだ。今は山では稼げないので都市部へ人口が流出しており、その結果、村に情報が無い。また県外や町の人たちが知識も無いのにタケノコ狩りなどで山に入り襲われる。

もうひとつは、新世代ベアーズ(里に下りてくる熊)は昔の捕り方では捕れない。以前は人間と自然(奥山)の間には里山(かや場・くさ場)があった。今は肥料や家の材料を調達するという里山の機能を農協が提供してくれる。かわりに樹木の背が高くなった植林地がある。植林地は密閉林と下草で、視認性が悪く野生動物を撃ちにくくなってしまった。木の実などの餌の結実不良という説があるがそれだけではない。野生動物が山奥から降りてきているのだ。人間が都市部へ流出し、山村人口が少なくなった結果、野生動物が山を降りやすくなり、その分布域が広がっているのだ。野生動物の個体数が増加しているとは限らないが、山すそに行くほど個体密度が増えている。日光の鹿と奥志賀の鹿の分布域が広がり、二つが出会うのも時間の問題だ。それから降雪量の変化でイノシシは北上している。

◆真面目に、これから「ゆかいな日本列島」になるために都市に住む我々ができることは何か。最良の手立ては消費で手伝うこと。山村で作っている食べ物を意識的に買うことだ。地産地消である。地方に子供が増えて、若い夫婦が暮らしていけるように都市市民社会が消費を武器に支援することだ。それが、人為的圧力(動物を山におしあげる力)を回復する道だからだ。

◆そして「最近大学では独立法人化にともない業績実績主義が広まっているが、研究者は研究費取得のおねだりのために大衆受けする保護論を唱えるシンポジウムを開くのではなく、何のための研究か、理念に沿って考えるべきだ」としめくくられた。人間の身勝手だが、やっぱり野生動物は山にいて欲しい。道端や、ましてうちの中では会いたくない。特にクマはこわいもん。

◆子供を授かってから食の安全を考え、国産野菜や国産肉を手に取る事が多くなった。しかしそれまでは家計のことを考え、ただ安いという魅力に負けて外国産を買う事がほとんどだった。これからはクマさんたちのためにも、国産を買おう!

◆私はろくに勉強しなかったけど、田口さんのお話で初めて「学問といふもの」に触れたような気がした。そして、その内容は、とても楽しかった。(青木明美 はじめて颯人ちゃんを置いて報告会に参加)


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