2003年4月の地平線報告会レポート



●地平線通信282より
先月の報告会から(報告会レポート・284)
アイニョ・ビ
関野吉晴
2003.4.28(月) 牛込箪笥区民センター

◆先日、ゴンチチさんの「黒い蟻の生活」という曲をライブで聴く機会があったのだが、「みなさん、ついてきてください…」と客に訴えながら始まったそれは、本当に必死でしがみつけばつくほど遠くに行ってしまう摩訶不思議なシロモノであった。

◆メロディーを捕らえたっ!と思った瞬間、ぐぃんぐぃんと音階も曲調も変わっていき、1つのまとまりが2小節も続かないのだ。さっぱり掴み所がないというか、得体が知れないというか、音楽であんな体験をしたのは初めてだった。なのに、曲が終わったとたん我に返って感じた「なんだったんだ、今のはっ!」という衝撃は1ヶ月たった今もまったく色あせていない。

◆と、こんなことを思い出したのも、関野さんのトークから似たような印象を受けたゆえである。自分にマイペースなのが持ち味の関野さんになんとか寄り添いたい、没入したいと思うのに、どんどん独りで先に行ってしまう逃げ水のような人。GJで彼を追った山田和也ディレクターはさぞ苦労したことだろう。

◆「アイニョ(居る)・ビ(おまえ)?」「アーイ・ニョ」という挨拶で始まった7年ぶりの里帰り先は、彼が一番仲良くしているというマチゲンガ族のトウちゃん一家。ペルー南部アマゾン川の源流の1つであるシンキキベニ川に暮らす少数民族である。現象に生きる彼らにとっては居るか居ないかが問題で、その間どうしていたかなどという過去には関心がないらしい。そして、その挨拶を交わした瞬間が一番幸せなのだと関野さんは言う。彼らには、「僕のことどう思っているの?」という関野さんの問いの意味がわからない。そりゃそうだ、彼らにとっては「今」がすべてなのだから。

◆そんな関野さんも最初から彼らに受け入れられたわけではない。現地語を話せる案内人を伴っても、余所者と会うのを嫌う彼らに初っ端から逃げられた。もう慣れただろうと思って2回目は独りで行ってみると、やっぱり逃げられた。それが今では、名前も年齢も必要なかった彼らの名付け親(その名も、「トウちゃん」、「カアちゃん」、「ハポン」、「センゴリ」、「ソロソロ」、「ゴロゴロ」、「オルキーディア」など)兼唯一の年齢推定者なのである。

◆世界遺産であるマヌー国立公園の地図から始まった150枚のスライドは、ほとんどトウちゃん一家のアルバムであった。江本さんも一瞬で惚れてしまった娘がいるようだが、それらは本人たちも知らない彼らの美しさを切り取る関野さんの沸々とした喜びが伝わってくるものばかり。そんな関野さんも、自分の子供は撮らぬと家族からクレームがついているらしい。

◆川の民である彼らは、関野さんに「どこの川から来たの?」と聞く。しかたないので、「多摩川」と答える。「その川はきれいか?鳥や魚はいるか?」「・・・」「ここまでどのくらいかかったのか?」「一週間」「じゃあ、隣の川と同じだ」こんな問答をしてしまったら、私だって軽いショックを受けるだろう。余計な尺度を持たないことは豊かである証しだ。

◆関野さんは、長くつき合う先住民には共通点があるという。自然との距離が近い、効率を優先させない、競争を好まない、ゆったりした時間の流れを持つ。彼らは植物みたいにゆったりしているけど動いている。例えば、女たちは男たちが狩猟から帰ってきてからやっと芋の皮をむき始める。さすがの関野さんも「先にむいとけよなぁ」と最初はイライラしたそうだが、慣れると1日の様子をみんなで報告し合うとてもなごむ時間であることに気付く。

◆食事は2時間かけてゆっくりとる。空腹、炎の色彩、森や泥の匂い、子どもたちが騒ぐ声。「美味しい」は、食べる時の場すべてなのだと知る。日本人にだって「何をしている時が一番幸せか?」と聞いて、カラオケとかテレビと答える人はまずいないだろう。美味しいものが食べられることや、家族が健康であることなど日常のささやかな幸せを挙げる人が多いに違いない。当たり前のことが大切なのは、私たちもマチゲンガ族も同じなのだ。彼らは鏡、彼らといると自分の本当の状態を知ることができると関野さんは言う。

◆彼らの生活は、起きている間はほとんど「食」探しであとは遊び。関野さんが遠出するとおもしろがってついてくるのだが、すぐに疲れただの足が痛いだの言ってなかなか先に進めない。そうかと思えば、獲物がたくさん捕れるからと大喜びで狩りに出かけてしまう。運や技術に左右されるが、その日のうちに成果がわかる狩りは、どうやら彼らにとって苦痛ではないらしい。毎日が取引と説得の日々だったと苦笑する関野さん、どこかで聞いた話のような気もするのですが…。酒、歌、踊り、楽器など遊びはなんでも自分たちでつくってしまうという話を聞くと、私たちはずいぶん楽しみを奪われているのだなぁと実感する。

◆子供たちは3歳からナイフで遊び、森と川が先生となって10歳で弓矢を扱うようになる。自立の時だ。初めて獲物を仕留めたゴロゴロは、カアちゃんに成果を投げ出すとブスッとしてベッドでふて寝してしまった。これも、与えても威張ってはいけない、もらっても負い目に思わない、という彼らの美学ゆえ。ついに我慢しきれず、夜中になって狩りの様子を興奮してしゃべりまくったというゴロゴロ。そりゃ、そうだよなあ。

◆トウちゃん家の床に転がって天井を見ると、素材のわからないものがなんにもない。線や管もない。逆に、私たちが自分の家で転がってみても、素材のわかるものはほとんどない。線や管だらけで、そのうちの1本が切れても困ったことになる。自立という意味では彼らにはかなわない。最近、山田監督のドキュメンタリー映画「障害者イズム」を見たのもあって、「自立って何だろう?」と考えこんでしまった関野さん。後の懇親会の席で、「僕もジャンプしたい」と気になる発言。関野さんの自立とは?彼は何を打ち破ろうとしているのだろうか。

◆自分すらも押し寄せる文明と自覚する関野さんは、なぜマチゲンガに通うのか。彼が余所者と接触していない人々にひかれる動機はなんなのか。それは、人類が「13回の絶滅の危機をくぐり抜け、奇跡的に生きている」ということ、「One of 3000万種」ということをリアルタイムに自覚できる場所へ還りたいからなのかもしれない。懇親会で、「この夏も里帰りを計画しているんだ。ベネズエラ、ペルー、シベリア、ネパール、エチオピアのどれにしようか、まだ迷っているんだよなあ」と言う関野さんの顔は、今までに見たことがないくらいくしゃくしゃの笑顔だった。[大久保由美子]


to Home to Hokokukai
Jump to Home
Top of this Section