|
●地平線通信265より
|
村山和之 |
|
◆「音楽と聖者信仰、その聖者を愛している人々に関心を持ちました」。ブラーフィー文化の研究をしている村山和之さんの報告会は、大学でヒンドゥ語を学んでいた彼が、パキスタン南部のイスラム世界に深入りしていった経緯から始まった。きっかけとなったのは、TVで見たインド特集番組のワンシーン。そこでは、ヒンドゥ教徒やシーク教徒だけでなく、対立しているはずのイスラム教徒までがコーラスに加わり、一つの歌を歌っていた。
衝撃を受けた村山さんは、この『ラール・メーリー・パトゥ』の内容が気になり、偶然見つけたレコードをテープに落して、パキスタン人に頼んで紙に書き取ってもらう。そしてそれを手掛かりに、留学先のクエッタで本格的に歌詞の解釈と研究が始まった。
◆『ラール・メーリー・パトゥ』は、スーフィズム(イスラム神秘主義)の世界で人気の高い聖者、シャハバーズ・カランダルを称える歌だ。元来、ヒンドゥの土地だったシンド州にイスラムを広めた彼は、同州セフワーンの廟に祀られ、毎年、イスラムのシャーマン月の15〜18日に盛大なお祭り『ウルス』が催される。
◆一般的に、イスラム教は個人や偶像の崇拝を認めない。しかし、この祭りは何もかも異例ずくめだった。歌手の絵姿が売られ、廟では女性の参詣も許される。迫力に圧倒されたのか遠慮がちに撮られた村山さんのビデオにも、群衆の輪の中で踊り廻るトランス状態の女の姿があった。スンニ派を始めとするあらゆる宗派、そしてヒンドゥ教徒たちが国中から集まり、さまざまな楽器が演奏され、廟の中では人々が聖者の棺に殺到する。喧騒と混沌の「何でもあり」の4日間だ。
しかし、一神教と多神教の相反する両者の間で、どうして融合が可能なのか。研究者として2者の違いをキチンと色分けしたい村山さんも、人々の『ご利益があればどちらに詣でても構わない』というアバウトさには当惑しているらしい。祭りビデオの後は、大学の先生らしく黒板を使い、スーフィズムの歴史、その導師と弟子の関係、そして一般のイスラム教との比較説明が簡潔に行われた。
◆今回の報告会は、10月の丸山さん夫妻の北部篇に続く、緊急パキスタンシリーズ第2弾。その9月11日、滞在先のクエッタで、村山さんは世界貿易ビルのテロとマスード暗殺のニュースを同時に知った。「もし彼が犯人なら、裁かれて当然だ」。ビンラディンが英雄の土地でも、それが地元の人の意見だった。パシュトゥーン族は個人の自由を重んじる民族だという。だから、一口にタリバン支持といっても理由は人それぞれで、決して頑迷な一元論者ではない。
◆村山さんが95年まで留学したクエッタは、パシュトゥーン族を中心に、イランにかけて居住地が広がるバローチ族、ドラヴィダ語系の言葉を話すブラーフィー族、ジンギス汗軍の末裔のハザラ人、さらには西に向かったジプシーの名残りとされるインド起源のローリーなどが混在して住む多様な土地だ。
パキスタンの何に惹かれるのかと訊かれ、「人です!」と力を込めて答えた村山さん。報告会を通して、一連のアフガン報道で固定化しかけていたイメージが、また解きほぐされた。そんな手応えの報告会だった。[久島弘]
|
|